第24話 わらわは本当に遊女になるのじゃろうか(レイラ談)

 遊女はレイラを見るなり部屋に入って来るとレイラの前に座り出し、レイラは手紙を咄嗟とっさに尻の下に置いて隠した。


「ほんに小さい女の子でありんすね。ぬしが薬を?」



「お主が瑪瑙めのうの姉女郎じゃな。わらわの調合した枇杷葉湯びわようとうは効いたじゃろ? 」



 遊女は袖を口に当てると首を少しかしげて微笑んだ。夕霧太夫とは比べ物にはならないが、大見世『福来屋』の格子こうしだけあって、少しの仕草だけでも男を魅了するには十分な色気を醸し出していた。



「そうでありんすね。わっちは『琥珀こはく』と言いんす」



「瑪瑙から聞いておる、わらわに何用じゃ? 」



 琥珀は肩に手を当て着物をずらすと、肌には瘡蓋かさぶたみたいな出っ張りがあった。



楊梅瘡ようばいそうにかかってしまいんした。まだ最初ではありますから薬をくんなまし」



 食い入るようにレイラは琥珀の肩を見ると眉間にシワを寄せ、わざとらしく首を横に振った。



「駄目じゃな。これは治らん」



「どういうことでありんしょうかえ? 」



 不安げに琥珀が尋ねるとレイラは腕組みをした。



「お主のは楊梅瘡でも、ちとたちの悪いもので進行するのが物凄~~く早いのじゃ。わらわのお師匠様から聞かされた事があるのじゃが、数日後には顔に発疹が現れ、発熱や頭痛、髪の毛が抜け始め、一月も経たないうちに言語障害や視覚障害が起き、死に至るじゃろ」



 琥珀の唇は震え始め腕組みしていたレイラの腕に泣き付いた。



「仕事が出来んせんと、わっちは死ぬことになりんす」



「そちの楊梅瘡なら、死ぬのが遅いか早いかだけの違いじゃ」



 琥珀の顔から血の気が引き青ざめ、大粒の涙をレイラの膝に落とすと、さすがに可哀想だと思ったのかレイラは口を開いた。



「じゃ じゃが、お師匠様に話して、お師匠様みずから調合した薬であれば、何とかなるかもじゃ」



「お願いしんす。助けてくんなまし」



 力強く抱き締めてくる琥珀に押し倒されそうになると、レイラの尻の下からビリビリッと紙が破ける音がした。琥珀が何事かと言う顔でレイラを見つめると、レイラはゆっくりと琥珀を押し退けて顔を赤らめた。



