「卑怯」を「真摯」で相殺する
「ヤダ、なんなのよこいつら!」
「ああ・・・狂ってるな」
今更好き勝手なことを言うせっちの母親と父親に、スタンガンをぶらんとぶら下げたまま僕は向き直った。
「狂ってるのはアナタたちでしょう?」
「か、帰るわ!」
母親がそう言うと高瀬社長が低い声で言った。
「10億円、要らないのか?」
「い、要らないっ!」
今度は僕が母親に問いかけた。
「せっちは?」
「アンタたち狂った同士で家族やってろ!」
母親の声に絶望の表情になるせっち。
「消えてっ!!」
スタジオから逃げ去る両親にせっちは絶叫した。
机に突っ伏して、く・く・く、と笑いをかみ殺す高瀬社長。
「CM明けまーす」
どういう神経か分からない変わり身の早さをみせるスタッフたち。
まともな人間って、この世にはいないのかも。僕を含めて。
「さあ、社長 VS 小学生、交渉再開です!」
MC芸人は本質ももともとこういうキャラだろうから驚きはしないけれども。
MC芸人を無視するように高瀬社長とせっちはもう会話を始めていた。
「せっち。気分はどうだ?」
「・・・卑怯者」
「君らこそ。君の先輩男子社員があんなのもの使うなんて卑怯の最たるものだろう」
カンペが入る。
『50億円の続きを!』
「まあいい。さあ。ひとり10億。5人で50億。それプラス、君たちのやりたい仕事を自由にやらせてあげるさ。最高にクリエイティブな職場だよ、コヨテは」
「やりたいこと?」
「そうさ」
せっちは目を閉じた。
閉じたまま語り出した。
「じゃあ、やるべきことは?」
「なに」
「『やるべきこと』だよ」
「ふふ。『やりたいこと』がすべてさ。好きなことを仕事にしてやりたいことだけを追い求める。そこにこそ顧客ニーズを生み出すヒントがある」
「プロダクト・アウトだね。売る側が主導する・・・じゃあ、マーケット・インは?」
「よく勉強してるな。小学生なのに・・・いや、小学生だからか、吸収のスピードは」
「わたしが質問してるんだよ」
「失礼。せっちの言いたいのはマーケット・イン、つまり市場の声に耳をそばだてることが、顧客が持っている願望に沿うことであり、我々のやるべきことだと、そういう意味だな?」
「そうだよ」
「それでは顧客に満足を与えることはできない。顧客が小さき欲望で満足してたら市場の発展はないし、文具が担うはずの文化の発展を阻害する恐れすらある。我々が自由にやりたいことに特化して楽しんで仕事することが、結局は顧客満足の最大化につながるのさ」
「卑怯ですね、高瀬社長」
極めて攻撃的な単語をとても丁寧に放ったのは、にっちだった。
「美少女ファイターさん、『卑怯』とは?」
「高瀬社長。文具は一体何に使うのが基本ですか?」
「書いたり、まとめたり、そういうこと一切にだね」
「高瀬社長。文具は『実務』に使うのが基本です」
「そうかな」
「例えば街の小さな喫茶店。オーナーさんがレジを打ち、伝票を伝票刺しに束ねる。電卓で売り上げをまとめて、仕訳帳にペンで書き入れる。これらのことは、オーナーさんが仕事として『やるべきこと』です」
「・・・なるほど」
「仕事は基本やるべきことの連続です。その中に文具が戦う道具として寄り添っている。そういう風景がわたしの文具のイメージです」
「文具のクリエイティブな面は?」
「『やるべきこと』こそクリエイティブです。仕事をする人みんながお客さんのことを思い、自分の住む街を暖かな街にしようとお客さんにサービスする。文具がそういう『やるべき仕事』を果たすための道具であるならば、それこそがクリエイティブではないですか?」
「独創的だな、にっち」
「違います。当たり前のことです。その当たり前のことをみんな忘れてるんです」
にっちは、高瀬社長にでもMC芸人にでもなく、カメラに向かって言った。
「『やりたいこと』だけやっている人は、『やるべきこと』を他の誰かがしてくれていることに気づいてません。いえ、知らないフリをしてるんです。『やりたいこと』と『やるべきこと』のバランスが取れない人は・・・」
にっちは、すっ、と一息吸い込んだ。
それを短く吐いた。
「卑怯者です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます