第26話 倒れて帰って来た

 リュカが倒れて帰って来た。

 それだけでもドラゴンの集落掃討はどうなってしまうのかと、カレンデュラの騎兵団に不安が流れるなか、ダミアンが懲罰房に入ったという話は寝耳に水だった。

 自分達の団長が、自分達の尊敬する騎士が罰を受けるというのは騎兵団の士気に関わる問題だ。

 王都からの騎兵団は我が物顔で振る舞うばかりでカレンデュラの騎兵団へ協力するような素振りすらなかった。ルンドグレーン子爵をはじめとした騎兵団はことあるごとに、リュカを馬鹿にした言葉を吐き出す。

 両者の間にある溝は深くなっていくばかりだ。


 ドラゴンの集落掃討の作戦会議においてもダミアンが不在というだけで、どうなってしまうのかと不安だ。カレンデュラの騎兵団には口を挟むことの許されない空気があった。

 リュカの看病に手が離せないマリユスの代わりに会議に参加していたジル、お茶くみ要員として会議の場にいたオーロルをはじめとした面々は言われっぱなしの状況に悔しさを募らせるばかりだ。


「リュカ様の使えない今となっては一体ずつ確実に撃破といくしかないでしょう」

「それでは掃討終了まで何年かかるかわかりません」

「街を放棄しますか?」

「それは最期の手段だ」

「リュカ様が失敗されるから」

「リュカ様は言われるほどの魔法使いではなかったのだ」

「王子だからと、誰かが誇大評価したのでしょう」

「困ったな……だが、リュカ様は生きているぞ」

「やっぱり、元の作戦通りリュカ様にもう一度行って貰いましょう」

「そうだな。一人ではやはり荷は重いから部下はつけましょう」

「では、作戦は当初のままということで」


 黙って聞いていたオーロルは周囲が止めるのも聞かず、声を荒げる。


「リュカには今、魔法を使わせたくありません! 他にも魔法使いはいるんだから全てをリュカに任せないで作戦を考えて下さい」


 オーロルの訴えは、嘲笑うように一蹴された。この会議にカレンデュラの騎兵団、それも一兵卒に発言権なんてものはないに等しい。ダミアンやマリユスがいればそれもまた違ったはずだが、彼らはここにはいない。


「一兵卒がなにを言っている」

「リュカ様は魔法使いだぞ」

「ああ、その赤毛はリュカ様と一緒に集落へ行くリュカ様の女か」

「ドラゴンの集落へは怖くて行けないと?」

「だからか。命乞いとは見苦しい兵士だ」


 全く聞き入れようとしない王都の騎士らに腹が立つ。なにも出来ずに歯痒さだけが募る。

 王都からの騎兵団には貴族が多く、カレンデュラの騎兵団は平民で構成されていた。貴族位を持つ騎兵団長のダミアンと魔法使い班長のマリユスが不在では、発言するだけでも懲罰される不安がつきまとう。その中で声を出したオーロルは勇気があった。勇気というよりは無謀だが。


 勢いよく会議室の扉が開き、息を切らした兵士がなだれ込む。近くにいた者が兵士の息を整えさせるように水を差し出し、それを一気に飲み干し、兵士は声を張った。


「街にドラゴンが現われました!」


 それだけならば待機している王都からの魔法使いで事足りると、訝しむ者もいる。慌てる必要なないと思っているのだ。


「ドラゴンは、『古代竜』です!」


 ジルは指示を待つこともなく近くの窓から飛び出して行き、会議室は蜂の巣をついたかのように騒がしくなる。

 今までのように暢気に構えていられるようなドラゴンではないのだ。それこそ魔法使いが何人いても足りず、街の放棄を決断しなくてはいけない相手だ。

 狼狽えている王都の騎兵団を横目にカレンデュラの騎兵団は動き出す。


「ま、待て! 勝手なことをするな!」


 そんな言葉で動きを止めるわけもなく騎兵団は街に、ドラゴンへ向かう。ダミアンの指示をと、懲罰房から彼を出す者もいる。この街は彼らが、彼らの家族が暮らしているのだ。狼狽えている暇などない。

