第27話 化け猫の最期

 

 ドローミが何故か『魔法』を選択しろと言ってくる。

 正直何故かは分からない。だが……。



「分かった。魔法を選択するよ」



 ドローミの意図は理解できなかったが、単純に『魔法』というコマンドが気になるのだ。

 ゲーム世界なら、火の玉とか筋力向上とか面白そうな魔法があるじゃないか?

 だから、俺も一度試して見たかったんだ。思い描いたものとはかけ離れていたけどな。



『魔法』コマンドを選択すると、さらなる選択肢が出てきた。

 いや、これは選択肢と言っていいのだろうか……目の前に現れた画面は以下の通りだ。



―――――――――――――――――――

 選択時間:20秒


→・神鎖カミクサリ…神の加護により、魔力全てを物理攻撃に上乗せする。   

※消費MP:10000 

―――――――――――――――――――



「何だこれ?」



 思わずアホみたいな声が出てしまった。

 選択肢が一個しか無い? それに結局、物理攻撃じゃないか。

 予想とは全く違う結末に俺はうなだれる。

 そんな俺に向かってドローミは不思議そうな声で質問をしてきた。



「どうした市谷?」

「無いんだ……一つしか選択肢が無い……結局、物理攻撃みたいだし」



 落胆する言葉を発したが、ドローミは呆れたような口調で現実を突きつけてきたんだ。

 思っていたよりも現実は残酷だったよ。



「そんなの当たり前だ、奴隷には魔法が使えない。その魔法はわれが使う魔法だぞ……お主が特殊な相手に対しても戦えるようにな」



「魔法が使えない?」

「あぁそうだ。奴隷スレイヴは魔法が使えない……ダンフォールが我と契約したのもそれが理由だろうな」



「他の職業の人も使えないのか、村人ヴィレジャーとかも……」

「いや、魔法が使えないのは奴隷スレイヴだけのはず。そもそも奴隷スレイヴとは魔法にもヒトにも忌み嫌われる存在……だった」



「そんな……」



 言葉を失ったよ。

 奴隷スレイヴがここまで弱かっただなんてさ。俺はまだスキルと無限HPがあるからいいけど、他の奴隷スレイヴは……。

 そう考えると気持ちが重くなった。

 でも、ドローミは俺が落ち込む事を許さなかった。必死な声で急かしてきたんだ。



「おい市谷!! 早く選択するのだ!」

「あぁ」



 そうだ。目の前のあいつを何とかしないとな。

 元々俺が考えても何も問題は解決しない、出来ることから着実に……そういえば氷華がよく言ってたな。



 俺は、彼女との登校場面を思い出しながらコマンドを選択した。

 これが最後のターンになるかもしれない。そう思いながら……。



 すると、すぐに機械音が鳴り響いたよ。いつもと変わらない無機質な音だ。



〈ジジッ……〉



〈選択が終わりましたので、プレイヤーのターンを開始いたします〉



〈プレイヤー『蓮』が『戦う』を選択致しましたので、『呪猫(カース・キティ)』に対する攻撃を始めます〉



 俺は結局『魔法』を選択した。神鎖カミクサリをな。

 どうやら、単なる物理攻撃で終わるわけじゃないらしい。鎖はまた生き物みたいに動き出した。



 ⦅ガシャ! ガシャ! ガシャ!⦆



 右手の枷から垂れていた鎖が拳に……腕にまとわりつく。

 いや、それだけじゃない。垂れたままの左枷の鎖からも、右拳や腕に纏わり付いた鎖からも黒いオーラが発せられている。

 何だこれ? 力がみなぎってくる。

 これまでに経験したことの無い感覚に初めは戸惑ったけど、すぐに理解したよ。

 はっ……そうか……ってさ。



 要するにこれは、物攻に魔攻が合わさったようなものなのだろう。とてつもない力だ。

 そう。今の俺の物攻は1万……魔攻も1万……つまり攻撃力は2万って事か。



 俺は、口元を綻びを我慢できずにニヤついてしまった。

 これで何回も攻撃せずに済む。



 ――このターンで決める!



「うぉおおおお!」



 大声を上げて……俺は走った……。

 鎖が幾十いくじゅうにも巻かれた右拳を握りしめて……ドス黒いオーラを纏った拳を振りかざして……。



「これで終わりだ……」

「アァ……」



 化け猫が射程距離に入った……俺はジャンプをしてそのまま振り下ろそうとした。

 が、その時……。



「え?」



 ⦅バタッ……⦆



 化け猫は、弱々しい呻き声をあげながら地面へと崩れ落ちたんだ。

 俺はまだ……攻撃してないぞ。

 何でだ?何で?



 俺は地面に着地した後、拳を下ろした。状況が理解できないんだ。

 もしかして死んだふりか?

 俺がそう思って拳を握りしめた時機械音が鳴った。

 それはさらに、俺の理解から遠いモノだったんだ。訳が分からなくなったよ。



〈ジジッ……〉



〈『呪猫カース・キティ』のHPが0になりました〉



 何故倒れた? 何故HPが0になった?