「へ 屁をしてしまったようじゃ…………」



 そそくさとレイラは近くに置いてある巾着袋から根茎を取り出すと琥珀の手に握らせた。



「こ これを煎じて飲めば進行は防げるのじゃ。その間にわらわはお師匠様に薬を貰いに行くが、ここの大門からは中々出られそうにないからのう……」



 レイラはチラッと琥珀に目をやった。



「琥珀よ。協力してはくれんかのう。お主を必ず助ける変わりに、わらわを花街から出られる様にじゃ」



「わかりんした」



 琥珀はすがるような目付きで頷くと即答した。



「明日、詳しくは説明するのじゃ。大丈夫じゃ、お師匠様の薬ならば治るじゃろ」



「また会いんしょう。おさらばえ」



 琥珀は頭を下げると部屋を後にした。



「ふぅ~ 道休めの思い描いた通りになったのじゃ」



 レイラは尻の下に隠した手紙を取り出すと、予想以上にビリビリに破れており、一生懸命繋ぎ合わせ様としたが、続きは読めなくなっていた。



「ぐぬぬ。わらわが恥ずかしい思いをしてまで守り通した手紙が……まぁ、良い。ある程度は成功したじゃろ」



「胡蝶。何が成功したの? 」



 後ろから肩越しに瑪瑙が手紙を覗いていた。



「うぉ な なんじゃ。瑪瑙よ戻ってきておったのか? 」



「ちょっと前からいたよ。頑張って手紙をくっ付けようとしてたみたいだけど、仙十郎君から? 何て書いてあるの? 」



 レイラはため息を吐くとビリビリになった手紙を巾着袋にしまいだした。



「あの手紙は知り合いからじゃ」



「良いなぁ。胡蝶は手紙が貰えて、私は親に売られたから手紙何て来ないし、来ても読めないけど」



 ケラケラと笑い出す瑪瑙にレイラは呟いた。



「親を恨んだりはしないのじゃな」



「え? そんな事しないよ。だって、ここは毎日ご飯が食べられるし、お布団で眠れるし、花魁になればもっと良いもの食べられて、良い着物も着られるしね。そして有名になってお金持ちの格好良い男に身請けされるんだ私。だから頑張って学ばないと」



 レイラは何も言わずに黙って話を聞いた。



「胡蝶は絶対に有名な太夫になれるよ。可愛いし天才だし、そして身分ある人の奥さんになって幸せに暮らすんだよ」



「そうじゃと良いな……ちょいと夕霧姉さんの所に行ってくるのじゃ」



 妾奉公としてでも御の字であり、それすら上手く行くことは限りなく少ないこと位は知っているが、明るく振る舞う瑪瑙を思いやりレイラは微笑むと夕霧の座敷へと向かった。



「夕霧よ 胡蝶じゃ」



「お入りなさい」



 座敷に入るといつもの様に障子を開けて、窓框に腰掛け煙管を吸っている夕霧の姿があった。



「どうしたの? 胡蝶」



 煙をゆっくりと吐き出し、妖しく微笑む夕霧にレイラは見惚れていた。



「胡蝶、早く言いなさい。あなたは何故、ここにいるの? 私に何をさせたいの? 」



 レイラは頭をかくとトコトコと夕霧に近付いていった。



「ふむ。夕霧は鋭いし頭も良いから、誤魔化しは無理じゃのう」



「お世辞はいらないわ。うんざりするほど聞いてきたから」



「政吉の最後を看取ってほしいのじゃ」



 真っ直ぐに夕霧を見据え答えると、夕霧の咥えていた煙管の煙が一瞬だけ揺らいだ。



「……胡蝶、刀宗とうしゅうお兄様は元気そうね」



「元気も元気じゃ」



 夕霧は雁首に指を添え灰吹きに灰を落とすと、煙管を指で器用に一回転させた。



「そう。胡蝶が私の花魁道中を見ていた際に懐かしい声と風を感じたわ。聞きたい事は沢山あるけど、政吉様はご病気なのね? 」



「そのようじゃな。お主のお兄様が言うには一月ひとつき持たないそうじゃ」



 暫く煙管をクルクルと回転させたかと思うと、夕霧は外を見下ろした。



「今さらどんな顔で会えば良いのかしら、夢現ゆめうつつの世界で生きてきた私だから現実には戻れないわ」



「わらわは、夕霧が政吉とやらに会おうが会わまいがどちらでも良いのじゃが、そちのお兄様に、わらわも借りがあるのじゃ。少しだけでも『夢芽むめ』に戻っては貰えんかのう? 」



 何も言わない夕霧にレイラはさらに近付くと、夕霧の髪を撫ではじめた。



「現実に戻るのが無理ならば夢芽よ、夢現のままで構わん。じゃから、少しでも政吉との想い出が残っておるなら、政吉に最後の夢を見せて上げては貰えんじゃろか? 」



 髪を撫でているレイラの腕を夕霧は煙管を使い静かに払いのけた。



「日ノ本一の『夕霧太夫』を甘くみないで。感情では動かないわよ。あなたの大切なものと交換なら願いを聞いてあげるわ」



「わらわの大切なものとは? 」



 意地の悪い笑顔を浮かべ夕霧は、煙管をレイラの顎下に付けて顔を上に向けさせた。



「胡蝶の一生よ。胡蝶が本当にここで遊女になるなら、その願いを聞いてあげるわ」

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