第7話 奮い立つ勇気
巨大な蜘蛛の巣が空に張り巡らされた噴水広場。
その傍らでバイクを停車させていた魔法使いアヤ・アガペーは黙って空を眺めている。
蜘蛛の巣の糸が張り巡らされている端から中心まで視線を送り、全体を見渡す。
怪人が移動して以降。
噴水広場に続く通路は東西南北取り囲むように各隊が配置され、
狙撃銃を手に迎撃態勢を整えて周囲の警戒を強めていた。
彼女が周囲状態を確認した矢先、
レッグホルスターに取り付けられたホルスターからピーという音声が鳴った。
「……っ!」
直ぐさまそのホルスターからトランシーバーを取り出す。
手に持ったトランシーバーから「こちら北区、異常なし。只今狙撃魔法銃の配備完了。中央から……状況は?」と警部と呼ばれていた男性の声が聞こえた。
側面のボタンを押したアヤは「こちら中央区。異常ありません。」と返事をする。
アヤの返事に続き「西、異常なし。」、「東区異常なし。」、「南区、異常ありません。」と各々の人物が応答する。
再び聞こえてきた男性の声は「よし。中央区は溶解弾が届くまで待機。その他、東西南北に分かれた各班の中で………」と声が途切れる。
そして途切れた声の男性は間を措くように「何ぃ……!?」と訊ねる声が聞こえた途端。
バンッ!と何かが叩き付ける音が聞こえてきた。
続いてドン!バン!と再び鈍く何かを叩く音が伝わる。
バタバタバタと忙しない足音とガタガタと振動する音がトランシーバーから籠もったような音声が響いた途端。
「こちら北区!例の民家に窓から侵入された!各区に分かれた遊撃班に応援を要請する!
狙撃隊はその場で待機!怪人の逃走に備えて迎撃準備に掛かってくれ!」
漸く男性からの応答が指示として送られると、
ドタバタと足音と鈍く何かに衝撃が与えられた音が籠もる。
「…ぃっ!がぁっ……、はっ……。」
終止に悲鳴が聞こえた。
その後、何の伝達もない様子に東区と名乗っていた人物が、
「警部?警部!?無事ですか!?応答願います!」という慌てた口調で訊ねる。
しかしながらトランシーバーからは「ザーッ…ザザザッ………。」とテレビのホワイトノイズのような音が一瞬だけ入り混じる。
トランシーバーをホルスターに収めたアヤは急いでバイクに駆け寄るとハンドルに掛けていたヘルメットを被って車体に跨った。
キーを素早く回してエンジンを入れると素早くクラッチとアクセルと噛み合わせながら発進して噴水の広場を抜けて住宅地へと入っていく。
住宅地の中。
「がぁっ…。っ…ぁぁっ!」
路地裏で首を絞められて持ち上げられた中年の男性がもがき苦しみながら悲痛な声を上げる。
髑髏の様な仮面を睨み付ける男性は両手で首を掴み上げる怪人の片腕を握り込む中。
「は、や……!早く!逃げろぉっ!!!!」
掠れた声で男性は怪人の後ろで蹲っている女性に向かって言った。
両手、両足を蜘蛛の糸で拘束された女性は必死に曲げた肘と膝を使って地面を這い蹲る。
女性は幼い少年カズラの母親だった。
横目で匍匐前進するかの様に徐々に進もうとする姿を見た怪人は、
鼻で笑いながら床に落ちたトランシーバーを踏み付けて粉砕する。
すると怪人の後ろから「止めろ!」という声が聞こえてくると、
異変に気が付いた制服の人々が銃を構えて駆け付けていた。
振り向いた怪人が確認した制服の人々。人数は5人だった。
向けられた銃口を見て怪人は持ち上げている中年の男性を盾にするように翳す。
すると彼らの向けた銃口は中年男性の背が左右に動く度に交互に揺れ動く。
「どうした……?撃たないのか?」
狼狽える彼らに怪人は挑発する。
「な……何ぃ!?何をふざけたことを!」
人質を取られた1人の男性は言いながら銃口を震わせると、怪人は愉快げに笑った。
「ふははっ……!
