17

「待った?」


「ううん、今来たとこ」


 新学期が始まっても、あたしたちの公園デートは続いていた。


「ね、この人でしょう?センのお父さん」


 あたしが音楽雑誌を広げて見せると、センは驚いた顔で。


「織、こういう本見てんの?」


 って言った。


「あ、言ってなかったっけ。陸もギター弾いてるのよ。それでしょっちゅうこういう本買ってくるから時々ながめたりはしてたけど…」


「へえ…」


 あたしの言葉に、センはちょっぴり嬉しそう。


「センはいつからギター弾いてるの?」


「10歳から」


「えっ、そんなに早くから?」


「8歳の時、父親が浅井晋だって知って…ショックってより先にギター買わなきゃ!って気になって。それから小遣い貯めてさ。春のお茶会さぼって内緒でギター買いに行ったんだ」


「一人で?」


「そう」


「それって、今も秘密?」


「うん」


「よくバレないね。練習とかしてるんでしょ?」


「こっそりね。双子、もう長いの?」


「ギター?」


「うん」


「中2の時ぐらいからかな…今は光史と…あ、朝霧くんって知ってる?」


「朝霧ね。あいつの父親も有名なギタリストなんだ」


「そうなの?身近に有名人って結構いるのね」


 光史のお父さんが有名なギタリストだなんて、知らなかった。

 あたしだったら自慢しちゃうけど、光史…家族の話はしても、そこには触れなかったなあ。



「双子、朝霧とやってるの?」


 少しだけ、センがワクワクしてるように見えた。

 本当にギターが好きなんだなあ。


「バンド?」


「うん」


「いつか組むって盛り上がってはいるんだけど、いつになることやら…」


「どうして?」


「俺らに合う奴がいない。って」


「へー…レベル高そうだ」


 あっ。

 あたし、陸と光史の練習すら見た事ないのに。

 もしかしたらセンの方が断然上手いかもしれないのに。

 二人に悪かったかな~。



「織は双子とバンド組まないの?」


「あたし?だめだめ」


「どうして」


「音楽センスないもの。音痴だし」


「本当?」


「これは自信もって言える。すごい音痴」


 あたしの真顔での告白に、センは大笑いしてる。

 本当…残念なぐらい、あたしには音楽のセンスがないらしい。

 だから、音楽の授業で歌唱テストがあると…陸には大差で負けてた。

 容姿と頭の良さは両親譲りとしても…

 この音痴…

 きっと、父さん譲り。

 この前、父さんが庭先で何か唸ってると思って慌てて声を掛けたら、『鼻歌だ』って自慢そうに言われた。

 いやいや…

 誰も今の唸りが『イマジン』だなんて気付かないって…



「センは?バンド組んだり将来プロになりたいとか、そういうのないの?」


 あたしが口唇を尖らせて言うと。


「…僕の将来は、もう決ってるから」


 って、少しだけ瞳を曇らせた。


「決まってるって…家元になること?」


「…ま、そんなとこかな」


「……」


「それよりさ、今度うちに来ない?」


 ふいに、明るい声。


「え?」


「織に、お茶をたてたいんだ」


「あたしに?」


「うん」


 突然の提案に、戸惑う。


「あたし、作法なんてわかんないし…」


「いいんだ、そんなもの」


「……」


 センがあまりにもまっすぐな目で言ってくれるから…あたしは、胸がつまりそうになってしまった。


「何だか、考えただけで緊張しちゃう」


 あたしが笑顔で言うと。


「僕も、緊張するよ」


 って、センも笑顔。

 夕暮れの公園は、あたしたちの貸切りで。

 遠くに沈んでく太陽が、ちょっとせつない感じ。



「早く夏にならないかな…」


 あたしがセンの肩に頭をのせてつぶやくと。


「どうして」


 センはあたしの肩を抱き寄せた。


「日が長くなると、一緒にいられる時間も長くなるような気がするじゃない」


「…なるほどね」


『またね』って言う時間は変わらないのに…

 そう考えると、思わせぶりな夏は残酷かも。



「あ、そうだ」


「ん?」


 思い出したように切り出す。


「センの誕生日って、いつ?」


「…さあね」


「何それ」


 体を起こして、センの顔をのぞきこむ。


「教えて」


「教えたら、いいことでもある?」


「あるかもしれないよ?」


「織は?」


「え?センが言わなきゃ、言わない」


「いいよ、僕は知ってるから」


「どうして知ってんの?」


「双子の保健カードで調べた」


「ずるい!」


 あたしは立ち上がって、センの前に仁王立ちする。


「教えてよー」


「結構大変だったよ。危うくそっち系に間違われるとこだったし」


「教えて」


「七夕生まれかー。ロマンチックだね」


「もう。ずる…」


 センが立ち上がって…あたしを抱きしめた。


「運命感じちゃったな」


 センがそんなこと言ってるけど、ドキドキしちゃってよくわかんない。

 わかんないまま…口唇にセンの感触。

 初めての…キス。

 好きな人の口唇って、こういうあったかさなんだ…

 口唇が離れても、あたしが夢見心地のままでいると。


「僕も、七夕生まれなんだ」


 って、センはあたしの額に口唇を落としたのよ…。


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