~ヒロイン~ 4

 そういえば、そんなことがあったのは春のリーグ戦が始まるちょっと前だったんですよ。私はこっそり、マスコット作りをしていまして。憧れてたんですよね。高校野球のマネジャーがああいうの作ってるのを見て、「私も作りたいな」って。本当は佐原君の高校最後の試合の時に作りたかったんですけど、渡す勇気が無くて。もし、あの時作っていたら運命は変わっていたのかな。

 そして、マスコットは結局、チーム全員分作ったんですけど、佐原君のものには特別にある仕掛けをしました。と言っても、私が昔からずっと身につけていたお守りを入れただけですが。多分、佐原君は気付いてなかったと思うんですけど、私はどちらも志望していたところに入れたので縁起が良いかなと思って。そのリーグ戦は上位のリーグへの昇格も懸かっていたので負けてほしくなかったんです。他の選手には部室で渡したんですけど、佐原君にはどうしても直接渡したくて、事前に電話を掛けてアパートに持って行きました。

 アパートから出てきた佐原君はいつも通り、サバサバとした感じで。でも、二人きりになるのは久しぶりで私の方は勝手にドキドキしてました。ああ、自分で話してて嫌になります。、私には彼氏が居たのに胸が高鳴っていたなんて、本当にもう自己嫌悪ですよ。もう、その時は自分の気持ちが分からなくなっちゃって。パニックに近い感じだったかもしれません。

 でも、あの時、ちゃんと直接渡せたのは、多分佐原君がそこに居てくれたからなんだと思います。大学まで追いかけてきて、佐原君のおかげで成長し、人と会話ができるようになった。そして、彼と一緒に過ごした時間があったからだと。

 そして、春季リーグ戦の途中だったでしょうか。私は田辺さんにプロポーズされました。大学を卒業したら結婚してほしいと。正直驚きました。田辺さんがそこまで私との将来を真剣に考えていたとは予想していなかったんですよ。それに、このまま本当に結婚をしてしまい、自分に後悔はないのかということも頭を過ぎりました。

 私はどうしても決められなかった。決断できなかったんです。だから、私はそのプロポーズを断ったんです。「ごめんなさい」と。

 私たちは別れました。田辺さんは何も訊いてきませんでした。きっと、田辺さんも不思議に思っていたはずです。それまで喧嘩らしい喧嘩もしたことがなく、交際は順調でしたから。家柄も良く、性格も良い。結婚相手には申し分の無い相手だったのは間違いありません。もし、私が佐原君と出会っていなければ、きっと結婚していたでしょうね。

 春季リーグの最終戦の日が来ました。その試合で勝てば、私たちのチームは昇格できるというところまでこぎ着けていました。試合は途中までこちらのチームのリードで進んでいました。ただ、そこでアクシデントが起きたんです。試合の途中で佐原君は肩を痛め、マウンド場で苦しそうな顔をしていました。何度か投げようとしたんですが、ボールがホームベースまで届かないんです。それでも投げようとする。私は止めました。治療をしている時にもう投げないように説得したんです。彼にはそれからもずっと野球を続けてほしかったから。でも、彼は言いました。「俺はここでつぶれても良い」と。確かにその気持ちは分かります。しかし、ベンチには多くの仲間たちがいる。こんな時こそ仲間を信じなくてどうするのかと。

そこで、私は自分でもびっくりするような行動を起こしたんです。自分で審判の所に行って「投手交代!」って叫んじゃったんですよね。普通ならマネージャーがそんなことしません。でも、それだけ、私は佐原君に野球を続けてほしかった。

私は見てきたんですよ。小学校からずっと、彼の姿を。たとえ控え選手だったとしても声を張り上げて、ずっと野球を続けてきた。それができるのは野球を心から好きだからです。もし、そこで野球を辞めたらずっと佐原君は後悔すると思いました。その一方で、その選択は本当に正しかったのかとも思いました。もしかしたら私はとんでもないことをしてしまったのではないかと。

交代してから、佐原君は少し落ち着いてくれたようでした。そこからは、チームの皆に声を掛けて、必死で応援していました。

結局、試合は最終回に点数を取られて負けてしまいました。

 もちろん、昇格という目標も達成することはできませんでした。そこで私は悔やみました。もし、あの時、私が投手交代を告げなかったら勝っていたのではないかと。そうだとしたら、私が佐原君の、そしてチームの皆の目指していたものを潰してしまったと思いました。私は泣きました。申し訳なくて、申し訳なくて。チームの皆に合わせる顔がなくて球場の隅っこで声を殺して泣きました。

 そこに、佐原君がやってきたんです。佐原君は私に優しく声を掛けてくれました。でも、私には何も答えられませんでした。勝手なことをして、試合を壊してしまった私に言い訳などする権利もないと思ったからです。

 

その試合が終わり、佐原君は野球部を引退しました。他の選手に聞いたところでは、肩の状態は想像以上に悪く、野球はもう続けられないかもしれないとのことでした。

恐らく、それは佐原君にとって必然というか、普通の選択だったかもしれません。ですが、私にとっては大きな事でした。もう、野球をしている姿を見ることができない、そして佐原君に会う口実もなくなってしまうということだったからです。

卒業後には地元の福井県に帰って就職するということも風の噂で聞きました。


 私は決めました。彼にさよならを言おうと。これは一方的な私の感情だったんですけどね。どこかで区切りを付けなければならないと思って。多分、私はそれまで佐原君に頼ってばかりだった気がするんです。心のどこかで、佐原君が近くに居る安心感があったのだと。だから、佐原君が卒業する前日に電話を掛けて、「卒業式の日を私にほしい」と伝えたんです。私は最後にキャッチボールをしたいと思っていました。その姿を最後に、目に焼き付けようと思ったんです。ですが、あいにくその日しか、あの球場が空いていなくって。

 佐原君は待ち合わせ場所に来てくれました。だって、卒業式の日ですよ。私も「きっと来ないだろうなあ」と思っていたので、姿を見つけた時は自分で呼んでおいて驚いてしまいました。

 そして、球場でキャッチボールをすることができました。そして、そこで告白されたんです。

 嬉しかったです。でもね、私は区切りを付けるために彼を呼んだんです。思いました。「どうしてもっと早く言ってくれなかったのか」と。もう一日でも早くに言ってくれていたら私の心は変わっていました。


私は嘘をつきました。


彼には田辺さんと別れたことは言っていませんでした。だから、田辺さんと結婚するのだと伝えました。その時は、それが一番良い答えだと思っていたんです。佐原君は卒業式が終わったら地元に帰ってしまう。だから、その嘘もきっとばれることはないとも考えてのことでした。


こうして私の初恋は終わりを告げました。

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