第13話 命と心の行く末




 黒いハートの宝石が各々に青く透明な宝石に戻っていく。


 夢の様に断片的な記憶から呼び覚まされる一同は、黒い光の中から漸く解放された。

 2人の視線が蜘蛛怪人に集まると、狼狽えた様子の彼は悔しそうに涙声で言う。


「俺の……、俺の記憶を……!見やがったな!?」


 彼は口から血反吐を吐いて「げほぉ……!ごほっ……!」と噎せ返る様な咳をした。


 震える銃口を向けて頬に涙を伝わせる白髪の少女アヤ・アガペーは静かに。


「もう止めましょう。


 人として生きることすら出来なかった貴方が……誰かに愛されることも。

 自由に生きることも知ることがなかった人生なのに。


 人から人生を奪ってまで自分の為の生きたとしても……貴方の心は救われない。

 そうしたところで貴方にとっての自由や平和の中で生きられる訳じゃないから。


 だからこのまま貴方が願いを叶えたところで心が満たされる筈がない……!」


 蜘蛛怪人は彼女の頬に流れる涙と青い光が射し込む銃口部を見ると、

 白い怪人に視線を向けながら「ふざけんな……!」と言った。


「俺も!そいつも!何の罪もないただの被害者なんだよ!!!!


 あの狂った世界で昔の人間達が自分等の目先の利益の事しか考えてないで!


 何をされても政府の言い成りなんかになっていたから俺達みたいな人間が悪者にならなくちゃならねぇんじゃねえか!!!!」


 相も変わらずに捲くし立てる怪人に彼女は思わず「貴方も分かっている筈ですっ!!!!」と大声を上げた。


「このままでは貴方も今まで現れた地球の人達の様に!怪人として射殺の対象にされてしまうんです!


 そうなればもう!攻撃を止めて貰うことは出来ないんです!


 これが最後の忠告です!武器を捨てて降伏して下さい!」


 青く光射した銃口と向けられた彼女の真っ直ぐな瞳。


 事情を理解した上で真摯に向き合おうとするアヤだったが、蜘蛛怪人にとってはあまりにも遅過ぎた話だった。


「それが今更どうした!?始めから俺を殺すつもりで寄って掛かって来ていたじゃねぇか!


 どの道、殺すつもりならお前等の望み通りになるだけの話だろうが!馬鹿か!おめえはよぉお!!!!」


 全くもって、彼にとっては今更ながらのふざけた話に聞こえるが、彼女は間抜けな話をしている訳ではない。


 彼が最後までどのようにして人間として生きていたいのか。


 単純に人命と尊厳を尊重する為であった。


「確かに貴方は取り返しのつかない程に罪を犯しました!


 それでもここで死んでしまったら罪を償うことも出来ない!

 それは貴方が人として望んでいた願いではない筈です!


 地球で起こったことを話してくれるだけでも私達には意味のあることです!


 このまま意味もなく怪人として扱われるぐらいなら!

 最後ぐらいは怪人としてではなく、人として生きて下さい!」


 漸く説得を試みるアヤだったが、全てを投げ捨ててしまった人間に命を代償にしてまで得られるものがなくては意味が無い。


 当然、彼は直ぐに否定し、拒絶する。


「…………それでお前等が俺等地球人に何かしてくれるのか?お前等に何が分かるってんだぁあ!?


 正しい世の中にしようとしているのに!

 何でこれ以上俺たちが邪魔されなくちゃなんねぇんだ!


 俺達ゲノム編集で産まれたデザイナーベイビーは50年程度の寿命しか残されていないのに!

 何で自由に生きることも許されないんだよ!


 俺だってただ……人間として産まれて、生きることが出来たのなら幸せだったのに……。


 ただ自由に生きていられるならこんなことしなくてもいい筈なのにぃい!!!!」


 感情的に訴え掛ける彼は剣を乱暴に振り回すとアヤを凝視する様に睨んで言う。


「人の嫌な記憶まで思い出させやがって!!!!