そうだ!お前らはそうやってただ見ていればいい。」
狼狽えて銃を震わせる男性が先頭に立つ中で、
隣の男性は「くそぉ……!」と悔しがりながら銃を下ろしてホルスターに差し込む。
だがしかし、彼らは人の心を守る魔法使い。
断念して諦める訳がない。
ぎゅっと目を瞑って歯を食いしばりながら意を決して走り出した。
「……ぬあぁあああああっ!!!!」
諦観の念から大声を上げて怪人に向かって跳び掛かる男性は一目散に怪人の腕に掴み掛かって押し倒そうとする。
「……な……んっ!何だ!?」
武器を持たずに腕を掴まれて体重を押し掛けられた怪人。
「何だこいつ!?」
驚きながらも両脚を踏み張って重心が崩れないように力を入れた。
「今だ!!!!抑えろ!!!!」
その行動に4人の男性の中の1人が思わず呼び掛ける。
制服の男性達は銃を仕舞って一斉に怪人に向かって駆け出した。
雪崩れ込むように男達が突進してくる様子を見た怪人は舌打ちをする。
「ふざけているのか……?こいつ等ぁあ……!」
不機嫌そうに呟くと大きく口を開いて素早く白い糸を吐き出した。
真正面から吹きかけられる蜘蛛の糸を見て思わず4人の男性は「うわっ……!」と驚いた声を上げながら両腕で顔を覆い隠す。
4人の内、手前の2人は糸で両腕を塞がれてしまった。
怪人はその間に素早く掴んでいる男性の手を振り解いて蹴り付けると、
その反動で掴んでいた中年の男性の首から手を放してしまう。
「ぐぁぁ……!」
蹴られた男性と中年の男性は路面に叩き付けられて声を上げる。
蹴り飛ばされた男性は民家の壁に頭をぶつけると「うっ……!」と声を上げてそのまま動かずに崩れ落ちる。
口から糸を顔や腕に疎らに吹きかけられて引き剥がそうとする4人の男性に視線を向けた怪人は素早く両手を翳して再び糸を発射する。
「うわっ……!」
至近距離で4発飛ばされた糸は4人の両足にまき散らした。
まんまと路面に付着した糸を踏みつける4人の男性。
片足を踏み外す彼等は「くぉぉ……!」と各々に声を上げる。
足に糸が張り付いて一同が身動きをとれなくなった中、
糸で両手を塞がれていない2人の男性はホルスターから銃を引き抜いて構える。
「……っ!」
その動作を見て慌てて大口を開ける蜘蛛怪人は彼らに向かって糸を吹きかけた。
大量の糸が放射されたと同時に引き金は引かれ、銃口から光が瞬く。
糸が2人の顔面と銃に降り注ぐ中、 2つの光弾が怪人の腹部を光弾が貫く。
「ぶっ……!」
焼けるような痛みに思わず怪人は吐きつけていた糸を口元から溢れさせ、
「ぼぁああっ!!!!」と呻きながら乾麺の様な糸を地面に吐き出した。
魔法使い2人の顔面に糸が接着し、急速に固まると、
顔を真っ白に覆いつくした2人は窒息して藻掻き苦しみながら前のめりに倒れていく。
「ぅぅっ……ぁ……。」
口から糸と血を一頻り吐き出してぜぇはぁと息を整える蜘蛛怪人。
僅か1分近くの出来事の中で5人の魔法使いに苦戦を強いられた彼が振り返った瞬間。
腹部から噴き上がる血潮と伴に光が瞬いた。背中から腹部まで光弾が貫通したのだ。
「っぅう…!ぁああああっ!!!!」
絶叫を上げて腹を両手で抑える怪人は思わず振り向いた。
そこには路面に倒れ込んだ中年の男性が拳銃を向けていたのだ。
構わずに男性は振り返った怪人に目掛けて銃口を向けて引き金を引く。
痛みに苦悶して吃驚していた怪人は発砲と同時に振り向いて光の弾が腹部に着弾すると、
怪人は一瞬で焼け焦げた腹部を左手で抑えながら「……っ!くぅ……!!!」と漏れそうな声を堪えて右手を翳した。
その間に仰向けに倒れて背中を丸めた体勢をとっていた中年の男性は、 彼の行動を阻害する様に2回連続引き金を引いた。
瞬く間に銃から光弾が発射されて怪人の抑えた左手の甲と胸部の中心を一瞬にして炭化させる。
「あがぁあっ……!」
抑え込もうとした痛みに再び2つの痛みが積み重なり悲鳴を上げる。
「……っぁぁあ……っぁあ…………!」
高熱の塊を撃ち込まれて悶えながらも、 翳した右の手だけは降ろさずに手の平の穴から糸を噴射した。
すると3発連続で発射された糸は中年の男性が向けた銃の銃口部に纏まって付着する。
