アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ『21グラム』
それでも人生は続く……『アモーレス・ペロス』に引き続き鑑賞したこの映画で、私はそんなことを思ってしまった。個人的に好みを交えた評価をさせてもらえば、『アモーレス・ペロス』ほどには優れた作品だとは思わなかった。地味で、手堅く渋い。だからエンターテイメント的な面白さを期待すると肩透かしを食らうだろう。だが、その渋さ(毎度ながら頓珍漢な名前を出せば、ヴィム・ヴェンダース的な?)こそがこの映画の持ち味とも思われるので難しい。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、なかなか侮れない監督だ。
プロットは『アモーレス・ペロス』同様、三つのストーリーがシャッフルされる。敬虔なキリスト教の信者でありかつ三人を轢き逃げしてしまった男、その轢き逃げされた三人から切り離されてしまった家族の女性、そして臓器移植で轢き逃げされた男の心臓を受け継いだ男。彼らが繰り広げる群像劇が本作だ。
『アモーレス・ペロス』ほどに面白いと思われなかったのは、手に汗を握るスリルがないからだ。『アモーレス・ペロス』の冒頭は見事だった。こちらに強烈なジャブを叩き込むカーチェイスの場面で揺さぶりを掛ける。それと比べるとこの映画も、もちろん冒頭で謎を提示するのだけれどそれはむしろじわじわと効いてくる類のものであり、だからデーハーな面白さというよりはこちらの忍耐強さを要求する類のものとなっている。謎解きについて行ける几帳面な観衆だけを選んだ造りになっている、と言えば良いだろうか。
今回は吹き替えで観たのだけれど、この映画は英語で撮られている。つまりイニャリトゥからすればワールドワイドに撮った作品と見做して良いだろう。だからメキシコのローカルな風俗はここでは影を潜めている。それもあってなのか、こちらに珍奇なものを見せてくれる類の映画ではなく、むしろ風俗は既視感を伴うものであった。もっと分かりやすく言えば、間口が広過ぎるが故に個性を失ってしまっているように思われた。だが、それは何処までイニャリトゥの想定内だったのだろう? 先にヴェンダースの名前を出したが、この映画は差し詰め『パリ、テキサス』のような作品に似ていると感じられた。
いっそのこと、舞台をアメリカに移して(いや、アメリカなのかもしれないのだがだとしたらそれを強調して)「アメリカ」を大映しにしたらもっと面白くなるのではないか……とまあ、ケチを一杯つけてしまったわけだが駄作だと言うわけではないので念の為に。ギジェルモ・アリアガの脚本は例によって良く練り込まれているし、俳優陣の演技も渋い。特に寡黙で野性味を漂わせる、それでいて知的なショーン・ペンの存在感が堪らない。他の俳優陣も大根というわけではないので、だからあとは好みの問題ということになる。
ここから余談。私は「それでも人生は続く」と書いた。轢き逃げが起きる。人は死ぬ。当然、同伴していた人はその悲しみを背負わなくてはならなくなる。でも、「それでも人生は続く」……これこそ最大の悲劇ではないだろうか。むろん事故によって閉じられる死も悲劇なのだけれど、その死を目の前に突きつけられてそれでも自分が生きなければならないと苦悩する/させられることもまた悲劇だろう。それをどう位置づければ良いのか。この映画で何度も頻出するキリスト教(トラックの荷台に「Jesus Loves You」と描かれているのを見落とさないこと!)の教えは、その意味で興味深い。
神に救いを求め、一旦は更生したと思っていた男は轢き逃げをせざるを得ないところに追い込まれる。ヨブ記の世界だ。何故自分が人を殺めなくてはならなかったのか。男は一応は保釈金を払ってシャバに出て来るが(このあたり、昨今の犯罪事情を鑑みればやや甘いとも思われるのだが)、その苦悩は消えることはない。そしてその苦悩は、轢き逃げで家族を失ってしまった女性の苦悩に匹敵する。どの人物もそれぞれが苦悩しており、その苦悩を解消出来ない苛立ちをある人物はドラッグに求め、ある人物は知的探究心を満足させることに求める。この映画は苦悩を逃げずに描いている。そこを評価したい。
だが、だからこそなのだ。苦悩だけが強調され過ぎているきらいがあり、生きているなら当然感じられたはずだろう歓びの瞬間といったものを垣間見せてくれないのだ。例えば家族と一緒に過ごした時間がどれだけ幸せなものだったのか。シャッフルされる場面は時間軸を飛び越えるのだから、そういう甘いシーンがあっても良かったはずだ。それがないところがギジェルモ・アリアガやイニャリトゥの戦略によるものなのか、それともただの言葉足らずなのかは不幸にして私には分からない。だから観ていて辛かった。まあ、人を選ぶ映画なのだろう。
イニャリトゥの映画、もっと観直していく必要があるようだ。次は『BABEL』を観てみたい。イニャリトゥとギジェルモ・アリアガのタッグが世界に挑んだこの『BABEL』も初見の時は感心しなかったのだけれど、これから観るとまた違ったものが感じられるのかもしれない……。
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