第12話 地底湖の幽霊 II

 「そう言えば叔父さん、僕まだ叔父さんにこの件をお仕事として依頼していないですよね?」

 地底湖のアイリ様に三度目のコンタクトに向かう洞窟の道中で、ふとそんな思いが浮かんで口にしてみた。ケイサンは何でも屋だ、ただの趣味で付き合うなら少し時間が取られ過ぎているだろう。そう思ったからだ。

 「ん、そう言えば話してなかったか。実はな…。」

 ケイサンは歩きながら理由を教えてくれた。実は今月に入る少し前から、市井で行方不明者が続出しているという。最初は長月の七日。ハリル山に行くと言って出かけた三名が、帰宅予定の日になっても戻ってこなかった。その通報を受けた城の担当から、ケイサンにも調査の依頼が舞い込んできたらしい。


 最初の通報で城は、ハリル山への入山を禁止した。山の上の方に何度か土砂崩れもあり、噴火や地震が懸念されての対処だったという。何事も慎重派の父上らしいなと僕は思った。

 それから一週間後、再びハリル山で行方不明者が出た。今度は、調査の依頼を受けた者たちだ。彼らは交信が途絶える前に、ハリル山をもう一度調べてみると言って消えたらしい。

 その日早速ケイサンは山に登ってみたそうだ。

 「それでな、洞窟のある横の山道から、七合目くらいまで上がってみたんだよ。そしたら変な連中に出くわしてな。たぶんあいつらが人さらいをしている集団のような気がするんだが、確証がねえ。」

 ケイサンの話だと、ハリル山の七合目あたりで謎の覆面集団と出会ったそうだ。全身を薄汚れた麻色のフードで覆い、足元は素足だったという。彼らと二言三言は会話ができ、おぼろげながら「エイシャ」という国を探して「マヤ」という国から来たというところまではわかった。けれどその後、山頂から吹き降りてきた雲の流れに吹き飛ばされてしまい、それきり何処へ行ったのかわからずじまいだという。

 「エイシャだとかマヤだとか、聞いたこともないな。義兄さんにでも聞いてみるか?ハバキの国なら今でもいろんな資料があるって聞くからな。」


 確かに父上に助けを求めるのはいずれ必要なことなんだろう。でも、もっと事の真相がわかってからじゃないと、また臣下にいろいろ嫌なことを言われてしまうかもしれない。僕はできれば、いろいろなことが解決した後で父上に報告したいと考えている。

 市井の人の行方不明に関しては、けれど人命もかかっているし、早く解決するならその限りではない。怪しい集団までいるというのなら、今すぐにでもだ。

 でも、アイリ様の件は、言ってしまえば単なる幽霊騒ぎだ。そんなので大騒ぎしたら誰がなんと言いだすか…。


 「ま、結局は俺もその報告を最後に調査から外されたわけだが、そうなると無性に真実が知りたくなる。そういうもんだろ?」

 ケイサンがそう言って笑うと、僕らは地底湖に到着した。

 立ち入り禁止と書かれたプレートが、天井まで届く柵にぶら下がっていた。柵に沿って湖側に歩くと、一か所だけ歪んだ鉄の扉が建てられているのが見えた。この扉も天井まで届く高さだ。

 「あらら、お役所仕事はこれだから…。」

 そう言いながら、鉄の扉に近づいていくケイサン。僕は不思議に思って聞いてみた。

 「これっていつの間に?僕らがこのことを知ったのって…、まだ三日くらいしかたってないですよね、叔父さん。」

 「事情が事情だからな。俺が報告しておいて立ち入り禁止にしてもらった。けど今更カムイ=アイリの悲劇を蒸し返されても困るから、表立っては地底湖の整備事業だとそういう体にしてもらってある。」

 ケイサンがそう言って、鉄の扉に鍵を差し込んで奥に開けた。歪んだ扉はギギギギっと音を立てて開いていく。

 「俺は、ここまで話したことが全部ひとつにつながっていると考えてる。要は、この先に出るアレも重要な容疑者だってことだ。」

 鉄の扉が開ききったところで、ケイサンが僕に向かって聞いた。

 「どうする?ルミネ。義兄さんの許可はもらってあるけど、怖かったらここで帰ってもいいぞ。その場合はあのお嬢ちゃんの話し相手をしてもらうことになる。」

 僕は少し考えて答えた。

 「行く。叔父さん一人だとまた怒らせて終わりそうだから。」

 ケイサンが笑って僕を手招きする。扉を越えると、その奥に地底湖が見えた。



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