「……っぅ!?」
引き金を引いていた中年の男性の銃の銃口は僅かに重なった糸の塊を黒く焦がすが光弾が発射されることはなかった。
それどころか、拳銃本体から黒い煙が立ち昇る。
慌てて何度もカチカチと引き金を引く男性の銃は銃身から黒く焦げ臭い煙を上げながら、
女性の声の様な機械音で「ERROR TRIGGER LOCK」という音声が鳴った。
「何っ!?」
エラー音を聞いて中年の男性は何度も引き金をカチカチカチと音を鳴らすが、引き金は動かない。
「どいつもこいつも……。なめた真似しやがって………!」
焼かれた左手と胸部から煙を上げながらゆっくりと近づく怪人は、
怒りで声を震わせながら右手の鋭く尖った5本の指を束ねると駆け出した。
「まずはお前からだ……!」
そう言って仰向けに倒れている中年の男性の首に目掛けて振り翳した。
するとその時「止めて!!!もう止めてよ!!!!」と幼い子供の声が聞こえてきた。
ふらついた足取りで立ち止まる怪人と仰向けの状態で身構えた体勢の中年の男性は、
その聞き覚えのある声のする方向にゆっくりと視線を向ける。
住宅地の奥から路地に入ってきたカズラという名前の少年が息を切らせながら不安そうな表情で立っていたのだ。
「何でこんなことをするの!?僕たち何もしていないのに!!!どうしてこんな意味のないことをするの!!?」
大きな声で怪人に向かって叫んでいた。
それを見た中年の男性は目を見開いて思わず叫んだ。
「駄目だぁあああ!!!!帰りなさい!!!!こっちに来ちゃ駄目だぁああ!!!!」
怪人は目前で仰向けになった男性に向かって「うるせえ。黙れ。」と言って口から糸を吹き掛ける。
吐き出された糸が銃を持った男性の両手と片足に付着する。
「うわっ!?」
声を上げてべっとりとくっついた糸を急いで引き剥がそうと腕の力や足に力を込めてじたばたと暴れる男性。
彼が唸り声を上げながら糸を剥がそうとしている間に背を向けた怪人がカズラの方へと歩み寄ろうとすると、背後から一人の女性が建物の壁に手を着きながら立ち膝の状態をとって叫んだ。
「カズラ!!!止めなさい!!!家に入っていなさい!!!」
叱り付けるように言った女性は息子を見て壁を伝う様に近付こうと進んでいく。
「でも!!!このままじゃあ……!皆、殺されちゃうよ!!!!」
怪人の間を挟んで互いに不安そうな声と表情で言い合う親子。
そして構わずに少年は母親の元へと駆け寄り、背中を支えた。
「いい加減にしなさい!!!!」
すると、とうとう女性は聞き分けのない子に怒鳴り声を上げる。
「カズラ!!!!見て分からないの!!?
魔法使いさんは戦えない人のために命懸けで戦ってくれているのにっ!!!!
どうして無駄になるようなことをするの!!!!
なんで人の気持ちを分かってあげられないの!?」
しかしながら。当然、子供も黙ってはいなかった。
「僕だって嫌だよぉ!!!!
でも母さんが殺される方がもっと嫌だよぉおお!!!!」
彼は必死に自分の意思を伝える為に言った。
しかし、行動を止められては、意思など伝わりはしない。
「態々自分から来てくれたのか……。」
2人の母子の正面まで歩み寄った怪人はそう呟くと、右手を翳して立ち止まった。
「止めて下さい!!!
こんな小さな子供にまで暴力を振るうつもりなんですか!?」
翳された手を見た女性は幼い子供を庇うように背中を向けて言う。
「あんた……、何か勘違いしてんなぁ……。」
そう言った怪人は右手から糸を噴射すると女性に背中にべっとりと糸がくっついた。
「何が……!?これの何が勘違いだというの!?」
飛んできたものに驚いて狼狽える女性は思わず幼い子供の背中を拘束された腕で押し飛ばしながら叫んだ。
「カズラ!!!逃げなさい!!!隠れていなさい!!!!」
背中を押されて振り向いた少年は、 母親の背中から糸が怪人の手の平まで繋がっている様子を見る。
「母さんっ!!!!」
糸を剥がせずに路面に張り付けられた中年の男性は思わず「おい!!!止めろぉ!!!!」と叫んだ。
「止めろぉお!!!!殺すなら俺達だけにしろっ!!!!