 知った様な口聞いてんじゃねえぞ!!!」


 怒鳴り散らす蜘蛛の怪人は剣を振り回しながら「これ以上俺たちを苦しめるなよぉぉおおお!!!!」と叫んでアヤに掛かって行った。


 それを見た白い怪人も慌てて駆け寄って行く。


 蜘蛛怪人がアヤの数歩手前まで接近し、

 剣を振り上げるとアヤは銃を構えて引き金に手を掛ける。


「………っ!」


 接近する怪人を前にして躊躇いながらも引き金を引いた。


 既にエネルギーが充填されていた銃から収束された青い光が解き放たれると、

 白い冷気を纏いながら怪人の身体に着弾する。


「ぅっ…!っぅぅう……!」


 近距離で腹部に衝突した砲丸のような青いエネルギーの塊が、

 昆虫の様な甲殻を砕いて青色の光を拡散させると漂う冷気は収束していく。


 そして全身は白い霜で覆われて、周囲には冷気の霧が立ち込めていた。


 呆気なく怪人はアヤに斬り掛かる直前に氷漬けになって動かなくなってしまった。


 だがしかし、再び怪人の首に掛かる宝石が光った。


 青色ではなく、今度は黒く光り輝く、炎の様に揺らめいた光だった。


 張り詰めた結晶に覆われていた筈の彼の身体は真っ黒い炎の様に揺れる光に包まれると、

 白く固まった氷は罅割れて一気に砕け散った。


 跡形もなく、説明のつかない様な魔法の力で無効化されてしまったのだ。


「うああぁぁぁああああああっ!!!!」


 一瞬にして氷から解放される蜘蛛怪人は口から白い息を吐いて雄叫びを上げながら持っている剣を振り被った。


「なっ……!?」


 瞬く間に黒い宝石の力によって攻撃を無効化されたアヤは戸惑った様子を見せて思わず数歩引き下がる。


 しかし、後を追う様に彼女の傍に駆け寄った白い怪人がすぐさまその振り下ろされる剣に向かって右肩を突き出しながら突進をした。


「……っぅぅう!」


 懐に潜り込んだ真っ白い鋼の肩当てが諸刃の刀身を押し上げる様に弾いて、そのまま蜘蛛怪人を押し倒した。


「ぐっ……ぉ!」


 伴に声を上げながら倒れる2体の怪人は固まった蜘蛛の巣の上を転がっていく。


 その反動に蜘蛛怪人は転がったまま剣を放してしまうと、

 剣の切っ先は勢い良く巣の糸に突き刺さり、網目を切り開いてそのまま落ちていった。


 そして2体の怪人は受け身をとって警戒するかの様に素早く起き上がる。


 互いに向かい合って身構えると蜘蛛怪人は白い鎧とアヤを交互に見ながら、「こんな事の為に……!俺の願いを使わせやがってぇえ!!!!」と憤る。


 そして怪人は2人を見ながら吠える様に怒鳴った。


「だったら!お前等が世界を平和にでもしてくれるってのかよぉお!!!?


 俺の代わりに誰1人傷付けることなく、

 この世界みたいに地球を今直ぐにでも平和にしてくれるのかよぉおお!!!?」


 どうする事も出来なかった彼の素直な言葉。


 脳の半分を置き換えられ、自由を奪われ、尊厳さえも失った。


 その憎悪で成熟した真っ黒く染まった醜悪たる心を誰が救えるというのか。


「……っ。」


 直情的で嘘偽りのない感情を理解するアヤは押し黙ってしまう。


 それは彼がただの悪人だとは到底思う事が出来ないからだ。


「そんなものは平和じゃないでしょう……!?」


 対して、白い怪人は迷いなく前に出て言い放った。


「この世界は命よりも心が大切だと、皆が望んだから平和になったんです。


 でも地球は関係ないでしょう!?


 もし地球でも皆が本当に世界を変えたいと思うのなら、この世界の人達と同じことを願った筈です!


 それなのに俺達の世界がああなってしまったのは!

 皆!本当は!変化なんて求めていなかったからでしょう!?


 そうやって皆が流されていった結果ああなってしまったのなら!

