09

「うわっ!!まっまいった!!お嬢さんっ!!ストーップ!!」


 沙耶君が、派手にひっくりかえる。


「お見事」


 浩也さん(山崎さん)が拍手してくれた。

 あたしは汗を拭う。


 柔道を始めて、はや一年。

 あたしも陸も桜花学園の高等部に進学して、早くも夏休みがやってきている。



「確か沙耶は二段じゃなかったか?」


 浩也さんが沙耶君をいじめてる。


「お嬢さんの上達がすごくて…」


 あたしは花壇を賭けた勝負のために、柔道はもちろん。

 剣道、射撃、アーチェリー全部稽古をつんだ。

 それなのに、環は。


「都合が合いませんね」


 って、いつも逃げてる!

 早く綺麗な土壌を作って種を蒔かなきゃ、秋の花が間に合わない!



「あ」


「はい?」


「確か、今日環…」


「組長と将棋をさしてます」


 やった。

 あたしは稽古着のまま和館に向かう。

 ズカズカと長い廊下を歩いて。


「環、勝負よ」


 和館の一室で父さんと将棋をしてる環に、仁王立ちして言い放つ。


「こら、織。父さんが勝負してるんだぞ」


「あたしは、一年前から約束してるのよ」


 環はあたしをじっと見て。


「組長との勝負が終わったら、行きます」


 って言った。


「父さん、早くケリつけてよ」


「そ…そうせかすな」



 環は何でもできる、ロボットみたいな奴。

 でも、決して手加減したりしない。

 だから、父さんも環を相手に選ぶのよ。



 …将棋ねえ。

 いつもはビリヤードとかチェスとかなのに。

 それでも、勝ってしまいそうな環って…



「いただきます」


「あっ…待った、今のは…」


「だめよ、父さん。さ、環」


「おまえがせかすから、負けたんだぞ」


 父さんの泣き言を無視して、あたしは環を連れ出す。



「着替えてきますから」


 環はそう言って別宅に向かった。

 あたしは、道場に行って体をほぐす。

 本当は、花壇なんてどうでもよくなってるんだけど…



「お嬢さん、本当なんですか?環と勝負って」


 万里君が心配そうな顔してやってきた。


「え?うん…何、この人だかり」


 いつの間にか、道場の入り口から外にかけて、すごいギャラリー。


「それだけ、環と勝負するって言ったらすごいことなんですよ」


「……」


 一瞬、呼吸を忘れた。

 そう言えば、環って…組の中でも一目置かれてるって母さんも言ってた気がする。



「それでも、いい。後には引けないわ」


 もう、意地なのよ!


 しばらくすると、環が稽古着姿で現れた。

 あたしの稽古と環のそれが被った事って、あまりなくて…

 黒帯姿の環は、なんて言うか…

 ちょっと迫力が…ある。

 立ってるだけなのに、威圧感…



「それでは、始めます」


 主審の浩也さんが、あたしたちをうながした。


「始め!」


 体を揺さぶって挑発する…ものの、環は一向に動かない。

 …隙がないな。

 と思った瞬間…


「きゃ!」


 環があたしの袖を掴んで、腰に乗せかけた。

 あ…危ないっ!

 投げられるとこだった!

 確かに、沙耶君や万里君とは違う。

 どこから攻めよう…

 ええい、悩んでる暇はないわ。

 ふところへ飛び込め!


「やあ!」


「っ!…なかなかやりますね」


「まだまだ、こんなもんじゃなっ…きゃっ!」


「うわっ!」


 新調したばかりの道着のズボンは少し長くて。

 それを自分で踏んでしまったあたしは、環と絡み合って転んでしまった。


「あたた…大丈夫?今あたしの顎で顔うたなか…」


 ふと…うつむいてる環の顔が、赤くなってる気がした。


「……」


 あたしはTシャツも着てることだし、いいやと思って…下着をつけてない。

 改めて見てみると。

 今日はさんざん打ち込みしてるせいか…Tシャツの首元はヨレヨレ。

 ……見ーたーなー!



「大丈夫ですか?」


 浩也さんが顔をのぞき込んで言った。


「うん」


「じゃ、もう一度。始め!」


 あたしは、浩也さんの声と共に、環に立ち向かう。


「!」


 あ。


「一本!」


 おおおおおおおって歓声がわいた。

 すごくきれいに内股がキマってしまったのよ。


「すごい!お嬢さん!」


 沙耶君が跳びはねて言った。

 あたしは道着を整えて礼を済ませると。


「…手、抜いたの?」


 環に問いつめる。


「…まさか。そんな事はしません」


「……」


「花壇は、必ず作るように段取りしますから」


「ねえ」


「はい?」


「見たわね」


「えっ…」


 今までになくたじろぐ環を見て、おかしくなってしまった。

 あたしなんて、全然スタイル良くないし、胸なんて…ペタンコなのに。

 環、あたしの胸見たぐらいでこんなに狼狽えるなんて…

 仕事のし過ぎで欲求不満なんじゃ?



「手入れも手伝わせてあげるからね」


 環の顎を指で持ち上げて言うと。


「…喜んでお手伝いさせていただきます」


 環は目を細めて溜息をついた。

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