 まだ攻撃は当たっていない筈だ。もしかして……これが神の加護なのか。

 俺が困惑の表情を浮かべ、思考を張り巡らせているとドローミが静かな声で警告してきた。

 どうやらまだ、戦闘は終わっていないようだ。



市谷いちがや……気を抜くなよ……」

「もう終わったんじゃないのか?」



「いいや。こやつは呪猫カース・キティ。勝ち目が無いと分かると、自らの舌を噛み切って死ぬのだ。そして………自分が死ぬ代わりにプレイヤーに大ダメージを与える。今回の標的は恐らく……」



 ドローミが言葉を言い終える前に、化け猫の骸からこれまで聞いた事の無いような絶叫が聞こえた。

 思わず耳を塞いでしまうような爆音だ。



「アアアアアアア!!!」



 声だけでは無い。

 断末魔の叫びとともに、横たわった化け猫の体から黒い霧のようなモノが飛び出して俺の目の前に現れた。

 薄っすらとその黒い霧は化け猫の口のように見えたんだ。黒い霧は大きな口を形成して、宙を舞うように自由自在に動いている。

 そして……。

 その化け猫は、俺ではなく後方の火憐へと襲いかかった。



「アアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

「え?……」



 火憐はあまりにも突然の出来事に、動揺して動けないようだ。

 足をガクガクと震わせたまま、彼女は迫り来る化け猫から顔を背ける。

 ダメだ……早く逃げてくれ……。



「火憐……逃げろぉおおお!」

「きゃあぁああああ!!」



「アァアァア!! ハハハハハハ!」



 火憐の叫び声と、化け猫の笑い声が響く。

 化け猫のやろう。このターンが始まってから、元々俺と戦う気なんかなかったんだ。

 ただただ……俺が苦しむところが見たかったんだろう。

 まるで俺を嘲笑うかのような、悪意に満ちた笑い声は耳にこびりついてしまった。

 クソ……クソ……クソ……。



「くそぉおおお!!」



 俺の左手は遠くにある彼女の姿を掴もうと手を伸ばした。

 でも、あのスピードだと俺じゃ追いつけない。体重を前に移動しようとするが……もう……。

 俺の頭が真っ白になりそうだった。その時だ。



 ⦅ジャラララ!!!⦆



 鉄と鉄がぶつかり合う音だ。

 伸ばした左手の枷から鎖が勢い良く伸びている。

 ドローミは化け猫を捕まえるつもりだ。勢い良く伸びるそれは、先程見せたような伸縮スピードとは比べ物にならない。



 恐らく、神鎖カミクサリの効果なんだろう。魔攻が物攻に上乗せされるのと同じように、魔攻にも物攻が上乗せされる。

 つまり、ドローミが俺に『魔法』を選択させたのはの為だったのだ。



 火憐を守る為に、ドローミは俺に『魔法』を選択させた。

 頼む……火憐を守ってくれ……。



「ドローミ!!」

「分かっている。我に任せておけ」



 ドローミが勢い良く鎖を伸ばしている間、俺が出来る事といえば前に引っ張られないよう、踏ん張ることだけだ。

 地面に足を突き立てて衝撃に耐える。



 そのおかげもあってかドローミはさらに伸縮スピードを上げ……そして……。



 ⦅ガチィ!!!⦆



「アアアアアアアアアアアアアアア!!!」



 化け猫の悔しそうな呻き声。

 そう、ドローミはやってのけたんだ。

 あともう少しで火憐に触れる……そんなギリギリな距離で鎖は黒い化け猫に絡みつき、奴の進撃を止めた。

 なんていう力だ。足が地面に食い込む俺の体ごと持っていかれそうだ。



 だが、そんな事も言ってられない。俺は左手をこちらに引き寄せて化け猫を火憐から引き離そうと力を込めた。



 ⦅ガチガチガチ!!⦆



「火憐!無事か!?」

「また……助けられちゃったね……」



 化け猫が鎖を振りほどこうとし、鉄の音が響く中で火憐は照れくさそうに微笑んでくれた。

 胸に手を当てて呼吸を整えているようだ。

 正直、俺も心臓が止まりそうだったよ。化け猫が本気で火憐を攻撃した事なんてなかったからね。

 とりあえず……。



 ふぅ……。これでひと段落できる……と思っていたんだけど、まだ落ち着いちゃダメみたいだ。

 ドローミは大声をあげながら、伸びた鎖を元に戻し始めた。



「おい市谷いちがや! トドメをさすのだ!!」



 ⦅ジャラララララ!!!⦆



 鎖が勢い良く縮まり始めた。

 つまり、化け猫が俺へ近づいていると言う事だ。



「アアアアアアアアアアアア!!!」



 最後のあがきだろう。化け猫は大声をあげながら体を揺さぶっている。

 でも。



 ⦅ジャララララ!!⦆



 ドローミの力は衰える事は無い。

 猛スピードで俺へと近づいてくる化け猫。

 俺はそれめがけて右拳を構えたんだ。もうこれで終わりだってな。

 そして、化け猫が俺の射程範囲に入った時、俺は笑みを浮かべながら別れを告げた。

 もうこんな絶望感は、懲り懲りだ。



「じゃあな……化け猫……」

「アァ……」



 ⦅ガッ!!!⦆



 化け猫の切ない声が響く。

 俺は左枷の鎖で勢いよく引っ張ってから、化け猫に向かって右拳を貫いた。

 黒い霧で構成された化け猫は、禍々しいオーラに包まれた右拳に耐えられなかったらしい。

 勢いのあまり化け猫を貫通した拳は、何とも頼もしく見えた。



 まるで時が止まったかのように周囲が静まり返った時、機械音は俺達が待ち望んだ言葉をやっと口にした。

 いつにも増して無機質な音声で……。



〈ジジッ……〉



呪猫カース・キティは消滅しました〉



 ――〈戦闘を終了致します〉

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