Run away & Gun!
息つく暇がない。
御坊の刺客が制限速度を遵守するポルシェに次々と迫る。
「今度はローリー!」
見たこともない石油会社のロゴが入った大型タンク・ローリーが並走し、幅寄せしてきた。路側の植え込みにサイドをこすりながらそれでも加速も減速もできないポルシェ。
課長が怒鳴った。
「鏡くん、撃てっ!」
う、撃つって、何を!?
僕らが窓の右側に首を捻ると、パワーウインドウを更に手で押してこじ開けながらタンクの鏡面に照準を定める鏡さんが見えた。
パシュ。
とても静かな音だった。
けれどもその後の炸裂音は凄まじかった。
パパパパパパパパパ!
・・・・けれども、タンク・ローリーは走り続けている。
外した?
「キ、キヨロウ、あれ!」
せっちがタンクローリの真上の方を指差すと黒いカーテンのようなものが降りてきた。
「カ、カラスだ!」
周囲のビル群の屋上のエッジに佇んでいたカラスの群れが一斉にタンクローリーめがけて急降下してくる。
そして、フンをした。
「わわ〜!」
と、タンクローリーの運転席にいるお兄ちゃんがフロントガラスに降り注ぐフンをワイパーで払おうとする。けれどもピチャピチャとした汚れがガラス面に拡散されるだけで余計に視界が遮られるようだ。
タンクローリーは減速して僕らのポルシェに置き去られた。
「カガミン、今のは?」
「
「えっ?」
鏡さんは運動会のピストルのような発射器を手に、せっちの問いかけに説明した。
「
「それって、カラスを集める薬剤ってこと?」
「そうよ」
「ど、どんな時に使うの?」
「こんな時よ」
まさしく課長の、『チューンしてるからな』というのと同レベルの回答だ。
考える間もなく次の刺客が現れた。
「こ、今度は人がっ!」
もはや呆れてモノが言えない。
ポルシェの前方5m、自転車に乗ったおじいさん2人が同時にコケて、二車線とも塞いだ。
「掴まれっ!」
課長が怒鳴ると僕と鏡さんは左右の手でドア脇の手すりと、もう一方の左右の手でせっちの手をぎゅう、と握った。
ぶわっ、と子供の頃、父親が逮捕される前に一度だけ家族で乗ったジェットコースターのあの嫌な感覚が蘇る。
座ったまま体が斜めになり、鏡さんがシーソーの下、せっちが支柱、僕がシーソーの上のような位置関係になった。
片輪走行。
ポルシェの右舷の前後輪で見事にセンターライン上を走り抜ける課長。
しかもこんな低速でなんて、どういうドライビングテクニックだ。
「今のはやばかった」
さすがの課長もハンドルを握る手を強張らせている。それでも所属長らしく課員を気遣った。
「にっち、怖くなかったかい?」
「いいえ、ちっとも!」
あ。
にっちは絶叫系が好きなんだ。
ということは、家族で遊園地に行く時は・・・いやいや! 妄想してる場合じゃないっ!
スマホが鳴った。
「こちら課長」
『ばあちゃんじゃ。課長、腹が減ったろう』
「別に」
『いいから食事にするんじゃ。あと交差点3つ走るとチェーンのアイスクリーム屋がある』
「・・・飯にアイスか」
『うるさいわい、黙ってワシの言う通りにするんじゃ。そこのドライブスルーに入ってな、こう言うんじゃ』
「なんて」
『「プチかわいいシナモンバニラとキュートな
「・・・なんだって?」
『「ぷちかわいいシナモンバニラとキュートな杏ジェラート、ねがいまーす!」じゃっ! 一言一句違えずに言うんじゃぞ!』
「・・・誰が?」
「課長、お前さんに決まっとろうが!」
「なんで、私が・・・」
『ええい、ワシの言うことが聞けんのかっ!!』
ばあちゃんがスマホを叩き切った。
商談成立だ。
減速してポルシェのカイエンをアイス屋さんのドライブスルーに滑り込ませる課長。
なかなかお目にしないポルシェの5人乗り、しかもノーズガードはしているけれども輪郭が可憐なにっち、戦闘服のようなキャリアウーマンのスーツで足を組む鏡さん、見た目はキュートなせっちという女子3人を乗せている。
周囲は羨望の眼差しというところか。
「ご注文は?」
これまたキュートな制服を着た女性スタッフさんが、オーダーを取った。
「ぷ・・・・」
全員で笑いをこらえる。
「ぷ、ぷちかわいいシナモンバニラとキュートな杏ジェラート、ねがいまーす!」
静寂があった。
半径5メートルの人という人がく、く、く、と笑いを押し殺している。
声を出していない人も、背中で笑っている。
女性スタッフさんも動転したのだろう。商品名だけコールすればいいものを、
「ぷっ、ぷちかわいいシナモンバニラとキュートな杏ジェラート、入りまーす!」
と大声で復唱した。
「はっ!? すっ、すみません、失礼いたしましたっ!」
「いえ・・・」
課長は落ち込んでいる。
「にっち・・・配ってくれないかい・・・」
うつむいたままにっちにドライアイス入りの箱を渡した。
みんなでにっちの手元を覗き込む。
「わたし、ぷちかわいいヤツ!」
「じゃあ、わたしはキュートなのを」
そう言ってせっちも鏡さんまでも課長をいじめた。
にっちが箱を開けるとドライアイスの煙が箱の表面にそっと漂う。
一瞬、手を止めるにっち。
そのまま彼女は目を細めて何かをつまみ上げた。
「か、鍵ですっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます