第四章 青海川千秋~天然なアイアンマン~
まさかの百合展開!?
第59話 「千夏、脱がして」
暑かった八月もようやく終わりに近づき、夏休みで賑わったエディシャンもようやく平常運転に戻りつつある。
そんな中、頭を抑えながらあちこち動き回る女性社員が一人。
彩音である。
「彩音、大丈夫か?」
「なんか朝から頭痛くて」
千夏は彩音の様子を心配して、彼女のおでこに自身のおでこをそっと重ねる。
「んー。ちょっと熱っぽいんじゃない?」
「そうかなぁ」
「きっとあれだよ。色々あって気を張ってたから、疲れが一気に来たんだよ」
千夏は重ねたおでこを離しながら、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「寝たら治るって。今日は早めに寝よ」
高寿湊心による強襲事件以降、彩音は千夏の家で生活している。
まるで同棲カップルのような生活をおくっており、たまに彩音の隠れ家であるボロハイツに寝泊まりすることもあったが、その時も千夏はべったり彩音に付き添っていた。
「ごめんね、千夏。落ち着いたら出ていくから」
「そんなに気にしなくてもいいって。千夏は千夏で楽しいし。彩音は千夏といて楽しくないの?」
「でも……」
「千夏が楽しかったらいいの。それより早く終わらして帰ろ」
「うん。ありがとう」
彩音はなんとか優真と話し合い別れを切り出したいのだが、なかなかその一歩が踏み出せない。
何度か連絡をしてみたのだが、折り返しもなくすでに二週間が経過していた。
実母の知り合いの弁護士に相談し、可能な限り対応しているのだが、一向に進展はみられない。
千夏としてはいつまでもいてもらって構わないのだが、彩音の気持ちを考えるといつまでもそうとは言ってられない。
だが、今はお互い楽しみながら毎日を過ごしていることに間違いはなかった。
******
「とりあえず風呂入る前に、体温測っとく?」
「うん」
「んじゃじっとして。脇に挟むから」
千夏は彩音のシャツの裾から、体温計を持った手を潜り込ませた。
「ちょっとくすぐったいって。それぐらい自分でできるから」
千夏は残念そうな顔で体温計を渡すとテレビの前に座り込む。
彩音も渡された体温計を脇に挟み、じっとテレビの前に座り込む。
測定完了のメロディが流れると、千夏は待ってましたとばかりに彩音の背後からシャツの中に手を滑り込ませた。
「や、くすぐったい」
「どれどれ?三十八度……」
それを聞いただけでショックを受け、そのまま床に倒れる。
「おい!彩音!大丈夫か!」
「千夏、ダメだ、私もう死ぬ」
「バカか。こんな熱で死ぬわけないだろ」
千夏は笑いながら体温計を片付けるが、彩音は倒れたままぐったりとしていた。
「とりあえずシャワーだけでも浴びとくか?」
千夏のその言葉に軽く頷くと、仰向けで万歳のポーズをとった。
「何?」
「千夏、脱がして」
「は?」
千夏は笑い飛ばすが、大真面目な顔で千夏を見上げている。
ここ数週間、彩音とイチャつきながら過ごしている千夏だったが、なぜかこのシチュエーションに顔がみるみる赤くなっていった。
自ら積極的にちょっかいをかけてイチャつくことはあっても、反対にかけられることに慣れていないのだ。
「なんか、体重くて動かなくて。それに二人だとテンション上がっちゃって」
「テンションあがってんのは、熱で火照ってるからだろ」
千夏はぷいっと意地悪くそっぽを向く。
「ちーなーつー」
足と万歳した両腕をバタつかせ、駄々をこねる。
「彩音。お前、そんなキャラじゃないだろ」
「ちーなーつー」
「もーわかったって。甘えんな」
甘えるなといいながらも、千夏は嬉しそうにはにかみながら寝転ぶ彩音に馬乗りになると、彩音の服をするすると脱がしブラを外した。
そのまま無造作にズボンのベルトを緩めて脱がそうとする。
「あ、待って。そこは自分で脱げるから」
慌てて千夏の手を抑えたが、すでに時遅し。
彩音の慌て具合を見て、千夏の口角がにんまりと持ち上がる。
「体動かないだろ?病人は黙って介護されとけ」
「や、ちょっと待って!自分で脱げるから!」
「なに恥ずかしがってんだよ!いつも一緒に風呂入ってるだろ?ほら、一気に脱がすからな!」
「それとこれとは話が違うの!」
寸でのところで千夏の魔の手から抜け出し、脱衣場へ駆け込む。
その後を千夏が追いかけ、脱衣室からいい歳した成人女性のイチャつくはしゃぐ声が聞こえてくる。
結局、二人仲良くお風呂に入っていった。
***
「とにかく寝よう。ベッド使っていいから」
彩音の体調を気遣い、普段より早めに横になった二人。
「悪いよ。今日は千夏がベッドの番だし」
「いいって。もう電気消すから、おやすみ」
「おやすみなさい」
千夏が強制的に電気を消し、二人は眠りにつく……はずだった。
「ちょっと、千夏!」
彩音の足元の布団が大きく膨らむ。
電気が消えた瞬間、千夏がもぞもぞとベッドに潜り込んできた。
「たまにはこーゆーのも、ね」
そう言って横を向いて寝ている彩音の背中にぴたりとくっつく。
暑苦しいと感じ少し離れるようにもぞもぞ動くと、千夏も同じようにもぞもぞしてまたぴたりとくっついてきた。
「千夏に風邪移っちゃうって」
遠回しに拒否反応を示すが、千夏はなんとも思っていない。
「大丈夫だって。風邪かどうかもわかんないし。ただ疲れてるだけだし寝たら治るって」
「もし風邪だったら?」
「こら、静かに寝ときなさい。おやすみ」
千夏がおやすみを言って数分も経たない内に、今度は彩音がもぞもぞと動き出した。
「ねぇ千夏。起きてる?」
「うん」
そう言ってくるりと反転し、千夏の方を向く。
「千夏は先輩のこと、どお思う?」
「どおって?」
「高寿さんがね、先輩からものすごく黒い物を感じるって。誰にも言えないような汚い秘密を隠してるんじゃないかって。高寿さんて、ものすごく勘がいいって言うか、人を見る目があるって言うか」
「千夏は別になんとも思わないけど」
「だよね」
「でも、彩音の方が付き合い長いんだし何か感じないの?」
「んー。大学ん時より口数が少ないし、笑うのも少なくなった……ぐらいかな?」
「歳とったからじゃない?」
「そかな」
彩音はそのまま目を閉じ、静かに眠りについた。
千夏も同じように目を閉じたが、向かい合って寝ている彩音を意識するとなかなか眠れそうにない。
「ねぇ千夏」
眠ったと思われた彩音が、唐突に話し出す。
「なんだよ、もぅ寝ようよ」
「先輩って彼女いるのかな?」
「いないんじゃない?そんな雰囲気ないし。あ、いないって言ってたっけ?」
「ほんとに?」
「ほんとに」
千夏は呆れたような顔をしながら、さっさと目を閉じた。
「大学ん時は?孝太郎、彼女いたんだろ?まだ続いてるとかないの?」
「うん、
「そんなに気になるなら直接聞いてみたら?それか千夏が聞いてやろうか?」
目を閉じ、めんどくさそうに声だけで対応する千夏。
彩音のめんどくさい女子の部分がどうも苦手なのだ。
「やだよ!絶対無理!」
「彩音さ、孝太郎のこと好きなんでしょ?」
「な、あ、なに!千夏!そんなんじゃないから!」
「はいはい。さっさと告白したら?」
「ほんとそんなんじゃないから!それに私から男の人に告白するとか、絶対に無い」
「そんなもんかねぇ。千夏は告白するのに男とか女とか関係無いと思うけど?」
「あるよ!私は男の人から告白してもらいたい派なの!」
千夏は何も言い返さず、ただ目を閉じ、じっとしている。
ついに彩音の対応がめんどくさくなり、寝てしまったようだった。
「(だって、告白してもまたフラれるだけだし)」
黙って眠りについた千夏に向かってぶつぶつと独り言を呟く。
「ん?なんか言った?」
ふいに目を開けた千夏にびっくりして、布団で顔を隠す。
「な、なんでもない。寝よ、おやすみなさい」
あまりに至近距離で呟いてしまったため、聞かれてないか心配だったが、千夏はすでにすやすやと寝息をたてていた。
***
「ねぇ千夏」
「だからなんだよ……寝ようよ……」
「違うの……千夏と向かい合って一緒に寝てると思うと……ドキドキして、寝れない」
「……千夏も」
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