上目遣い
男なら「かわいい」と言われるより「かっこいい」と言われる方が嬉しいものだ。
でも僕、背は低いし女顏だし。高校生になって一か月も経つのに、憧れの渋くて低い声など出せそうにないし。
だから残念ながら今更「かっこいい」と言われても、皮肉にしか聞こえないんだ。
もうね。容姿は仕方ない。それに「かわいい」と言われて内心で喜ぶ自分がいることは確かだ。
ああ、いや。それを男が言ってきたら「うるせえ」と返すけどさ。
学校では割と女の子に囲まれる状況なんだけど、彼女たちみんな、僕のことを同性の友だちとしか見てくれないみたい。
彼女いない歴イコール年齢の記録は延々と更新を続けている。リアル『男の娘』枠とでも言うのかな。
僕が欲しいのは彼女であって彼氏ではないんだけど、何故か誰も信じてくれないんだ。
この間なんて、クラスのアイドル
「アユくんてさ、着る制服間違えてるよね」
くりくりの瞳を楽しそうに細め、バランスのよい小顔を品良く傾けてそんな言葉を放ってきた。なんてことだ。
意中の女子から女扱いされちゃったよ。いつか告白しようと思ってたのに、小指の爪くらいはあったはずの勇気が粉々に打ち砕かれてしまった。がっかりだ。
「今度みんなでデートしよっか。アユくんに似合う服、一緒に選ぼうよ」
「きゃー、あたしもいく! アユくん、絶対ワンピ似合うよ」
「みんなで? じゃ、俺も——」
「男子はくんな」
あの、僕も男子——
「大丈夫、アユくんは立派な男の娘!」
泣くぞばか。
結局僕は用事があると言ってなんとか断り、ゴールデンウィーク突入と同時にネトゲ三昧の日々を送ることにした。
親? 連休中は仕事でほぼ家にいない。
だからってクラスの女子たちに連れ回されようものなら女装させられるに決まってる、絶対。僕が暇してることはクラスの女子たちには内緒だ。
でも、今どれだけ逃げ回ったところで、文化祭で女装させられる未来が目に浮かぶよ。いや、いくらなんでもそれは自意識過剰か。僕なんかの注目度が秋の文化祭シーズンまで高い水準をキープしているはずがないよね。
でも、女装か……。実は興味がある。
もちろん、部屋から一歩も出ないという条件つきのコスプレなんだけどさ。
今やってるゲームに登場する、あるヒロインキャラの衣装をちょっと前に自作してしまったんだ。
そのヒロイン、一定の条件を満たすと踊りを披露するんだけど、その振付のアレンジを勝手に考えてみたりして。それを楽しいと思ってしまう僕は、多分そうとう病んでいるんじゃないかな。
たった今、僕は自作の衣装に袖を通した。
ブラなしだから胸はぺたんこ、下もトランクスという、見えない部分にはこだわらない半端なコスプレに過ぎないのだけれども……。
姿見に映る自分を見て「かわいい」と呟いてしまうなんて、はたから見たら痛いなんてもんじゃないだろう。でも大丈夫。自覚はあるんだ、今のところ。
あまり考えないようにしてるだけ、というのが実情なんだけどさ。
*****
ログインするとほぼ同時にフレンドチャットが飛んできた。
『やあ、ナユタ。遅かったね』
僕らのパーティにおけるメインの盾役、イケメンキャラのメジャースだ。
「悪かったわね。やることがあったのよ」
『気にしなくていいよ。ナユタのフォローはこの俺に任せてくれたまえ』
「ふふ、ありがと」
ごめんなメジャース。僕ネカマ。しかも、遅くなった理由も女装だとか、よく考えなくてもリアルオカマじゃないか僕。
だめだ、落ち込む。
『やっと来たな、ナユタ。イエロークリスタルたまったからよ、今から巫女様んとこ行くぜ』
新たにもう一人、チャットに参加してきた。メインのアタッカー、ガタイも脳もガチガチの筋肉ダルマのジェイツー。
「え? なによ二人とも。あたし抜きでバトルしてきたの?」
『なかなか来ないお前が悪い。ま、今回の敵は楽勝だったからよ、回復役のお前がいても出番がなくて退屈だったと思うぜ。それより巫女様だ。そろそろ舞を踊る頃合いだと思わねえか?』
ナユタというのはネトゲにおける僕のハンドルネーム。
リアルで女扱いされるので、いっそ自ら女を演じることで耐性をつけようと思って——というのは言い訳だ。
以前、男キャラでプレイした時、全然楽しくなかった。
いいじゃないか、女の子が好きなんだから美少女キャラを選んだって。
今や、可憐な乙女の姿をした魔法少女といえばかなりの確率でバトルジャンキーなんだし。
とは言え、このゲームで僕が選んだ職業は後方支援の回復役なんだけどね。
「ところでジェイツーってさ」
僕のクラスメイトだったりして。根拠はないけど、
『なんだいマイハニー』
「気持ち悪い。そういう言い回しはメジャースの専売特許でしょ。……ほら、何言おうとしてたか忘れちゃったじゃない」
『ははは、ジェイツー。身の丈に合わないことはすべきじゃないな。ナユタ、甘い会話の相手なら、この俺を選んでくれたまえ』
「あーはいはい、気が向いたらね」
『つれない対応もまた可憐だよ』
『メジャース、勉強になるぜ。そうやって会話をつなげればいいんだな』
「がんばってねジェイツー。リアルでやったら通報ものだと思うけど」
パーティの仲間とは言えムカつく。冗談交じりとは言え女の子相手にナンパなセリフを吐くスキルなんて、僕には一生身につきそうにないからな。そのうち男だってことカミングアウトしてやる。ザマミロ。