 そこで生まれてしまった俺達が文句を言う筋合いはない筈です!」


 久遠彼方の人生においてそれが全てだった。


 余りにも救いが無く残酷だが、それが普遍的な出来事ならば仕方がないと主張するのだ。


 しかし、多くの若者達が世界に恨みを抱き、無残に使い捨てられる世界で、

 それを摂理だと素直に受け入れることは人間という心の化身である限り不可能なのだ。


「それの――――」


 当然、そのような説教がまかり通る筈もなく、蜘蛛怪人は歩み寄ってきた白い怪人の顔を見て握り拳を作ると叫びながら殴り掛かった。


「何が違うって言うんだぁあっ!!!?」


 水晶の様な半透明の仮面を殴られる怪人は「ぐぅうっ……!」と呻くと、

 蜘蛛怪人は続けて拳を腹甲に叩き付けながら言う。


「じゃあお前はぁっ!あの世界で生まれて来た奴は皆死ねばいいって言いたいのか!?」


 そう怒鳴った怪人は髑髏の様な仮面から涙を伝わせながら水晶の仮面を両手で交互に殴り付けた。


「俺達なんて生まれてこなければ良かったとでも言いたいのか!!?」


 そう言った蜘蛛怪人は白い鎧を力一杯に殴り続けた。


 顔を。胸部を。腹部を。徹底的に。


 遣る瀬無い想いをぶつけるように感情的に振るわれる暴力を受ける白い怪人は、

 向かって来た拳を漸く受け止めながら言い返した。


「だって……!俺達はぁ……!その為に生まれてきたんじゃないですかぁあっ!!!!」


 声と同時に蜘蛛怪人を押し退けて腹甲を蹴り付けると、

 大きく仰け反ってよろめいた蜘蛛怪人は彼が発した事実に言葉を失った。


 そして訪れた沈黙の中。


 突き付けられた現実に怪人はただ髑髏の様な仮面に涙を伝わせるだけだった。


 怪人の動きが止めると白い鎧も立ち止まって声を震わせながら静かに言った。


「だから……俺達はこの世界に関わるべきじゃないんです。


 ……魔法使いの人達は喧嘩をしながらでもお互いに支え合っていました!


 さっきまで居た男の子だって1人でずっと呼び掛けていたのは!

 他の人達にも自分とは同じ思いをさせたくはないからでした!


 この世界の人達は皆、人と人が支え合いながら立派に生きているんです……!


 それを関係のない地球人が壊しちゃいけない……!」


 その言葉に一同は静寂に包まれた。


 嗚咽の様な蜘蛛の怪人の声が聞こえる中、白い怪人の水晶の様な仮面から滴が零れ落ちた。


「一緒に帰りましょう!地球に……!

 こんなことをしていても…………辛いだけです!


 この世界の人達も事情さえ分かれば、罪を償う機会をくれるかもしれません。


 そうしたら、地球に帰ってもう一度やり直すことが出来る筈です。」


 白い怪人も薄っすらと透けて見える水晶の奥で髑髏の頬骨には涙が流れていた。


 アヤは力なく銃を下し、蜘蛛怪人は両手で頭を抱えて、白い怪人は震える拳を下す。


 どうすることも出来ない現実に、蜘蛛怪人は巣の上に涙をポタポタと零れ落としていく。


 口論の末。やっとの思いで説得し、互いに武器を下ろした一同。



 すると、次の瞬間――――再び怪人の足元から光が向かって来た。


 瞬く間に、一瞬にして蜘蛛の巣の網目から光の弾が怪人の首と足を貫いたのだ。


「ぐぅぅうっ…………!?ぅぅぁぁあ……!ぁぁあああっ!」


 首元と片足を炭化させる怪人はふら付きながらも、倒れない様に足を踏み締めて悶え苦しむ。


 動きを止めた怪人に制服の人々が、再び蜘蛛の巣の下から狙撃魔法銃で攻撃したからである。


「えっ!?」


 思わず声を漏らして光が飛んできた方向を見るアヤと白い怪人。


 だが、当然のことだった。そこは上空に浮かぶ蜘蛛の巣。

 彼らのやり取りが聞こえる訳がないのだ。同情の余地などない。


「あくぅ……!くそぉぉ……!畜生ぉおおお!!!!」


 悔しそうに悶える怪人は「関係なら……あるだろぉ……!」と苦しそうに呟いた。


「そもそもぉ……!この世界の連中から関わってきたから!こうなったんだろうがぁ……!」


 声を掠めて、再び怒りに身を任せて大声を上げる。



「待って!!!!そのまま抵抗せず、両手を上げて下さい!直ぐに仲間に止める様に伝えますっ!!!!」


 視線を向けたまま慌てた様子で彼に呼び掛けるアヤは巣の奥で銃を構える仲間に手を翳す。


 しかし、呼び掛けに応じることなく彼女を睨み付ける彼は崩れかけた体勢を立て直して腹の底から声を振り絞って怒鳴る。


「忘れたのかぁああっ!?俺はこの世界の人間を既に何十人も殺しているんだっ!


 償い切れる訳がない罪を、都合の良い話で許されるぐらいならぁあ…………!


 最初から人を殺してまで自分の願いを叶えたいなんて思わねえんだよぉおっ!!!!」


 叫び声を上げる怪人は腰から再び棒状の物質を取り出した。


「俺は諦めねぇ……、こんな簡単にぃ…………。」


 そう呟いて右手に構えた棒を剣に変化させると、叫びながらアヤに向かって行った。


「諦めてたまるかぁああっ!!!!」


 その動きに反応した白い怪人は駆け出し「もう止めろぉお!止めるんだぁあ!」と声を荒げる。

 焦りに動きが遅れるアヤは銃をホルスターに収めて剣の柄に手を掛けた儘だった。


 先に掴み掛る白い怪人は蜘蛛怪人の右腕を両手で掴んで、乱暴にその身体を押し飛ばす。


 身体中から血を噴き出して倒れる怪人。


 突き飛ばしただけで転がっていくぐらいに弱っている相手なのだ。


「……ぅぅっ!」


 飛び散った血液に思わず押し倒した両手を見る白い怪人は、真っ赤に染まった鮮血を見て思わず息を飲んだ。





(……俺は………どうすれば良いんだ?)





 迷い、戸惑う。


 彼は非道な殺人鬼だが、どんな悪人であってもこのまま見殺しにすることで根本的に解決できる様な話ではない。





(…………なんて説得をすれば止められるんだ……?)





 その時、視線の奥で剣に手を掛けたまま硬直し、戸惑いを見せる宝石の少女を見る。





(どうすれば良いんだ……!?あの人も……迷っている。でも……!

 ここで止めないと……、この人達も。カズラ君も。


 この世界の人達が報われない……!)





 白い鎧が狼狽える中、蜘蛛怪人は口から血を吐きながらも再び立ち上がろうとする。





(………っ!駄目だ…!もう……俺には、どうするべきなのか……分からないっ!)





 躊躇いがちに「ぅぅ……、くぅ……っつ!」と声を洩らしながら剣を引き抜いた。




(何が正しいのか……!人間として……!この世界の人達は………人の心を……守らないといけないのに……!


 この人だって――――人間なんだぞ!?)




 膝を着いた怪人は思わず引き抜かれた白い剣を見て身構える。


 するとその様子を見て目を見開いたアヤは、慌てた様子で「待って下さい!」と呼び掛けた。


「地球人の貴方に!そこまでさせる訳にはいきません!


 この問題は……私達が解決します!」


 必死に呼び止めようとするアヤは剣の柄をぎゅっと握り絞めるも、それ以上手を動かせずにいた。


 それでも彼女の目は真っ直ぐに蜘蛛怪人を見て、そのまま言い放つ。


「考え直して欲しい!このまま抵抗を続ければ何の意味もなく貴方を殺さなくてはならない!


 貴方だって人間なのに!最後まで人として扱われないだなんて……間違っている!


 だって貴方は――――その為にこの世界に来たのだから!」


 思わず、その呼び掛けに白い鎧は身体の震えを止めていた。


 彼女も頬に涙を伝わせて身体を震わせていたからだった。


「お前等を殺してぇ……俺の願いを叶える……!そうでなきゃ人間になんてなれないんだよぉお!」


 しかし蜘蛛怪人はそんなアヤを他所に戸惑った様子の白い鎧に言い放ちながら剣の刃を突き立てて突進する。


「止めてくれぇえっ!!!!」


 思わず白い鎧は握った剣でその刃を掬いあげる様に受け止める。


「俺は……貴方を止めると言った!


 人を守る為に約束したんです!1人の人間として………心を守ると!」


 鍔迫り合いになりながら震え声でそう唱える様に意思を固めた。


「だから俺は……!人として貴方を止める……!


