36

「お嬢さん」


 庭で海と花壇をいじってると、後ろから環の声。


「え?」


 振り向いた瞬間。

 カシャ。


「あっ、何よー。写真撮るなら言ってよね。今のマヌケな顔だったでしょ?」


「そういうのが、いいんです」


 環は笑いながら海に近付いて。


「海君、いい顔してください」


 なんて言ってる。

 二歳になった海は、たくさんの花の前で、いい顔をした。


「海にはいい顔で、あたしはマヌケな顔でいいわけー?」


 あたしは唇を尖らせる。

 そんなあたしたちを、リビングから母さんがニヤニヤしながら眺めて。

 沙耶君と万里君は門の所から笑いながら見てる。



「ちゃー。だっ」


 海が環の足元にしがみついて、『抱っこ』のおねだりをしてる。


「海、甘えないの」


「いいですよ」


 海は、環が大好き。

 環の背が高いっていうのも理由の一つなのか…

 環を見ると『抱っこ』なのよ。



「きゃー!!」


「海ー、高いねー」


 環に抱えられて、視線の高くなった海は大喜び。

 そうこうしてると。


「仲いいな」


 ふいに、帰ってきた陸が機嫌悪そうな声で言った。


「…何、機嫌悪そう」


「ちょっといいか?」


「?」


 あたしは環と顔見合わせる。


「海君は私がみてますから」


 環がそう言ってくれて、あたしは陸と裏庭にまわる。


「何?何か怒ってる?」


 あえておどけた口調で問いかけたものの。


「おまえさー」


 陸は、不機嫌な声のまま。


「うん」


「早乙女がギター弾いてるの、知ってたのか?」


「……」


 思いがけない問いかけに、黙ってしまった。


「…知ってたんだな」


 陸はため息をつきながら、池の前にしゃがみこんだ。


「…センがギター弾いてるって言ったとしても、陸は『あ、そう』ぐらいしか言わないだろうなと思って」


「そうだな。たぶん、そんな反応しかしなかっただろうな」


「何なの?」


知花ちはながさ…」


「ボーカルの女の子?」


「ああ…知花が、早乙女をスカウトしたんだ」


「……」


 陸はゆっくり立ち上がって。


「まだ、あいつは俺の存在を知らない。知花が練習音源渡して、その気になったら次のミーティングに来てくれって言ったんだ」


「…来るかもよ?」


 あたしが少しだけ笑いながら言うと。


「おまえ…平気なのかよ」


 って、不機嫌モード上昇気味。


「平気よ?そっか…どうしてるかなとは思ってたけど…続けてたんだ」


「俺はやだね」


「陸」


「あいつと、ギターなんて弾けない」


「あたしは、弾いてほしいけど」


「織」


「だって、あたしは全然センを憎んでもないし…ううん、憎んでるどころか、そうやって人にスカウトされるぐらいになっただなんて嬉しいよ」


「おまえ、まだ早乙女のこと好きなのかよ」


「好きとか、嫌いとか、そういうもんじゃないの」


「……」


「センは、あたしの中で優しい存在になってる」


「……」


「今も…大切な人。だけどそれは、愛だの恋だの言う形の物じゃなくて…」


「……」


「とにかく…彼がギターを続けてたって事…すごく嬉しい…」


 心の底から、そう思った。

 センが…ギターを続けてた。

 夢を…追い掛けてた。

 …嬉しい。



 陸はしばらく何か考えてたようだったけど。


「ま、下手だったら、バンバンいじめてやるとすっか…」


 なんて言いながら、伸びをした。


「小学四年の頃から弾いてるって言ってたよ?」


「…マジかよ。俺がやばいじゃん」


 良かった。

 陸に笑顔が戻った。

 陸は、あたしのこと気にして…


「陸」


「ん?」


「センに、あたしは元気だって言って?」


「……」


 陸は黙ってあたしを見て。


「仲良くなれればな」


 って、苦笑いしたのよ…。

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