第24話 癒やしの炎で傷は癒えた
マリユスの癒やしの炎でリュカの体にあった傷は癒えた。傷は癒えても魔法による体への負担は大きい。意識が戻る様子のないリュカは予断を許さない状態だ。
それにも関わらず、ルンドグレーン子爵から労りの言葉もなく、侮辱に等しいものばかりが投げかけられる。
「任務に失敗とは、リュカ様はいわれるほどの魔法使いではなかったのですね」
一人で無茶をしたリュカは決して褒められるようなものではないが、後ろ指を指されるような事をしたわけではない。
意識を失い、苦しそうにしているリュカの姿を見れば侮辱など出来ないとオーロルは思うが、ルンドグレーン子爵は違う。
貴族達の王都でのリュカの扱いを知っているダミアンはいつもの事と流せるが、オーロルは全てを受け止めてしまっていた。
リュカの手当は魔法使いでないと無理だと、ダミアンと二人でルンドグレーン子爵に報告に来たものの、彼の言葉にある棘に心を乱されてしまう。
「ドラゴンの集落掃討くらい簡単だと、豪語していたのはリュカ様です。折角付けた部下を要らないと直談判に来たくらいですからね」
ドラゴンを相手に、それも集落に一人で向かわせようとしておいてどの口が言うのだと苛立たしい。
オーロルを一人、リュカの部下にしたところでなんの役にも立たないとわかっていたはずだ。役に立たない彼女を前線に連れて行きたくないと言うのは当然のこと。
オーロルが志願しなければ、はじめからリュカを一人で行かせようとしていた癖にだ。ここでもリュカのために何も出来ないのかとオーロルは悔しい思いを噛み締めていた。
火に油を注ぐようにルンドグレーン子爵のリュカへの侮辱は止まらない。腹立だしい事この上なく、苛立ちを押えようと握り締めていた手は震え、黙っているには限界だ。
「勝手な……」
「適当な事ばかり言うんじゃねぇ!」
ダミアンの拳がルンドグレーン子爵を吹き飛ばしていた。
これで何人目の貴族を殴ったのだろうかと、関係ない事が浮かぶも主人たるリュカへの侮辱は我慢の限界だった。
所構わず相手を殴っていては、ただでさえ軽んじられるリュカの立場が益々悪くなると自制しているのだが、無理だった。
生死を彷徨う意識のないリュカを労る言葉一つなく、侮辱の言葉ばかり並べられるのだ。
ダミアンの内はリュカへの心配で占められているため、心の余裕など元からなく、またオーロルを守る為でもあった。彼がルンドグレーン子爵を殴らなければオーロルが手を出していただろう。無茶をやらかさなければと、心配させられている相手はリュカだけではない。
平民が貴族に手を上げれば、処刑されてもおかしくなく、ましてやルンドグレーン子爵はカロリーヌ王妃一派だ。
どんな理由をつけてでもリュカを傷つけようとするカロリーヌがいるのだ。オーロルは危険な立場にいると心配だ。
「き、貴様……地方騎兵団の団長の分際で」
「あ? 子爵ごときがなにを吠えるか」
魔法使いといってもリュカは王子だ。王子の近侍に爵位があるのは当然だ。
分際などと言われる覚えはない。ダミアンがルンドグレーン子爵を王都からの騎士と敬っていたのは、その影にカロリーヌの存在があったからだ。
「私は今回の作戦指揮官だ! 陛下より賜った此度の任務を邪魔する気か!!」
殴られた頬を押え立ち上がるも、足元がふらつく。腐ってもルンドグレーン子爵は騎士だ。ふらつきなどものともせずにダミアンを睨みつける。
「上官に対する無礼……懲罰房で頭を冷やせ!」
「なら、貴殿にはリュカ王子への不敬罪が似合うんじゃないか?」
皮肉などなかったかのように王都の騎兵団はダミアンをしょっ引いていく。邪魔をしようとするカレンデュラの騎兵団を、ダミアンが制した。罰を受けるのはダミアンだけでいいのだ。
小娘に無様な姿を見られたと、ルンドグレーン子爵は怒りを隠すこともなくオーロルを部屋から追い出す。当たり散らすかのように彼女に懲罰を出さないところはまだ、彼に騎士としての誇りがあるのだろう。
追い出されたオーロルにダミアンの処遇、リュカへの認識を改めさせるような力はなく、己の無力さに地団駄を踏むしか出来ない。
カレンデュラに来てから、リュカに出会ってからオーロルは自分の弱さに痛感することが多い。
故郷の騎兵団にいた頃は、女騎士の誕生だと囃したてられるくらいに剣の腕には自信があった。
王子様なんて雲の上の人だと思う田舎にいたのだ。
貴族の権威を前になにも出来ないなど知らなかった。
ドラゴンがあんなにも恐ろしいものだなんて実感がなかった。
リュカのために出来る事がなにも無いなんて思わなかった。
気が付けばリュカの部屋の前に立っていた。
立て続けに魔法の使い過ぎで倒れたリュカは危険だと、マリユスはダミアンすらも近づくなど厳命していた。前回のように部屋にも入れてもらえない。
扉一枚隔てた先にいるリュカ。
顔を見るくらいならと扉に手をつくが、なにも出来ず、役に立たない自分では邪魔だろうと力が入らずにいる。
どうしたらいいのだろうと、堂々巡りのままオーロルは扉の前にしゃがみ込む。
リュカに貰った青い指輪は彼の瞳と同じ色だ。氷のように冷たい瞳だと、誰かが言っていたと指輪に触れる。
冷たくなんかないと、彼の青は空のようになにも隠さず誠実なんだと、指輪を握った。
「オーロル……?」
ハッとしたように顔を上げればクレールが不思議そうに首を傾げている。扉を前にしゃがみ込んでいれば、そんな顔になるよねと立ち上がり指輪をはめ直す。
「王子に会いたいのでしょう? 部屋に入ればいいじゃない」
クレールの言うことは尤もだが、思考が堂々巡りし行動に移すには勇気がいる。
言葉を詰らせ、扉に視線を漂わせては、また言葉を詰らせるオーロルにクレールは焦れったく、組まれた腕にその苛立ちはハッキリと見て取れた。
「……ハッキリして下さい。目の前でウジウジされるのは嫌いなんです」
大きな溜息を見せつけるように吐き出し
「王子が好きなんでしょう? 大切なんでしょう?」
「え? わたしが、リュカを……?」
目が飛び出してしまうと思うえるほどに大きく見開かれ、首を傾げるオーロルにクレールは呆れて二の句を失った。
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