そんなバカな・レッツ○○
第34話 束縛
週末の仕事も何事もなく終え、私はベットで布団にくるまりながら眠気を楽しんでいた。やっと一週間が終わった。この開放感は何にも代えがたい喜びだ。
さて、明日は何をしようかなあ。ユウと過ごすと約束したし、家でゆっくりするのもいい。どこか二人で買い物に出かけてもいいけど、特に買うものは思いつかないからウインドウショッピングかなあ。
「おやすみなさい」
「うん……おやすみい」
さあ、楽しい楽しい休日の幕開けである。私はゆっくりとまどろみの中に沈んでいった。
***
「ううん……」
朝の光がまぶしい。それに、なんだか言い匂いがする。卵でも焼いてるのかな。
ユウが朝からはりきってるというのに私だけ惰眠を貪るのも気が引ける。もう少し寝ていたい気持ちを抑えて私は体を起こした。
……はずだった。
「ん、わっ……ぎゃ!」
なんか体勢がおかしいと思ったら後ろ手に両腕を縛られていた。何で縛られているかは見えないけど、柔らかい素材で大変ご丁寧にしっかりと固定されている。一ミリたりとも腕が動かない。
痛みはないし鬱血もしてないけど、こんなんじゃろくに動けやしない。起き上るのも一苦労で、芋虫みたいになりながらなんとか上体を起こした。
「ちょっとユウ、これは一体」
「あ、おはようございます」
焦る私とは反対に、美味しそうな朝食を持ってきながらユウが優雅に朝のあいさつをかましてきた。もう犯人はこいつしかいない。
「どういうつもり」
「あは、ちょうど朝ごはんができたところです。食べますよね?」
会話が成り立ってないことがこんなに恐ろしいことだと思わなかった。ユウは実に楽しそうにちゃぶ台テーブルに料理を置いた。
「こんなんじゃ食べれないでしょ」
「あっ……そうでしたね」
私がいくら睨んでもユウは上機嫌で笑っている。どうしてこうなった。これは一体どういうことなんだ。
分からないまま会話が噛み合わない。フォークがユウの手の動きに合わせて宙に浮いて、きれいに焼かれた卵焼きに突き刺さった。そのまま私の口元まで近づいて押し込まれる。私はなす術もなくそれを咥えて飲み込んだ。
「どうですか? 上手く焼くのはコツがいるんですよ」
「ねえどうして」
「美味しいですか?」
「美味しいよ。ねえ説明してよ、お願いだから」
こんなに威圧的な笑顔は久しぶりだった。瞳の奥に得体の知れない狂気が映っている。私、知らないうちに何かしてしまったのだろうか。いや、なにも思いつかない。
理解不能な事態に満足に動けない体。不安と恐怖で視界が滲む。
「私なにかした……?」
「いいえ、なにもしていませんよ」
それは慈愛に満ちた優しい声色で、表情とのギャップが激しい。自分の頭までおかしくなりそうだった。
「僕が怖いんですか?」
「うん」
「即答は傷つきますね……でもそんな貴女の怯えた顔も可愛いです」
ユウは劣情丸出しの笑顔ですり寄ってくる。眉間にシワを寄せながら拒否するも効果はない。逆に頬ずりされてしまった。
「貴女には触れないのですが、物を使って縛り上げることはできちゃいましたねえ」
こいつ、楽しんでいる。怒っているわけではないことに安堵したけど、これはこれで腹立つなあ。
とりあえず落ち着いて深呼吸を数回すると、緊張や恐怖は落ち着いてきた。あくまで落ち着いただけで、和らいだ訳ではない。麻痺している。
「怖がらないでくださいよ」
「と、言われても」
「大丈夫ですから。ね?」
犯人に「大丈夫」と言われて安心する人間がどこにいるのだろう。危害を加えるつもりはない、と本当に信じていいのだろうか。
疑心暗鬼になったらきりがない。
「閉じ込めて脅迫したいの?」
「何を?」
「何をって……このまま祟り殺すとか、引きこもらせて外の関係を絶たせるとか」
「……ああ、可哀想に。僕のせいで奈々子さんはそんなことを思いつくようになってしまって」
「茶化さないで」
私には詮索するというスキルはないので、思ったことを直球で質問してみる。自分でも大胆すぎると思う。
ユウは「やだなあ」とおかしそうにクスクス笑った。朝からずっと楽しそうだ。
――一瞬の沈黙。ユウの声がワントーン下がって鼓膜にまとわりつくような粘着質なものになる。
「大正解です」
「っ!」
不意打ちに驚きのあまり声にならない悲鳴が口の端から漏れた。息を吸うかすれた音。
そんな私の恐怖はよそに、ユウは三秒ともたずにまた吹き出した。笑いながら「なんてね」と付け加える。
「……ぷっ、くくく。嘘ですよ? 僕だってお人形さんが欲しいわけじゃないんですから、貴女を壊したりしませんよ」
「もう何も信じられない」
「すみません、もうからかいませんから」
もてあそばれている。百歩譲って私がユウにとって人形じゃなくてもオモチャにはされている。さぞかしお気に入りの面白いオモチャに違いない。
ユウが取り繕うように私にまた卵焼きを差し出してきた。拒否しようかと思ったけど食べ物に罪はない。私はまたなすがまま口を開けた。
「あーん」
「その掛け声はやめ、んぐ」
無理矢理口に詰めこまれて間抜けな声になってしまった。
うん、まあユウが楽しんでいる以上これは一種のプレイなのだろうか。嫌なんだけど。
とりあえず今はまだ深刻な事態ではない、と信じることにする。
「今日は、ずっと僕がお世話してあげますよ」
「拒否権は……」
「ないです」
語尾にハートマークが飛び散ってそうなユウの清々しい返事を聞いて、私はがっくりと肩を落とした。
どうしてこうなった。混乱で状況がいまいち掴めないけれど、「今日は」ということは長期間監禁する気はないのだろう。……多分。
一応まだ奴は私の好感度を気にしているようなので(監禁した時点で好感度が下がるとは思わなかったのだろうか)、命の危険はないのかもしれない。
とにかくユウの気の済むまで、もしくは私がギブアップするまで様子を見てみようと思った。下手に刺激したら爆発しかねない。
「ずっと正座してたら足しびれた……」
「もっと楽にしましょう、ほら」
「うっ! フォークでつつくな!」
こうして、私の人生史上最悪な休日が幕を開けたのだった。
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