第2話 黒鉄
緑豊かな自然が四方に広がる。多くの山々が連なり、それらは季節や環境によってさまざまな景色を見せてくれるのだろう。幾多もの生命が、食物連鎖が複雑に絡み合い、原初の姿をいまも保っている。街道や町や村、人や亜人、その他生命が繁栄のために開拓した場所も点在するがそれすら含んで自然の在り方だろう。人の繁栄で星が滅んだならそれも自然がバランスを取った結果、なんて極論も存在する。そうした『自然』な繁栄の結果。つまるところ違和感がない光景が眼下に広がっているのだ。
それだけなら問題はない。生命の鼓動。希望と悪意が、しかし一種のまとまりを持って成り立っているなら、思うところはあっても違和感はないのだ。
「チッ…何度見ても胸糞悪いな、これ」
目を疑いたくなるような違和感は次の瞬間には覚えた。大気を踏みしめ、超速で空を疾走し、移り変わる世界において明らかな違和感がそこにはあった。もし滅んだ国などの遺跡、異形の生命体が居ようがここまでの違和感を覚えることはなかっただろう。
そこに広がっていたのは『別ジャンル』だった。
まるで下手なテクスチャの上書き。物語の世界観が根底から異なる作品二つをつなげたかのような違和感だ。それ自体ならこの『シルヴィ』という星で珍しいことではない。自らの渇望で『常識』を『空想』で上書きするいわゆる異能持ち。すなわち『覚醒位階』の生命は一年前からその数を増大させている。
しかし、眼下に広がる景色はそれでも異質だった。根本では『覚醒位階』の所業であることには相違ない。しかし、いまここに存在しているのは機械や生命の死骸が散乱する数キロにわたる戦場跡だったのだ。基本的に戦闘に使用する『覚醒位階』の異能ならばここまで広範囲に、しかも誰もいない場所に展開する意味がない。
そういった意味でこの戦場跡は不自然だ。一切当たりの緑豊かな世界観と調和がとれていない。剣と魔法のファンタジー世界に世紀末SF世界が隣在しているようなものだ。まさに混沌。
だが今となってはこの星ではこの程度の違和感は各地で発生している。別世界観、しかも元の世界観を飲み込み、侵食するほどの『設定的上位』の世界観。
今も少しずつ自然を侵食しようとするその戦場跡に先日のように適当に異界をぶち当てて吹き飛ばし、元の自然豊かな光景に戻しながら先へと進む。
空を飛ぶ鳥も、地へ向かう木の葉も、すべてが停滞し無音の世界の中、腕に巻き付く布から感じられる血のぬくもりを感じながら向かうのは帝都。
今やこの星でほぼ全人類を統治する2000年以上続く英雄の統べる最多勢力。その本拠地に向けて無音の刹那を踏みしめる。
今こうして超加速してまでそんなところに向けて”彼女”と空を駆けているのか。それは櫻と出かけて帰ってきた次の日の朝にまで時間を戻って説明することになる。
「ディスオベイと帝国からの呼び出しねぇ」
櫻と少し足を伸ばして報告にあった侵食を片付けて拠点に帰って一夜明けた朝。あいにくこの拠点は少し特殊で周囲の喧騒は聞こえてこないが、体内時計は間違いのなく日の刻限を刺している。
俺もお気に入りのソファで眠りから起きた後惰眠をむさぼっていたのだが、残念ながら家には生活習慣がしっかりしている居候がいるのであっさり掃除をするから叩き起こされた。櫻はその辺しっかりしているし、口喧嘩では勝てないのでしぶしぶ時間の吹き飛ばしで眠気を覚まし、面倒な寝ぐせは時間ごと固定して直したりして身だしなみを整え、居間にてこれまた櫻が作った朝ご飯をみんな揃って食べていたというわけだ。
そんな中、食後のお茶を運んできた櫻からありがたくそれを受け取り、さて今日は何か仕事の連絡はないかと我が家のメイド?のスー、正式名称スーフェン・アークライトに聞いたところどうやら面倒な連絡が来ていたらしい。
「照史と帝王から直々の呼び出しか」
「はい、照史様からは帝王様に聞けばわかる、と」
「ってことは同じ案件か。面倒なことをするなぁあいつらも」
「託羽様が無視すると思ったんでしょうね」
「…まあ、それはさておきだ。ユリア」
「はい、なに?託羽」
食事を終え、椅子に座って長い金髪を櫻にいじってもらいながら机に置いた鏡で嬉しそうにその作業を眺めていたユリアに声を掛ける。ちなみに今は髪をツイストにされていた。長い髪をアップにしている櫻も楽しそうなので声を掛けづらかったが、そうもいっていられない。
「悪い、面倒な“先”が見えた」
一瞬で辺りの空気が張り詰めた。和やかな雰囲気から一転してそれぞれの異界が鳴動するのを感じる。俺が見たのは呼び出された先。つまるところの『未来予知』の結果。呼び出しを知ってからしばらくかけていたが今、数か月分の未来観測の結果が出た。それがまた…
「方針は大きく変わらない。が、これはこれで一つの物語が始まる。すまないが付き合ってくれ」
「ん、もちろん。死ぬ時まで、ううん。その先まで一緒だよ」
「ああ、そうだな。そうあるつもりだ。この幸福が永遠に広がるように」
一見危険なユリアのセリフもだいぶ慣れた。むしろであったころに比べたらはるかに成長しただろう。
