第22話 一人で行かないと約束した

 一人で行かないと約束したと思っていた。リュカ一人で行かせたくないと必至に伝えたはずだった。

 ドラゴンの集落掃討はしなくてはいけないことだ。だけど、それはリュカ一人が背負うものではない。

 魔法使いだからとか、王子だからなんて関係なく、ドラゴンは災害そのものだ。決して一人で対処しなくてはいけないものではないはずだ。一人で引き受けるには重荷すぎる。

 だからオーロルは前線に志願したというのに、全てが踏みにじられた想いだった。

 リュカの力になりたいのにと、溢れてくる想いは怒りにも似た感情だ。

 馬では遅いと、先行して空を追いかけて行ったジルはもう追いついただろうかと、木々の合間から空を覗く。白みはじめた空に雲はなく、リュカの無事だけを祈ることしか出来ずもどかしい。

 オーロルの前を走っていたマリユスが遅れ気味のオーロルを気遣うように馬を並走させる。

 夜通し馬を走らせていたとは思えない様子のマリユスとダミアンには脱帽する思いだ。まだまだ未熟だと痛感する。


「リュカは、どうして一人で……」


 答えなど求めていない独り言をマリユスに拾われる。


「大切な人が出来たんですよ」


 『大切な人』それがオーロル自身を指しているなど、彼女は思いもしない。

 リュカを大切にしている人達全部を指していると思い至り、そこに自分が入っていればと密かに願い手綱を握り締める。

 走り続けて行くうちに、ドラゴン討伐の跡と思われるようなものが点在するようになった。

 凍り付いた幹、焼け焦げ燻る枝葉、抉れた地面に、なにかが溶けた様子の岩石。さらにはドラゴンの死骸まで転がっている。


「これらは、全部リュカが……?」


 マリユスの肯定にリュカの力はなんと凄いのだろうかと、感嘆する。これだけの事を一人でこなせてしまうから、あんな無茶苦茶な作戦が立てられるのかと納得する。

 だけど、彼の倒れた姿を見たばかりだ。リュカの身を案じすにはいられない。

 息を切らし、幹に体を預け休むジルを途中で拾う。彼だって最前線で戦う魔法使いだ。飛行魔法には自負がある。それでも追いつけなかった。ジルの疲労困憊の姿に魔法は有限だと思いしらされる。


「王子は、どれだけなんだよぉ……オレ、飛ぶだけでこの有様だっていのにぃ」


 誰も答えられない。リュカが凄いとわかっても、魔法がリュカの体に掛ける負担が相当なものだと知っていた。このまま魔法を使っていればどうなるのか、誰も想像したくない。


 空を被う影に見上げればドラゴンがオーロル達を見据えていた。獲物と認識したかのか、ドラゴンは咆吼を上げ踏み潰そうとするように降り立つ。


 それだけで馬は恐怖に嘶き、踵を返そうと暴れた。ここで引き返すなどあってはならず、必至に手綱を操り馬を宥める。

 ドラゴンに恐怖を感じる暇など用意されてはいない。馬から振り落とされないようにと、それどころではないのだ。


 馬だって恐怖に逃げたいのだ。ドラゴンに好き好んで対峙しようとするのは魔法使いくらいだ。その魔法使いだってドラゴンに好意があるというわけではない。

 その巨躰にオーロルが身構える間もなく、マリユスの炎がドラゴンの足元から立ち上り、ジルの稲妻がドラゴンの脳天を突く。

 燃える巨躰を揺らしながらその爪を振り下ろすドラゴンの腹にダミアンは槍を払う。


 ダミアンがドラゴンの懐に平気で飛び込んでいく姿は様になっていた。これは実力の差だ。まだまだオーロルではそこまでの技、兵として騎士としての実力が伴っていない。


 さすがはドラゴンだ。簡単に倒れるようなことはなく、いとも簡単に体勢を立て直してくる。それでも躰に刻まれた傷は力を削ぐのだろう。鈍くなっていく動きに炎と稲妻が炸裂する。


 リュカの実力に二人は隠れがちだが、二人だってそれなりに力のある魔法使いだ。たかが一匹のドラゴンに競り負けてなど居られない。


 一撃必殺と放った稲妻が防がれ、吐き出される息を炎で防ぐ。さぁ、次の手はと考える前に放つ魔法は牽制にもならず、払われる尾をダミアンが力任せに押えた。


 尾に突き刺された槍の痛みにドラゴンは暴れる。暴れる尾にダミアンが払われ、木に体を打ち付けられる。

 彼を心配する前に目の前のドラゴンを倒さなくてはと、二人は魔法をいくつも打ち込む。


 気を失うダミアンにオーロルは必至で声を掛ける。治療しようにも、手持ちは止血の薬やの包帯くらいだ。外で出来る手当など殆ど無いが、それでも、出来る事はしなくてはいけない。


 二人の邪魔にならないようにダミアンを少しでも安全な場所へと引きずる。意識のないダミアンは重たかった。兵士といえど、オーロルは女性だ。無骨な男を抱え上げるには筋力が足りず引きずるしかない。


 それでも場所を移動させるだけでも十分だろう。二人に遠慮無く魔法を使って貰わなくてはドラゴンは退治出来ないのだ。


 稲妻に炎と幾つも打ち込まれる魔法に流石のドラゴンも力を奪われ、抗う力を無くしていく。鈍化したドラゴンにこれで最期だとばかりに放たれた稲妻はドラゴンの躰を打ち据え、死骸へと変えた。


「オーロルさん、ダミアンは?」


 駆け寄ってくるマリユスに、ダミアンは手を上げて応える。肋骨にヒビでも入ったのか、体を動かし痛むのか息を詰らせていた。

 意識がハッキリしているのだ。大事はないと皆が安堵する。

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