 正しいことをしようとしている人が否定されるぐらいなら……!」


 剣と剣の刃を互いにキイキイと震わせながらも白い怪人は、一歩踏み締めながら言い放った。


「間違ってもいない人達まで悲しい思いをさせる訳にはいかない!」


 思いを叫んだ白い鎧の力と気迫に怪人は仰け反っていく。


「人の心を……!守ると!そう決めたんだぁあっ!」


 再び涙を流し、情けない震え声でそう叫んだ。


「これ以上!誰かを傷付けるのなら!俺は貴方を力尽くで止めるっ!絶対にぃ!」



 その時、アヤの脳裏には黒い猫の様な怪人の姿が過った。


 飛び掛かってきた黒猫の怪人の腹部に目にも止まらぬ速さで回転し、青い稲妻を纏って蹴り上げる光景を。


 その傍らで自身を見て怯える幼い少女の姿を。



「…………ぅっ。」


 



 (心を…………守る……?)


 



 その言葉を聞いてアヤは心の中でそう唱えながら,

 はっと意識を覚まさせると青く発光する眼を見開いて白い鎧を見た。


「うわああぁあっ!!!」


 泣き叫ぶ白い鎧は声を上げて力強く怪人を押し切った。


 仮面の中から滴を溢しながら蜘蛛怪人の剣を強引に押し退けて、

 その刃を首に向かって振るおうとしたのだ。


 しかし、その刹那。


「…っぅ………!」


 怪人の首元まで到達する白い刃は寸前で動きを止めてしまったのだ。


 首元で止まった震える刃を見た怪人はその躊躇した様子に、激情して怒鳴り声を上げる。


「…………お前も、か……!?結局お前も!その魔法少女と同じだろうがぁ…!


 お前も……大した覚悟がねぇんじゃねえかぁ!!!!


 何が人の心を守るだぁ……?綺麗ごとだろぉお!?全部ぅっ!」


 その行動に怪人は一瞬戸惑った様子を見せながらも「甘ちゃんなんだよっ!!!!お前等はぁあ!」と怒鳴って白い鎧を蹴り付ける。


「ぐぅ……!」

 仰け反った白い鎧は不意に鳩尾を蹴り付けられて怯んでしまう。


「………………。」


 身体を震わせて様子を窺っているアヤは怪人の言葉と、蹴られる白い鎧を見詰めた。





(あの人も……私と同じ……?それは違う。そんなの当然のことなのに……!


 平気で人に暴力を振るって。人を傷付けて。悲しませて。涙を流させて。

 人を殺して。命を奪い取って……!


 こんなことが人の心を守ることだというの?


 こんなことを続けていることこそが人の心を傷付けることになるだけだというのに……!)





「ぁぁ……、はぁ……はぁ……っぅ!」


 腹部を片手で抑えながら苦しそうに呼吸を整える蜘蛛怪人。

 そして彼は剣を突き立てて誓いを立てる様に叫んだ。


「もう……!誰にも邪魔させねえ!


 俺はぁ……!人間として生きるんだぁあ!!!」


 そう叫んで大きく剣を振るった。


「っ……!?危ないっ!」


 白い怪人の真正面で掲げられた刃を見たアヤは思わず足を踏み出して身体を先に動かしていた。





 (人の心を守る為にこれ以上、誰かの命を奪うというのなら……。


 そんなものが人の世界にも必要だというのなら…………!)





「もう止めて!――――止めなさいっ!!!!」


 それを見たアヤは素早く剣の柄を鞘に押し込むと「ピピッ」という電子音と伴に柄に装飾された宝石は青く光り「EXECUTION」と女性の様な声の電子音を鳴らす。


「これ以上!続けるのならぁっ!


 ここで貴方を――――執行します!」


 思わずアヤは柄を強く握り込み、鞘から引き抜いた。





(戦いを止めないと……!これ以上……誰かが苦しむだけなのなら!)





 そしてアヤは青い光の剣を両手で構えて駆け出す。


 結晶の様な青く発光する刀身の剣を両手に握り込み、

 大振りに剣を振る怪人に向かって真っ直ぐに見据えていた。





 (あの人にも……!この街の人達にも……!ただ悲しい思いをさせてしまう!


 地球の人達の様に、生きることが辛いだけの世界になってしまう!)