そうこうするうちに巫女様——喜悦の巫女アユの邸に到着した。
「冒険者の皆様に心からの感謝を。あなた方のおかげで、今宵再びドラゴンを
アユの声はテキスト表示でなはく、スピーカーから直接聞こえてくる。合成音声なのだが有名声優ばりの綺麗な声で、自然な発音だ。技術も進歩したものだ。
それにしてもなんという幸運。僕らが届けたクリスタルによって、巫女様がドラゴンを召喚するのに必要な量に達したようだ。
巫女様はクリスタルをエネルギー源として、舞を踊ることによってドラゴンを呼び出す。
現れたドラゴンは僕らに幸運をもたらす。もっとも、幸運という名の、ゲーム上のレアなアイテムやスキルの付与、敵陣の一部制圧といった形の褒賞なのだが。
おっと、巫女様の舞が始まる。
僕は立ち上がり、自身が姿見に映る位置に移動した。
なぜ僕の部屋に姿見があるかって? そんなこと気にしないで欲しいな。
巫女様の衣装はなかなか可愛いと思う。実際の神道における巫女の衣装をアレンジし、露出度高めにデザインされたものだ。
やがて雰囲気たっぷりに流れてきた音楽に合わせ、画面の中の巫女とほぼ同じ格好をした僕も踊り出す。
巫女の踊りをアレンジした僕なりのダンスを、情感たっぷりと——
ついにエルドールの守り神、ハニィドラゴンの登場だ。
画面全体を虹色のエフェクトによって派手に演出し、黄金色のドラゴンが夜空に舞い上がる。
四つの勢力が一進一退を繰り返すゲーム『コンクエスト・オンライン』の世界観において、僕らエルドールが一時的に優位に立った瞬間だ。
そしてドラゴン召喚に立ち会った僕らには領地以外の褒賞が与えられる。
どこそこの領地を制圧した、なんちゃらというレアアイテムをドロップした、新しいスキルを習得した——様々なシステムログが流れる中、踊り疲れた僕は眠い目を擦りつつパジャマに着替えた。
ベッドに倒れこむようにして眠りにつく瞬間、それが聞こえた。
「ナユタ——いえ、アユチ。あたしはあなたを選ぶ。ありがとう、ごめんね」
それが夕べの最後の記憶だ。
*****
思い出した。
眠りに落ちる寸前、僕はその声を確かに聞いたんだ。
お礼はともかく謝罪にはどんな意味があるんだろう。最低でも半年は入れ替わったままになることへのお詫び?
でも、こっちとしては納得していないとは言えアユ的には同意の上での入れ替わりなんじゃないのか。もしかして、二度と元に戻る気はないとか?
音を立てて血の気が引いていくのを自覚した。
そのタイミングでレモニィから声をかけられる。
ま、まあ今考えてても埒があかないよね。
「アユ様、お召し替えできました。いかがですか?」
僕は姿見に映る美少女を眺めた。
女装姿の僕とはやっぱり骨格が違う。全体的にほっそりしているが、出るところの出た絶妙な曲線を描くプロポーション。
小顔に大きめの瞳、細い月のような眉。形良い小鼻も艶やかな光沢を放つ唇も程よいバランスで配置されており、これが自分の顔であればナルシストになってしまうのも仕方がないとしか思えない。
艶やかな長い黒髪は、レモニィによってサイドテールに結わえられ、その毛先は左肩から胸元へと垂れている。
黒いノースリーブにモノトーンのチェック柄ミニスカートを合わせ、ピンクのカーディガンを羽織った格好は可愛らしいけど、現実世界でよく見かける少女たちと何ら変わらない。
このゲーム世界、女性冒険者の何割かは八十年代アニメもかくやというビキニアーマーを着て闊歩しているのだ。ちょっとお股がスースーする程度、恥ずかしくもなんともない。
非日常の中での露出多めの格好。言ってみればそれは、お祭りの日にふんどし一丁でイベントに参加する男衆と同じだ。そう考えたらお外だって歩ける。歩けるもん。
両手を広げたり、膝を軽く曲げたり。腰に手を当て、体を左右に振ってみたりもした。
「大丈夫ですか、アユ様。しばらくはドラゴン呼び出しイベントもございませんし——」
ああ、うん。僕らが集めたクリスタルでハニィドラゴンが呼び出され、その力で入れ替わりが起きたんだもんね。
「——二、三日はクリスタルを貢ぎに来られる冒険者の方々もおられないでしょうから。無理にお出かけしなくても」
「大丈夫。だからこそ街に遊びに行こうって提案したんじゃない。レモニィだってずっとお部屋の中じゃ退屈でしょ。そんな小さいのに」
「いえ、アユ様。レモニィは——」
ゲーム世界だと思えばこそ、こういうロールプレイも楽しいんだけどさ。僕自身、使用人を侍らせるような身分じゃないから。
「ねえレモニィ。その敬語なんだけどさ。……やめない?」
「それは……ご命令でしょうか」
「違う違う! 友だちになりたいっていうか」
「————!」
「それが嫌なら妹——そう、僕の妹ってことで!」
金髪少女は碧眼を見開き、次いで頰を赤く染め上げた。
「うん……、わかった。なら、レモニィのお願いを一つ聞いてくれる?」
うお、破壊力抜群の上目遣い。これはもう、首を縦に振るしかないよ。
「一人称をね、『僕』じゃなくて『あたし』って言うようにして」
はう……。
「ね、お姉ちゃん」
「わかった! これからはあたしって言う!」
このあと僕——改め、あたしたちは手を繋ぎ、街へと出かけるのだった。
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