第4話 仕事
では、
「俺様がきーたーぞっ!!」
眼前の大扉をヤクザキックでぶち破る。数メートルの鉄塊が容易く歪み、床をバウンドしながら盛大な音を立てて吹き飛んでゆく。城の中心部、玉座の間でのまさかの出来事に驚きながらも顔に怒気を浮かべ抜剣する兵士が何人かいた。
(お?こいつら新米か)
おそらく数カ月前に近衛に召し抱えられた兵士たち。事実顔を見たことがある何人かの兵士は『またか…』みたいな顔で特に行動を起こしていない。抜剣した兵士を手で制してすらいる。古参の彼らは自分たちが守るべき帝王が自分たちが守るなどおこがましい人物だと理解しているのだ。
事実
「相も変わらずやかましい登場だな。騎士タクハ」
勢いを衰えることなく進み、大扉のスクラップが直撃したはずの帝王は玉座に座し肘をついたまま、持ち上げた片手でその大質量をあっさり停止させていた。受けるはずの衝撃を座ったままというふざけた姿勢のまま腕力だけで押しとどめ、そのままこちらに放り返してくる。片手に持った書類を眺めながら目を向けることなく対応した姿は俺の記憶の中の彼と相違ないものだ。
正面にあるその姿は相も変わらず見ていて自信を無くすほどのものだ。男にこういった表現は不適かも知れないが“美しい”と感じる。年齢としては20代半ばだろうが同じ年代のはずの俺に比べ造形が黄金律に乗っ取っており、立ち眩みを起こしそうな色香を放っている金髪金眼の偉丈夫。鍛え抜かれ、引き締まった肢体に流れる短い金髪と纏う王者の風格は先代の帝王と比較しても同等かそれ以上のものだ。
(二年前とはえらい違いだな)
「直しておけ」
「りょーかい」
投げ返された鉄塊の時間を戻して扉を新品同然に戻す。瞬時に巨大な鉄塊は扉としての働きを取り戻した。
「なぜ止めるのです!この不忠者をこの聖なる場にとどめておくなど!」
はじけた怒号が横合いから聞こえる。今は別の兵士に止められているが射殺さんばかりの視線をこちらに向けてきている。
「ヒュー、相変わらず人気者だねぇ帝王様は」
「貴様っ!」
煽ったのは自覚しているがこうも掛かるか。どうやら帝王様に深く心酔しているらしい。この手の輩は珍しくもないが帝都にくるのも久しいので今度はどう煽ってやろうかと策を巡ら…そうと思うが、聞こえてくる軍靴の音にその考えをしぶしぶ諦める。その瞬間、窓など空いてないはずのこの部屋に一陣の風が吹く。今一歩踏み出し俺に向かおうとしていた彼はその風を受けて気を失ったように倒れ伏した。
「そう遊んでやるな、こいつらは帝王様が大好きで仕方ないのさ」
「来たか」
現れたのは長身の女性。きついツリ目としっかり着込んだ軍服からは女とは思えない大きな威圧感を醸し出している。緑がかった黒髪は後ろで一本にまとめられており被る軍帽がやたら似合うそこいらの男より男らしい人物だ。
帝王も彼女の登場を待っていたのだろう。役者がそろった、とばかりについていた肘を上げる。
「騎士タクハ、近衛隊長エメラ」
これまでの弛緩した空気が切り替わる。今まで苦笑いしていた兵士すらそれを感じたように姿勢を正した。壁に整列した十数人の護衛に最奥の玉座に座る帝王、そしてその横に侍る秘書、位相空間から椅子を取り出し腰掛け足を組んだ俺と、適当な柱に背を預け腕を組むエメラ。
表向きの礼さえ整えない状況だがいつもの光景。
さあ、仕事の時間だ。
「今回呼び出したのはいくつかの案件が緊急の要件があったからだ。貴様にはその解決に向かってもらいたい。昨日騎士タクハが特定した禁忌自然の討伐、ここ一年で暴れている断頭への対処、そして反乱勢力ディスオベイからの呼び出しについてだ」
どれも覚えがある。ステージ3の個体から記録を抜き取った時点でこの案件は予期していた。
『禁忌自然』
それは一年前から発生した超級災害。すさまじい生命数を誇るこの星でも対処できる人物は限られている理不尽。加え現出、逃亡が迅速であるため補足、討伐が困難だった。
しかし
「ああ、禁忌自然『百獣』の捕捉は完了している。いつでもこちら側に引っぱってこられるよ」
既に俺含めた上位覚醒者により何十体もそれらは討伐されていた。いくら逃げようが所詮は格下。ならば上からで押しつぶすのがこの世界のルール。しかるべき人材が対処すれば討伐は容易い。同じく上位覚醒者が禁忌自然を隠したりしている故、そうそう見つけられないが同格以上なら対処できる。今回の場合、その禁忌自然とかかわりを持った個体を見つけてそいつの記憶、根源やらの見えない時間的繋がりから逆探知した。別空間に隠れていようが強引に連れ出せばいい。
「しかしこちらが捕捉したのは相手も承知。最後のあがきとばかりに現在は帝都領に現出しているね」
「ああ、その報告は受けている」
当然の対応だ。もう逃げられないのなら死ぬまで暴れてもらおうという魂胆。つまるところこの状況まで持ってこざるを得ない状態にするのが俺の仕事だ。
そしてその討伐は俺の仕事ではない。
「すでに一両日中から戦端が開かれている。報告によれば一週間以内にでも決着はつくだろう」
「でしょうね」
基本的に俺は表立った戦線には出ない。機たるべき決戦に向け経験を積んでいたいのはみな同じだ。そして帝王が管理しているならおそらく問題なく討伐できるのだろう。
「貴様の手を借りることはないだろう。」
「それは重畳」
