ギレルモ・デル・トロ『シェイプ・オブ・ウォーター』
不勉強なもので、ギレルモ・デル・トロの映画も『パンズ・ラビリンス』程度しか観ていないのだった。そんな体たらくなのでこの映画を何処まで語れるか心許ないが、兎も角やってみよう。
ストーリーは単純だ。冷戦下のアメリカで言葉を喋れない掃除婦のイライザが、勤務しているラボ/研究所でふと、アマゾンからやって来た異形の存在と出会う。半魚人であるそのフリークは、生体解剖されて殺される予定だった。だが、その半魚人とコミュニケートを試みているうちにイライザは恋に落ちてしまう。許されざる恋。半魚人を生かして逃すために、彼女とその仲間たちはラボの研究員や軍部の人間たちを出し抜き脱出を試みる……というのがスジである。
『パンズ・ラビリンス』でもそうだったのだが、ギレルモ・デル・トロはフリーク(ス)を描くのが巧い。この映画の半魚人もその凶暴な佇まい、それでいて何処か可愛らしいとも思われる存在感を巧く描いていると思われる。彼に感情移入する人は多いだろう。『パシフィック・リム』は未見なのだけれど、これは観てみなければと思った次第である。
人魚姫をベースにしたと思しきラヴ・ストーリーは、なるほど細部を見ればリアリティに欠けている。御都合主義的な展開が見て取れるのだ。でも、そのあたりはギレルモ・デル・トロも織り込み済みで撮ったのではないか。『パンズ・ラビリンス』でも――この作品ばかり引き合いに出してしまうところが私の映画的知識のなさを示しているのだけれど――『ミツバチのささやき』をベースにしたファシズム政権のおっかなさを悪夢的なファンタジーを交えて撮っていたのだった。『シェイプ・オブ・ウォーター』でも冷戦のおっかなさをファンタジックな味つけを施して撮られている。
結果として出来上がったのは、レトロスペクティヴな音楽によって味つけされたファンタジーだ。細部は結構ガバガバなのだけれど、それを踏まえてもこちらに伝わるところがあるのは流石、と言うべきだろう。ネタを割ることは慎みたいが、決して甘ったるいハッピーエンドに持っていかなかったのもギレルモ・デル・トロの計算高さを示していて興味深い。『パンズ・ラビリンス』の悪夢のようなエンディングにも似ていて、それは何処か切ない。リアリティの前でファンタジーは無力なのだろうか、という問いを示しているようにも思われる。
異形の者との結ばれ得ない恋愛関係――それを描くにはやや細部が犠牲にされているきらいがある。イライザがどうしてフリークと恋に落ちるのか、そのあたりの説得力が欠けるきらいがあるのだ。イライザの過去の傷をもう少し描いていればあるいはラヴ・ストーリーとして傑作になったのではないかと惜しまれる。だが、ギレルモ・デル・トロの眼中にそういうラヴ・ストーリーとしての計算度の高さはなかったのではないかとも思われてもどかしい。ギレルモ・デル・トロはあくまでフリークを描きたかっただけであり、その興味が突出しているが故にヴァランスを欠いた奇妙な作品、ギレルモ・デル・トロにしか書けない作品として成立しているように思われる。
この映画を好ましく感じられたのは、音楽の使い方の巧さにもある。レトロスペクティヴな雰囲気、今ではもう記憶の彼方となってしまった冷戦当時の雰囲気を――ベタにリアリティを以て描くのではなく――懐かしさ溢れる映像で撮りたかった監督の計算高さがここに見て取れる。途中でミュージカル的な展開を魅せるところもなかなかで、ここで観客を揺さぶりに掛けていると思われる。
異形の者とのラヴ・ストーリーは、しかし決して甘ったるく描かれない。最後の最後、監督はこちらを絶望に突き落とす。このあたり如何にも『パンズ・ラビリンス』を撮った監督らしいなと思われて興味深い。ファンタジーの中に密かに仕組まれたグロテスクな要素。逆に考えればグロテスクな要素から決して目を逸らさずに撮られたファンタジー。単なる夢物語と舐めて掛かっては痛い思いをすることだろう。
手話によって言葉を教わり、意志の疎通が可能であることが明らかになる半魚人。彼に知性があることが分かると、そこでヒューマニズムが働き彼を殺したくないと思う人情が現れる。その人情と、冷戦下でソ連を如何に出し抜くかを考える打算的な――ポジティヴシンキングの本を読み耽る――軍部の男との戦いはなかなかだ。素人仕事で展開される脱出劇の拙さをどう受け取るかは個人に任されているが、私はご都合主義ではあれ無理なく楽しむことが出来た。このあたりも評価の割れるところだろう。
ギレルモ・デル・トロ。あまり好きな監督というわけではないのだが、リアリティを見つめながら独自の世界を築き上げるその意志は買いだと思われた。この監督が次にどのような映画を繰り出すのか、それを観てみたい。映像美を活かしたユニークなものを撮ってくれそうな、そんな予感がする。『パシフィック・リム』も観てみたいと思った。
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