Ψυχή :: 黄昏 - 1676 Common Era. Mystery

君待つわれそ

第1話 残された日記

 『今ではもう思い出すことも難しい遠い遠い昔、私達はこの世界に閉じ込められ外へ出ることを封じられた。それまで万年を生きた我らの寿命も千年に封じられ、限定されたままだ。

 封じたものの名はシン。彼の者はオウニの一族最後の生き残りと伝わる。我々の住むこの星の主星太陽の生まれたときに、遥か銀河の中央から派遣されたとされる。彼の者達はこの星系に調停者として在り、我らよりも高い次元に住むのだと緑の書には記載されている。

 我々はこの星の誕生と共に生まれた。我々モリトの一族は運用者として、同朋のハバキの一族が裁定者として。それぞれが代々に渡り、この星の上に生まれる様々な文明と種族とを守護しつづけてきた。

 しかしこうして封じられてしまった今、この星はどうなってしまっているのだろうか。それが気がかりでならない。』


 母の父、つまり僕のおじい様が残した日記を読み返して、僕はため息をついた。先月のはじめに父上に言われ、自分の部屋を整理しているときに見つけたものだ。もともとはおじい様が書斎として使っていた部屋なのだからこんなものが出てきてもおかしくはない。けれどそこに書かれている内容は、生前のおじい様をよく知る僕にとって驚きでしかなかった。


 「ルミネ様、お母様がお呼びです。」

 自室でその日記を読んでいる僕に、壁のインターフォンがそう声をかけた。壁の中を青銅製のパイプが通り各部屋をつないだこの発明は、おじい様の発案によるものだ。

 声の主は屋敷の侍従長、ヨホ・マジノ。彼女は人類種であるのにずいぶんと長生きで、僕が生まれる前から屋敷にいる。おじい様をはじめ、今は亡きおばあ様も、父上や母上とも仲が良い。他の侍従達の噂話では実は名のある賢者だと聞いたこともある。


 「わかりました。すぐに行きますと伝えてください。」

 インターフォンにそう答えて僕は席を立った。この時間に母が呼ぶとなるとたぶん昼食の手伝いだろう。部屋の窓から見える空の具合から今が昼頃だとわかる。であれば母は、今頃は台所に立ち何か料理をしている頃だ。もうすぐ父上が昼食に帰ってくる。母は父の食事にいろいろと手をかけるのが好きで、それをいつも楽しんでいる。息子として嬉しいかぎりだ。


 廊下を歩きながら僕は、さっきまで部屋でこねくり回していた考え事の続きを再開することにする。日記を書いたおじい様は、とても厳格で信心深い方だった。十年ほど前に自然へと還るその際まで、ことあるごとにモリトとしての使命を口にし、王族の義務を口癖のように口にしていた。その口切にはいつも『この美しきたそかれの世界は、はるか昔にオウニの者が、我らの行く末を鑑みて用意してくれた理想郷なのだ。』と言っていた。

 そんなおじい様があの日記を書いた理由に興味がわいてくる。


 僕は生まれてから二百年近い年月を過ごしてきた。今年で百八十七歳になる。おじい様と過ごした年月もおおよそ同じくらいだ。けれどその間一度としておじい様の口から、あの日記に書かれたような話は聞いたこともない。

 思い起こせば、王位を父に譲ってからのおじい様は「この世界は美しいものだ。」と言ってよく空に浮かぶ月を見ていた。月がまんまるに丸くなる頃は決まって酒を飲み、甘いものを食べ、よく笑う機嫌のよい好々爺だった。月が新月に向かいはじめると一転して城下に移り住み、人々の中に溶け込むように暮らす。そうしてまた月が丸まりはじめるとこの家に帰ってくる。そんな中で心変わりするようなことでもあったのだろうか。


 そんなことを考えながら僕は、左手に持つ緑の書を見た。この緑の書は生まれて百年目におじい様から譲ってもらったものだ。モリトの特殊な力で造られた十三種の道具のひとつだという。

 モリトの道具というのは、モリトの祖先が創り出したもので、王となった者が一族の中から契約者を選び、主従の契約を結ぶことで現れる。『主』となるのは契約する相手の方で、王の側は『従』となる。するとその『主』となる者の資質にあわせて十三種の道具から自動的に選ばれるのだと聞く。

 けれど常に道具が現れるのではなく、あくまでも『主』の者の資質によるそうだ。なので契約自体が成立しないことも多く、十三種の道具はなかなか現れることはない。加えて、必要がなくなったと道具自身が判断したときには、道具はいつの間にか失われてしまうそうで、十三種を全て確認した者はいないらしい。

 消えるタイミングは道具自信の判断なのだそうだ。ある日突然、消えてなくなってしまう。

 …おじい様の言葉なのでひょっとしたら何か裏があるかもしれない。

 そうして失われた道具は次の契約者が現れるまで、どこかにある深書庫と呼ばれる場所で眠り続けているのだという。

 …このモリトの道具についても、なんだかものすごくオカルト的で僕にはとても興味深い。

 現在わが家に伝え残る道具は四種。橙の皿、黄の球、緑の書、白の鍵。父上はハバキの一族から我が家に婿養子として入り、なんだか難しい取り決めで契約自体ができなかったらしい。僕がおじい様と契約を交わした時には白の鍵が出た。母は橙の皿を持っている黄の球については母の弟にあたる僕の叔父が手にしている。


 おじい様があのような日記を書いた心情とその理由。モリトの道具が出現する資質とは何を指すのか。どんな資質があれば残りの九種が現れるのか。これらの謎を解明できたらどれだけ素晴らしいだろうか。そう考えるだけで僕は背中がゾクゾクするのを感じていた。



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