第86話

「それで? 缶ビールを開けて抱きつかれてキスされた後、こずえちゃんとはどうなったの?」


「もちろん、何もなかったよ……」


「本当?」


「抱いたりしなかったよ」


「でも、抱きたかったでしょ?」


「いいや……」


「18歳の可愛い可愛い女の子。指が吸い付く透き通るようなモチ肌」


「何? その恵ちゃんならぬ、なまめかしい表現」


「私が男だったら一歩踏み出して愛撫しちゃうかもな〜」


「だって、そういう時期に、私されて失ったったんだもの……」



「残念な話でしょ?」


「いや……」


「顔には、残念、と書いてある」


「でも信じるわ、正くん」


「あの……、実は……、なだめるために軽く抱き寄せたりはした」


「いいの」


「軽いキスや、抱きしめると言う行為は、スキンシップ。性的興奮を呼び起こさせないの。一般論として」


「テレビドラマでもよくあるでしょ、役者さん同士」


「でも、ジーンズの上から股探りはされたんだ……。不思議と何も感じなかったよ」


「私の時は感じてくれるのにね」


僕はうつ向いて照れる。


「ありがとう。しっかり正くんの心は私にある」


「だから他の女の子では感じないのよ」


「今の正くんに対する私の心も同じ」


「他の男に目もくれないよ」


「あちこち迷いが生じそうでも、自分からは逃げることはできない」



「どうした、正。しっぽを握られた猿みたいな顔してるぞ」


大樹がやってくる。


僕は上目遣いで大樹を見つめる。


「なんだ? もっとすごいとこ握られてるのか?」


「朝っぱらからなんだよ」



「おはよう、皆んな」


義雄も来た。


「まあ、コーヒーでも飲みましょう」


恵ちゃんが四人分のコーヒーを入れてくれる。


いつもの朝の研究室の空気を取り戻した。



ーーーーー



「今月末、正しくんの誕生日があるから楽しみにしていて」


「そうか、恵ちゃんの手作りの何かだ」


「俺の時はケーキだったからな」


大樹が思い出したように話し出す。


「正には何かな?」


「俺以上の何かになるのは確実だ」


「デコレーションケーキ以上の何か?」


「思いつかない」


「手作り、じゃなくて、既成のものも考えられる」



「想定外、が起こるわよ」


恵ちゃんがニコニコ顔。


「もしかして、恵ちゃん自身とか?」


義雄はとぼけたように僕らに話す。


「義雄よ、もう恵ちゃん、それはとっくに正にプレゼント済み」


「まあまあ、それはいいとして」


僕がその話は中断する。



「想定外か……」


「こずえちゃん、をプレゼントする訳ないしな……」


「あのさ、大樹。想定外もいいところ」


「どこの誰の脳ミソがそんなこと考える?」


恵ちゃんも笑っている。



「正、貧乏で自転車古いから自転車とか」


「そんな、親子で送るようなプレゼントじゃないよ」


「そうだ! 車! 恵ちゃんのうちに車が1台余っている」


よく大樹知ってるな。


「車の可能性はないよ」


「貧乏には維持できないから……」


「でも、恵ちゃんと二人で夢のドライブ。いいな〜」



「まあいい、今日は皆んな卒論研究に没頭しよう」


「正、こずえちゃんからLINEだぞ」


「誰に?」


「俺に」


「大樹に?」


「ああ」


「正先輩には、用事がない限りLINEしません。が、ランチどうですか? と、お友達の大樹さんから、正さんにお伝えといてください」


「何これ?」


「まあ、可愛い可愛いこずえちゃん。皆で仲良くしてあげましょ」


恵ちゃんがこの場をしきる。


「こずえちゃんには、すぐにいい人できるわよ」


「あっさりしてて、軽やかで素敵な娘だもん」







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