 その瞳と真剣で迷いのない表情に、

 決意の意思を固めるとすぐさま怪人へと接近する。


 蜘蛛怪人は泣きながら狼狽える白い鎧の首元に斬り掛かろうと大きく振るわれた。


「ああぁぁああああっ!!!!!」


 その叫びは全てを投げ出し、願いを叶える為の決心だった。


 振り被った刃を見て膝が床に着く程に低く屈んだ少女は蜘蛛怪人の懐から入り込むと、

 大きく振られた剣の動きを確りと捉えて青く光輝く剣で払い除ける。


 そして怪人の脇腹に向かってそのまま立ち上げる様に踏み込みながら肩にかけて剣を振り上げた。


「うぉああぁぁぁああああっ!!!」


 迷いなく振るわれる剣の動きと掛け声が伴い、青く発光する剣が怪人の赤紫色の身体を切り裂く。


「ごぽぉっ……!」


 右下から左上への逆袈裟斬り。


 高熱の刃により抉り取られた斜めの傷口から血が噴き上がった。


「ぐがぁあっ………!……ごぱぁぁっ!」


 口から2度、血を吐き出して倒れ込む蜘蛛怪人。





(これで……本当に良かった…………?)





 振り返ったアヤは剣を鞘に収めると倒れた怪人を見詰めた。





(戦いを止めて……。争いも。悲しみもなくなるのなら。本当にこれが正しかった……?)





 すると怪人の身体から光の粒子の様なものが雪の様にはらはらと揺れ落ちていく様子を見た。





(そんな訳ない……!始めから分かっていたことなのに……!


 こうすることしか出来なかったのは…………!)





「……もっと貴方たちの事を知ることが出来ていたのなら…………!


 こんなことには…………ならなかった!」


 眉を内側に上げて唇を噛み締め、皺が寄るほどに強く目を瞑った少女。


 その横顔に思わず白い怪人も剣を鞘に収めながら彼女の隣に移動して怪人を見詰める。


「俺はぁ……。」


 ゆっくりと顔を上げた蜘蛛の怪人は2人の顔を見ると掠れた声で呟いた。


「俺がぁ……地球を、平和にするんだ。」


 その力のない声を上げながら固まった蜘蛛の巣の上を這いつくばり、2人に向かって手を伸ばす。


「も、う……一度……人生を、やり直すんだ……。」


 人生と呼べるほどの実りのある経験すら一切ない彼が最後に望んだ言葉はそれだった。


 当然ながら、やり直すことなど出来はしない。


 例え彼や久遠彼方の様に一度、死から蘇った者であったとしても。

 彼等新人類の様に機械同士の脳を通じてコンピューターから意識を移し替えたとしても。


 続けることは出来ても、やり直すことだけは出来やしない。


 だが、彼の望む人生というものは人間として生きていくことであった。

 運命に抗おうとする怪人のその姿を見たアヤはふと目に涙を浮かべていた。


 彼が真っ当に人間らしく生きていたのは皮肉にもこの世界で悪事を働いていた瞬間であったからだ。


 しかし、運命とは偶然ではなく必然のことだ。誰かが創った摂理に過ぎない。


 手段を変えれば偶然や奇跡を起こす可能性は行動力と成り得るが、

 大前提として、それらは人の数が多ければ多いほど世界を変える力となる。


 つまるところ、社会にうねりを引き起こすことなど、方法自体は幾らでもあったのだ。


 しかし、彼は1人で戦った。もう何もかもが手遅れだったからだ。


「俺が……願いを叶えれば、地球で産まれてくる……皆、が……助かるんだ。」


 2人は消えていく彼の元まで近寄ると傍らに膝を着いてその言葉に耳を傾ける。


「もう……俺みたいに……くるし、い思い……を、する奴が……生ま、れない……世界を…………。」


 そう呟いた蜘蛛怪人はぴたりと動かなくなった。


 これにて泥臭い人間同士の戦いは終わったのだ。

 骸骨のような怪人の顔から垣間見えていた赤く灯るような眼光は消えていた。


 もうそこに、彼であった筈の意識はない。


 身体から零れ落ちる雪の様な光が落ちていく。


 透明になっていくその身体は徐々に薄っすらと輪郭を消していくと、

 白髪の少女と白い鎧はただ黙って最後の瞬間まで見届けた。


 ふと白い怪人は彼女の横顔を見た。


 哀しみを浮かべる少女の表情は何処か悔しそうな様子で、

 溢れてきた涙を見せない様にコートの袖で拭う。


「いつか……彼等と分かり合える時の為に。


 私は知りたい。彼等が本当に望んでいたものを…………。」


 そうしてもう一度2人は消えていく怪人だったその光が街へ落ちていく様子を見詰めていた。









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