「そういうわけだ。スー、バックアップ頼めるか」
「託羽様、それは相談ではなく確認です。そして、ならば私の回答は決まっています。いい加減その中二脳はわかりやすい言葉遣いを理解してください」
「え~~…そういわれても、なぁ?」
「私の話を煙に巻いて話を終わらせようとしないでください」
「はい、すいません」
何故だろう。この集団でも俺の会話ヒエラルキーがやたら低い気がするのは…
「気のせいです」
「あっはい」
スーは最も俺と能力的なつながりが濃いので基本的に隠そうとしない限りはすべて筒抜けだ。だからってこうもいいようにされるのはどうも納得いかないが。
「二手に分かれる。俺と…ユリアでいいか。帝都に向かう。二人は先にディスオベイに合流しておいてくれ。多分そのほうが“展開が早い“」
「わかりました。ではそのように」
やることは伝わった。しばらく面倒にはなりそうだがやると決めたには途中放棄をするつもりはない。再びユリアに向かい合いその深紅の瞳を見ながら発する。
「おそらく“脚本家”からしたらこれは間章だ。大局的にあまり影響のない一連の事件となるだろう」
「でも、首突っ込むんでしょ?わかってるよ、あなたのことだから」
「…ありがとう。俺と一緒に苦しんでくれ」
「もちろん、だよ」
いつもと変わらぬ歪な宣誓。しかし、これが俺の、俺たちの決めた地平だ。ならばその醜美は問題ではない。俺ら皆異常者。英雄や勇者になんて慣れない狂った価値観と視点を持った化け物だ。それはこれから決して変わるこはないだろう。
「で、櫻」
「ん、私に話しかけた?」
「まあそうだけどお前はお前で出かける準備を淡々と進めてるのね」
アップにしていた髪を下し、てきぱきと片付けを終わらせ全員分の持ち物すら準備し終え、自分の髪の毛と服を選んでいた我が家の唯一の部外者に物申す。
「えーだって託羽って私の話基本聞かないしー」
「だってお前居候じゃん。いなくなりたきゃいついなくなってもいいからな」
「うん、そのつもり。でも今はこのままのほうが面白そうだし」
「あっそ」
ならば足並みは揃った。さあ、出陣だ。
「揃えさせた、が正しいよねー」
「おまえ俺の決め台詞をオチに使うあたり何か恨みでもあるの」
数分後。
「託羽様、時間位相の同調を開始します。座標は帝国領北部、クラノ山脈上空」
「問題ない。始めろ」
「了解。同調≪リンケージ≫」
周囲の光景が未知のガラクタ浮かび距離のない平常とは位相のズレた空間から抜け出す。青空がみえ、続けて見えるのは新緑の息吹。この物語の舞台、魔星シルヴィにつながった。
その光景を車両の屋根に立ちながら眺める。空間のトンネルから歯車の魔方陣をゲートとして出てきたのは鋼鉄の列車。黒い鋼が、煙が、無数の歯車が奏でる狂騒が心地いい。ファンタジー世界を愚弄する『黒鉄の機鎧列車≪スチーム・パンク≫』。それが位相のズレた時間を走る我らの拠点である。
「ではこれより、我ら旅団は間章に介入を開始する。決戦までの最終調整だ。せいぜい活用させてもらおうじゃないか」
託羽は恰好を着崩した黒い軍服に変え、煙草を咥えこの列車に乗る全員に聞こえるように声を上げる。
「スー、黒鉄の操作権を移譲する。櫻と共に先にディスオベイと合流し行動を開始しろ」
「移譲、確認しました。せいぜい頑張ってください」
「言ってろ」
そう言うと軍帽を目深にかぶり横に目を向ける。俺と同じく軍服に着替えたユリアの姿がそこにはあった。黒い帽子や服から延びる現実味のないほど白い肌と月の輝きすらかすむ金髪はその色の対比でよく生えている。今はサイドポニーにまとめた髪が列車の進行で起こる風で激しく揺れる。
「ほら」
「はい」
手をユリアに差し伸べ、ユリアもそのエスコートに手をのせてくれる。
「よっと」
そのまま空に飛びだす。地面などなくともこの二人のダンスには関係ない。踊るようにステップを踏むように空を蹴る。
「じゃあ、行ってくる」
「お帰りをお待ちしています」
機内からスーの声が聞こえる。
「ユリア、準備はいいか」
「うん、問題ないよ」
手を引かれたユリアはこちらにリードされるまま軽やかに空を舞っている。
「おい、居候。迷惑かけるなよ」
「そっちこそ」
見送りなんてしゃれた真似、櫻には似合わない。姿を見せる必要すら、俺と彼女の間にはない。絶対に互いに言わないだろうけど。
『覚醒せよ、我が因子≪エクシード≫』
自分の渇望を異界として周囲に展開する。普遍の理を一時的に自分の渇望で塗りつぶす。これが異能の理屈であり、この発言は一時的に異界を強化する定型句。詠唱といえるものの簡易。
自分とユリアの周りに既存法則が書き換えられるのを感じる。
そのまま踏み込んだ足が一足で数十キロを踏破する。まるで静止したように見えるほど減速した世界を疾走する。すぐに列車は遥か後ろに消え、黒の処刻人と吸血姫は帝都へと進行を開始した。
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