笑葬
土地のガイドの話だと、この地方の人々は死者を笑って送るという。
「笑うことは陽であり、死者の魂を誘うという冥獄の陰気を払い、天府の楽土へと死者の魂を導く一助になると伝わります」
このような話になったのは街を歩く道すがらに、人々の明るい笑い声が楽しげな太鼓と笛の音色とともに聞こえてきたからだ。ガイドの説明だと、どうやら近くで葬儀が執り行われているらしい。
「あなたも笑いましょう。ここでは葬儀の笑い声が聞こえたらともに笑ってあげるのが習わしなのです。これを土地の言葉では“ラフラ”と呼びます。外の学者は笑葬などと訳しておりますが」
ガイドはそう言って笑顔を作ると、声を上げて笑い出した。なるほど、そういう風俗もあるものかと、私は郷に入った旅人として郷に従い、ガイドと一緒になって声を上げて笑ってみた。
よく周りを見れば、私たちと同じように道を歩く人々も声を上げて陽気に笑い合っている。中には音楽に合わせて手拍子や口笛を吹くものもおり、なにやらひとつのお祭りのような一体感が辺りに満ちている。こうなると私も興に乗ってきて、太鼓のリズムに合わせて手など叩いてみたりしてみる。
「そうです。そのように明るい振る舞いで死者を天府へと送るのです」
ガイドの笑顔のうなずきに私も気を強くして、笑って手拍子を取りながら道を進む。すると太鼓と笛の音が近づいてきた。どうやら葬儀は私たちの進む方向で執り行われているらしい。笑い声も一層に大きく聞こえ、一際に良く聞こえる女性の笑い声はほとんど嬌声と呼べるものになっていた。
「笑い女の声ですね。
いわゆる笑いのプロもいるらしい。そう言われれば堂に入った笑い声である。しかしここまで堂々とした笑い声ともなると、どこか感情の弱い作り物めいた笑い声にも聞こえるから不思議なものだ。
「どうやら、葬儀はそこの家らしいですね」
そんな感慨を抱いていると、笑顔のガイドが行く手を指差した。塀に囲まれた家の門に人が集まって笑い合っている。
「少し覗いても構わないかね?」
「構いませんが、笑顔は絶やさないようにお願いします」
ガイドは止めはしなかったがそんな忠告をした。私はその言葉を不思議に感じながら、この
そこで私の笑顔は強張った。
「彼らが被っているのは
私の表情に察したガイドがそう説明をする。葬儀の中心に故人が眠っていると思しき棺があり、それを囲んでいる人々だけが周りで笑う人々と違い、笑い顔を絵に描いたお面を被っていた。
「
その光景に、私は葬儀の場を埋める笑い声の中に嗚咽の声を聞いた気がした。
「笑顔は絶やさないように……」
耳元でガイドが囁く。
笑い女たちのさんざめく笑い声の中で、私は空耳の嗚咽を耳に残しながら笑顔で名も知らぬ故人の旅立ちを見送った。
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