エーデルワイス 〜最後の思い出〜

囲会多マッキー

§1 (セクション1)

1-1 プロローグ&佐木 香織、出会う。

1-1第一話 俺の人生は⋯⋯

 あの事件からしばらく経ち、高校卒業後初めての冬だ。目覚ましが鳴り、重い腕をのっそりと暖かい布団から出す。音が消え、再び寝ようとまた腕を布団の中に戻すが、それは出来ない。ある所に行かなければならないからだ。


 俺は朝七時に目覚め、だる重い身体を気力で動かす。布団を畳み、カーテンを開き、暖かい光を結露した、曇りガラスのようになった窓から受ける。その窓の曇りを手で少しだけ消し去ると、赤色や、茶色の屋根の普通の住宅街……何の変哲もない、いつも通りの景色だ。


 そのすぐ横の机にある、太陽の光でホコリが光って目立つデスクトップ型の大きなゲームパソコンと傷だらけのヘッドセット。これは俺のパートナーと言ってもいい存在だった。あの人とまた会えたら、驚くだろう。


 ―――これは今の俺にはもう必要が無いものだ。


 でも、「昔の思い出は残しておきなさい」それがお母さんの口癖だったから。でも、こんなに大きなものになると、場所をとるだけだ。どうせ必要が無いのだから捨ててしまおう。でも……分解ばらして基盤だけでも残しておこうか。


母さんが死んでからの俺は今では考えられないような生活を送っていた。今もお手本となるような生活はしていないが、昔に比べれば成長している。


 陽の光の暖かさと共にそんな思い出に浸っていると、一階から朝の耳には痛いくらいの甲高い声が家中に響いた。


「お兄ちゃん、遅れるよ!」


「ごめん、今行くよ!」


 水蒸気が一気に昇華しで出来る、白い息が太陽の光が屈折し、さらに見えている景色を幻想的にする。そういえば、あの人と出会ったのもこんな寒い季節だった。それは俺の人生を変えた出会いがあった時。


 この部屋の扉を開き、暖かい家庭……いや家族という、同じ形には永遠に遺すことの出来ない箱に足を踏み入れると挽いたコーヒ豆の香りがする。この香りも懐かしいものだ。きっと、母さんの時と同じ豆だろう。


 階段を降りると、日向が小さい頃に母さんと作った少し不格好なエプロンを付けて、コーヒーを入れていた。母さんのように手回しで豆を挽くのも慣れたようで、身につけている幼いエプロンを除けば本当にバリスタのように見えてくるだろう。……今は全く見えないが。


「おはよう、日向」


「おはよう、お兄ちゃん。朝ごはん、早く食べて」


 俺は階段に近い方の椅子に座った。皿の上にある普通の六枚切り食パンを手にする前に手を合わせ、今までなら言っていない単語を口にする。


「いただきます」


 こんな日常の言葉もこんな生活を始めてからだろうな……昔の俺なら全く考えつかなかった生活がここにはある。色々な思い出がどんどん溢れ出てきて脳内再生されていた。


「お兄ちゃん……?」


 食パンを持った状態で硬直していたようで、日向がのぞき込むようにして俺を硬直状態から引き戻す。


「……あぁ、すまん」


 今、俺は親友たちとある人が遺した孤児院をあの人の元後輩と経営……いや、守っている。俺一人の力だけではどうにもならないが、周りの人の助けが本当にありがたい。


 この世の中に生きているすべての子供を助けるのは出来ないかもしれない。しかし、目の前の救える子供だけは救う。そのためにこの命を使っていかなければならない。


 ―――それがあの人との大切な思い出だから


「お兄ちゃん、また止まってるし……本当に遅れるよ?」


「あ……本当にすまない」


「全く……ちゃんと自立出来てすごいねー?」


 そんな嫌味に答えている時間はない。すぐにパンをコーヒーで流し込み、すぐに動きやすい格好に着替えた。そして玄関でスニーカーを履いた俺は、玄関の花の添えられた写真に向かって、「おはよう」と一言。


そして、有り得なかった「いってきます」を言う日が続くのである。


 ―――日向より先に家を出るようになったのもあの時、あのおじいさんに出会ったおかげだ。


        ゚*.。.*゚*.。.*゚*.。.*゚*.。.*゚


 中学三年生の秋。それは受験生にとって重要すぎる時期だ。この時期から願書を書き始めるが、俺はゲームに夢中である。高校なんて俺はそもそも出席日数が足りないのだから、いくらがんばっても受かるようなところは無い。


―――だったら、ゲームをしていたっていいだろう?