無抵抗の人間を……!巻き込むなぁああっ!!!!」
しかし怪人は周囲から聞こえてくる声を無視して左手で右手から伸びた糸を掴むと、 女性に向かって「勿論、そのガキも殺してやるよ。」と呟いた。
「でもなぁ……最初に殺されるのは――――お前からなんだよぉおお!!!!」
そう言って怪人が糸を力強く引っ張った。 当然、身体を引き寄せられた女性は背中から倒れ込む。
しかし女性はすぐさま寝転がってうつ伏せになると、 両手で路面にしがみ付きながら息子に向かって叫んだ。
「カズラぁ!!!!逃げて!!!!逃げなさい!!!!」
叫びながら怪人の元へ手繰り寄せられる女性。
「母さん!!?何で!!?何で母さんが!!!?」
思わず駆け寄ろうとした少年は、 自分の母親が目の前で乱暴に引っ張られて指先から血を流しながら地べたを引き摺られていく光景を目の当たりにして喚き始める。
「止めて!!!!止めてよぉおおっ!!!!
お願いだから止めてぇええ!!!!」
さっさと糸で手繰り寄せた怪人は目の前で倒れ込んだ女性を、 握り締めた糸を引き上げて無理やり起き上がらせる。
「うぅぅっ……!」
怪人は呻き声を上げる女性の周りを回りながら口から糸を数回噴き掛けると、
女性の上半身と膝の辺りまで糸を巻き付けられたような状態になった。
「……あのなぁ?お願いして止めてくれるなら、普通こんなことしないだろぉお!?」
まるで芋虫のような体勢された女性を左腕で担ぐ怪人は、
「あんたのお子さん、ちょっと足りない子なんじゃないのかぁあ!?」と笑い声でそう言った。
今度は上を向いて頭上に見えた屋根に向かって左手の穴から糸を発射する。
思わず駆けだしていたカズラは、 「止めてよっ……!止めてよぉお!!!!止めてぇええ!!!!!」と叫んで向かっていく。
「嫌だぁああ!!!!嫌だぁああああっ!!!!
母さんまで殺さないでよぉおおおっ!!!! 」
懇願する彼を無視して屋根に付着した糸を見上げて、 左手の穴から牽引ロープのように接着部を目掛けて引き上がっていく怪人。
「うわああぁぁあああああっ!!!!」
それを見上げる幼い子供は立ち尽くしてパニックに陥ったかのように喚き散らす。
その間に既に屋根によじ登った怪人は簀巻きにした母親の髪を掴んで見せ付けながら愉快気に言い放つ。
「よく聞け、糞ガキ!!!!
おめえが散々騒いでいた噴水のある公園があったろ!?
まずはそこでお前の母さんをバラバラにして吊し上げてやるから見に来いよ!!!!
悲鳴が聞こえるように足から一本ずつ丁寧にもぎ取ってやるからな!!!!
ちゃんと足の指から一本ずつ見えるように吊してやるからよぉお!!!!
分かったな!!?おめえの母さんは、お前のせいで死ぬんだぞ!?
いつまでも調子こいってから大事なもん奪われるんだよ!
お前が自分の意思で母ちゃん見殺しにしたようなもんだからな!分かったか!?」
これ見よがしに片腕で母親を担ぐ怪人は背を向けて屋根を登っていく。
「お前が余計なことをしたせいで、この街の奴らは俺に殺されるんだ!!!!
だから反省させてやるよ!!!!
いつまでも覚えておけるように見せ物にしてやるからなぁ!!!!あばよ!!!!」
屋根の上から愉快気に吐き捨てながら怪人は姿を消した。
愕然と項垂れて膝を着くカズラは涙をぼろぼろと零しながら、 「なん……で……?……なんでぇっ……?」と当惑する。
「嫌だぁ……こんなの嫌だぁあ…!
何で母さんまで殺されないといけないの……?
どうしてぇ……!?」
顔を皺くちゃにして悔しそうに涙をぼろぼろと流し始めたカズラは、 見上げていた屋根から真下へと視線を降ろして咽び泣く。
「何で……こうなるんだぁぁあ……!?」
その小さな嘆きに「あきらめちゃ駄目だろぉおおっ!!!!」と叫び声が路地裏に響き渡る。
「さっきまでの勇気は何処に行ったんだぁ!?」
少年が思わず振り向いた先には路面に張り付けにされて身動きの取れない男性が視線を向けていた。
「このままお母さんが殺されるのに諦めるのか!?
これから街の皆が傷付くかもしれないんだぞ!?
さっきまでそれを知らせに来てくれた君の気持ちは嘘だったのか!?
こんなところで泣いていても誰も助けることなんて出来ないぞ……!
今ならまだ間に合う!お母さんの為にも最後
まで諦めるな!!!!」
涙を拭いながら「は、い……!」と返事をするカズラ。
「よし……!じゃあちょっとおじさんの胸ポケットの中に携帯電話があるから取ってくれないか?
仲間の魔法使いを呼んであいつを止めるんだ!」
素直に頷いたカズラは、仰向けに張り付けにされた中年男性に駆け寄ると制服の懐を探り始めた。
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