 前回のドラゴンの襲撃からそれ程の時間は経っていない。人々の恐怖は記憶に新しく、街は混乱し、逃げ戸惑う人で溢れていた。


 部屋で体を休めていたリュカにもその騒動は伝わる。いくらマリユスが隠そうとしても、『古代竜』が現われたのだ。隠し通せるはずもなく、飛び出そうとするリュカを止めるだけでも骨が折れる。


「ふざけるな! 魔法使いがこんな時に行かないでどうするんだ!」

「魔法使いは殿下だけではありません! 貴方になにかあれば……」

「俺の身を案じている場合ではないだろう!」


 リュカが行けばドラゴンはすぐに退治されるだろう。だけど、マリユスにしたら街よりもリュカの方が大事だ。

 職務放棄だと言われても仕方がないが、リュカを守る事もマリユスの仕事だ。どちらを優先すのか問われればもちろん後者だ。


 そんな思いはリュカには届かない。幼い頃から命を狙われ、死を望まれてきた彼にとって、ドラゴンは死に場所として相応しいと感じるものがあった。死にたくないと願っても周囲はそれを望んでいると、思い込んでいるせいだ。


「殿下になにかあれば、オーロルさんはどう思うのでしょうか」


 彼女の名前を出すのはズルいと思わずにはいられない。彼女を想えば自分の行動は褒められたものではないと感じるからだ。リュカのせいで泣かせてしまったばかりと、気が咎めるのも事実だ。


「……街がドラゴンに蹂躙されてしまえば、そんな事は関係なくなる」


 マリユスを振り払いリュカは出て行こうと扉に手を掛けるが、開かない。ならば窓からと思うが、窓も同じように開かない。すました顔のマリユスにまさかと、リュカは顔を向けた。


「ジルが教会から持ち帰った護符の効果です」


 マリユスを睨み付けても無駄だった。教会からということは罪を犯した魔法使いを封じる為の護符だろう。

 聖竜教会が魔法使いを管理していることは周知のこと。そこに罪人となった魔法使いが含まれることは当然だ。

 一カ所に封じる護符は罪人に使われるものだ。魔法使いであってもリュカは王子だ。そういったものがあることは当然知っている。

 それが自分に使われるとは思ってもいなかった。それも、信頼し全てを委ねている近侍に使われたのだ。どれだけ傷付くものだろうか。


「この護符がなにかは知っている。俺をどうするつもりだ?」

「殿下を守る為に決まっています」


 傅き答えるマリユスに怒りが沸く。王子であろうとも、リュカは魔法使いだ。

 自ら望んで魔法使いになった訳ではない。命を狙われた末の副産物で魔法使いに落とされたのだ。

 自分を守ろうとしてくれる好意は素直に有り難いと思う。思っているが、自分がいるせいで近侍たちに迷惑を、彼らの将来を奪ってしまっていると胸をえぐられる思いがあった。


「マリユス……悪いな」


 身に付けている沢山の護符の一つだろうと、確認していく。

 オーロルに渡した護符と同じ青い石をくり抜いた指輪に、彼女の赤い髪を思い出す。

 血を思わせる赤い色が苦手だった。その赤を綺麗な色だと感じたのは、オーロルの真っ赤な花のような髪に、笑顔があったからだ。星空の中でまた彼女と笑いたい。

 一つだけ模様のように腕に纏わり付く護符が目に付く。

 気になるそれに力を込めれば、黒ずみ乾いた絵の具が剥がれるようにポロポロと崩れ始めた。

 マリユスはその光景に目を疑う。

 この護符はそう簡単に外れるようものではない。腕を切り離したって護符の効果を消すことは出来ないはずだった。

 それを、リュカが少し魔法を込めただけで崩れるのだ。どれだけリュカの力は凄いのだろうと驚嘆するが、同時に彼から魔法を奪うことは出来ないのだと打ち沈むしかなかった。

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