この世界に住む人、繋ぐ国家はこの瞬間のためだけにあるわけではない。確かにかつてない危機であろうと、わけもわからない存在に表立って力を振るってもらい戦いの後も問題なく平和、なんてことはあり得ないのだ。ゆえに俺のような“外れた者”はそう大手を振って行動はできない。ましてはここに俺らは長くいるつもりはないのだ。
決着は見えている。何を目指すのかは心にある。そして、そういった思いを誰しも抱いていることもわかっているからこそ、下手な口出しはできない。
「断頭に関しては私から」
黙って話を聞いていたエメラから声が上がる。俺と同じように呼ばれた人材。つまりはこいつも“外れ者”だ。
「帝国兵、魔族、ディスオベイ関係なく辻斬りじみた行動を続けています。全員が首をやられてます。異名通りですね」
親指で首に線を引く身振りをする彼女も気になるが
(…あいつもあいつで頑張ってるのか)
「なにか、タクハ」
「いいや、なんでも」
感傷に浸るのは後にしよう。もし相対したときどうするのか。殴りつけるのか、果てに殺すのか。それは対峙してから決めればよい。
(あいつの反応は予想できるがな…)
「で、こいつ“覚醒者”だろ。しかも攻撃特化の高位。俺を対処に行かせるってことで?」
「本来なら、な。こいつは先代のころから何かと縁がある。どこかで決着は付けざるを得ない。同時期に帝国と敵対した男もいたがな」
こちらに視線を向ける帝王に苦笑いを向けてごまかす。目の前の男は実利を取る人物なので見方を虐殺した大罪人だろうが利害が一致するならとことん利用する。俺もその一つだし、だからこそ形式上以上に彼にかしこまることはしないのだが、かといってこの帝王は亡き民をないがしろにしているわけではない。
「どちらにしろ貴様との決着は後だ。しかるべき時、俺が引導を渡そう」
張り詰める殺気。帝国の中心でありながらその濃度は戦場のそれだ。しかし、この関係性は今に始まったことではない。と、いうより“彼が帝王に目覚めたときから”だ。
彼は生き死に関係なく民を思っている。貶められれば怒り、称えられれば誇る。今までの戦死者の顔と名前を、こいつが全部覚えているのも知っている。ゆえに俺に怒りがあり、憎くてたまらないはずだ。しかし、それと同時に俺を利用したほうが総合的に国に有益だと判断しているだけ。強い思いが同時に存在し、その中での取捨選択を行う精神性。私が滅され、公に染まった思想であり、どうしようもなく歪んでいる。そして、その英雄然とした行動、言動には多くの人々が希望を見るのだ。
“奇跡を起こす”
“英雄”
それは歴代の皇帝の代名詞であり、中でも目の前の男はそれの完成系といってよい。
(捨て子がここまで変わるのかねぇ)
はじめて会ったときは現状に甘んじることに終始していた青年が、そのタガを外された。彼を思って旅に出た弟が連れてきた化け物に感性のダムをこじ開けられた。
(化け物は化け物を生む、か)
彼が一年前、先代と対峙に何を話し、何を受け取ったのか詳しくは知らない。が、彼はおそらくそこで先代のすべてを受け取ったのだろう。すべてを人類のすべてを背負うと決めたのだろう。事実、その後の彼の瞳に迷いが浮かんだことを俺は見たことがない。
「断頭に関してもだ。今あいつを殺すメリットが薄い。貴様も奴を殺したくはあるまい?対処はエメラに任せるつもりだ」
「は…っても私では死にかねないでしょうけど」
この女も不思議なやつだ。近衛隊長、なんて役職ではあるがその実スラムまがい出身で実力のみでここまで上がってきた女傑。生まれの影響か帝王へもかなり馴れ馴れしい。が、仕事はしっかりこなす。低位の覚醒者としては典型的な一般に溶けこんだ異常者。
「情報収集だけでいい。今の“断頭”の対処ができるだけの自由な戦力は帝国にはないのでな。が、放置はできない。お前ならできるだろ」
「ま、あいつ排他的だし表立った妨害さえしなければ大丈夫だろうよ」
「まあ任せてよ。流石にあの首フェチ放置はできないよね」
「…その呼び方したら殺されるぞ、お前」
どうもこの女は口が過ぎる。俺が言うのもなんだが配慮なんて一切しないので挑発的な言動がどうしても表立ってしまうのでいろいろ心配である。ここで各勢力の戦力が消えるのは困るのだが。それはさておき、
「で、結局俺への要件ってなんだよ。禁忌自然は帝国兵が、断頭はエメラが。てことは残ったディスオベイからの呼び出しだろ。照史からも連絡は来てる。お前から詳細を聞けってな」
ここまでの2要件は無関係ではないにしろ俺への案件ではない。
「俺を断頭に宛がわないってことは相当だよな。聞かせてもらおうか、その案件」
「…」
こいつは俺の異能を把握している。つまり俺が要件を理解してこの言葉を吐いていることもわかっているのだろう。エメラなんて笑いをこらえてるし。
(てか基本的に覚醒者はノリがいいよな)
その“基本”に含まれないのがこの英雄様なのだが。そしてその男から今、命令を受ける。それはこの間章の主人公、そしてヒロインの初期イベントの始まり。極点へと至る二人が紡ぐ結末への物語。
帝王と俺の瞳が交差し、厳かな言の葉で命令が下る。
「ディスオベイから連絡があった。禁忌自然が複数個、ある一点で発生しそして消えたらしい。お前の出番だ。原因を探り解決して来い、
「りょーかい」
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