 これからの人生なんて一人で生きていけばいいのだから。コンビニだって近くにあるから食べ物には困らない。しかも、これからはゲームで稼げる時代が来るはずだ。


 俺の部屋は暗いが、今の時刻は午前十一時を回ったところである。カーテンの隙間から差し込む光が俺を避けるように床や壁を明るく照らす。


 ―――まるで俺の人生のように。


 遮光カーテンなのに、光が入ってきては台無しである。でもこれから出かけるのだから、目を慣らすにはちょうどいいか。コンビニの定期点検とでも言っておこう。三年以上前に買った、秋物のジャンパーに普通のスウェットで家の鍵をちゃんと掛けてから家を出た。


 昼飯を買うためにコンビニを点検をする。その通り道に見える公園で小学生くらいの子供たちがなぜか、遊んでいる。今日は平日のはずだ。小学生なんているわけがない。


 普通なら学校のはずだ。「今日は特別な日なのか?」 と思いスマホで日付と曜日をを確認する……十一月三日、水曜日である。何故、公園で遊んでいるのだろうか。



 とりあえず公園の近くの、いつものコンビニに入りいつもの五目おにぎりとお茶を買った。店員さんはいつも俺が行く時には居るオーナー、沢田さん。彼女は家族以外で俺が不登校であることを知っている唯一の人間である。


「三○○円になります」


「二二五円ですね、また間違えていますよ?」


「少しぐらい多くてもいいじゃない。いつも来るんだから、チップくらいちょうだいよ」


「あげるわけないですよ。ココ、ジャパン!」


「ちぇー。まぁ、ダメなんだけどさ」


 彼女はサミット袋(レジ袋)に商品を乱雑に入れるので、おにぎりが崩れてしまうのだ。ここでいっても変わらないからいわないでおこう。


「今日は気軽でしょ?」


「いや、確かに気軽ではありますけど」


「あ、そっか……なんで今日は学生が外にいるのかって?」


 俺は無言でうなずく。彼女はいつものように代金ぴったりの硬貨をしっかりと数える。ここだけはしっかりしているのに……。


「今日の日付、言ってみ」


「十一月三日……ですよね? そんなに、ぼけていませんよ」


「なら今日は何の日だ?」


「え? 第一次世界大戦、タンガの戦いが始まった日?」


「戦いは知らないんだけど……。今日は文化の日だよ」


「文化の日って何ですか?」


「そこからかい。文化の日ってのはね、国民の祝日でね―――」


「国民の祝日って何ですか?」


「国民の祝日ってね―――」


「もしかして、休みってことですか?」


「そう! それだ!」


いきなり俺に指を突き刺した。これを他のお客さんにしていないか、不安になる。


「とりあえず、手を動かしてください」


「あ、ごめん」


 安定のありえない対応をしている沢田さん。こんな感じでよくオーナーになれたものだと再び思う。本当は結構すごい人なのだろうが。


「今日はどうする? やるかい?」


「はい。よろしくお願いします」


 まだ言ってなかったが、彼女は俺の相棒だ。もちろん、現実での話ではない。ゲームの中の話だ。とあるうわさでは彼女が元米軍だとは聞いたが、そんなわけがないだろう。計算のできない軍人が居るはずがない。


「ほいよ。じゃあ、今日もイチからでいい?」


この「イチ」は、深夜一時を意味している。とあるオンラインゲームへのログイン時刻を言っているのだ。もちろん、ゲームをしている人などが使っているとは限らない。


「いや、今日はゼロからで」


「りょ。それじゃあ、チャットもありで良いんでしょ?」


「なんで女子高生の中で流行っていたという伝説の言葉を使っているんですか」


「いや、伝説の言葉じゃないし。使ってもいいでしょ」


「もうアラフォーになる人間がその言葉はさすがに」


 沢田さんは、目をバッテンにして俺に叫んだ。


「女性に年齢の話は持ち込んだらダメ!」


「それは失礼しました。じゃあ、ゼロのチャットありで」


「はいよ。ありがとうございました! またあとでね」


 扉を閉めると店の中の暖気がなくなった。少し経つと、外の寒さで手や顔がかじかんで、動かすときにチクチクと小さな痛みがある。そろそろ、あそこで食べるのもやめようと思ったが、今日が最後と決めていつもの場所に向かった。

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