選ばれた少年

 土地のガイドの話だと、この街では年に一度、空から矢印が降ってくるという。


「それが今日か」


「はい。ここでしばらく待っていれば降ってきます」


 ガイドは私を街で一番見晴らしの良い塔の上へと案内してくれた。しかしそこには屋根がなかった。私は懸念を口にする。


「ここは危険でないのかね?」


「大丈夫です。矢印は選ばれた人のところにしか降らないのです」


「選ばれた人?」


「はい。矢印は人を選ぶのです」


 要領を得ないガイドの説明を受けていると、街のあちこちから住民たちが路地や広場に姿を現した。人々は皆、この土地特有の楔模様の飾り織りがされた極彩色の服を着ており、頭には極楽鳥の羽根で作られた色鮮やかな羽冠を被り、手足や首には色石を紐でつないだ腕輪や首輪などの装身具を身に付け、互いにその身の派手さを競い合うように着飾っている。お祭のような光景だった。しかし不思議なことに彼らの顔にはお祭を楽しむような笑顔はなく、かわりに何かを真剣に期待する食い入るような目で、誰もが空を見上げているのであった。


「皆、矢印に選ばれるために必死なのです」


 私も空を見上げた。空は風も雲もなく晴れている。本当にここに矢印が降ってくるのだろうか。そう思った矢先だった。


「降ってきました」


 ガイドの言葉に目を凝らす。街から歓声が上がった。青い空の一点に、無数の黒い点が現れた。それはぐんぐん落下してきて、そして目にも止まらぬ速さで街に落ちた。


「決まりましたね」


 街の歓声が一際に大きくなり、人々が一か所にむかい移動を始めた。その先を目で追うと、そこに無数の矢印が身体に突き刺さった、一人の少年が倒れていた。

 少年は死んでいるように見えた。その少年を街の人々が運んでいく。その表情は笑顔であった。少年の顔も微笑んでいるように見えた。少年はこの塔へと運ばれ、そして私達のいる屋上までやってきた。


「どうするのだ?」


「矢印を返すのです」


 返す? と聞き返す前にその行為は始まっていた。

 少年の身体に刺さった幾本もの矢印を、人々が逆さまに向き直していた。矢印が上に向くと少年の身体から人々が手を離す。少年はふわりと浮いた。

 そしてそのまま少年は、ふわふわと空の上へと飛んでいった。


「矢印が彼を天界へ召すのです」


 ガイドは少年を祝福するような穏やかな顔でそう言った。

 少年が空の果てに消える。

 しかしこの土地の信仰を持っていない私は、ただ自分が選ばれなくてよかったと思うだけだった。

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