社長 VS 小学生 + リーマン VS 中学生

「あなたは若いよね」

「君ほどじゃないが」

「なら、『高瀬』って呼んでいい? わたしのことも呼び捨てで『せっち』でいいから」

「分かった。せっち」

「OK」

「では、わたしが進行しましょう」


MC芸人が言った。せっちが、


「要らないから」


と一言言い、そのまま交渉を始めようとした。MC芸人が激怒する。


「これは僕の番組なんだけどな〜!」


カンペが入った。


だからその子に仕切らせろ。それから、番組じゃない』


「・・・・・・・」


せっちがインタヴュー風に会話を繰り出す。


「高瀬。あなたの提案を聞かせて」

「・・・コヨテの販売総額は国内市場の70%に迫る。アイテム数となるとほぼ8割だ。ステイショナリー・ファイターは販売金額で20%、アイテム数で15%といったところか」

「ええ。そうだね」

「わたしは規模の拡大を今更求めたりしない。君らの製造工場もはっきり言って興味がない」

「ふむ」

「欲しいのは、人間だよ。わたしはな経営者のつもりだ。競合相手とは言いながら、貴社の人財の多様さには敬意を抱いている。これは久木田社長の人財確保・育成における経営努力の賜物だろう」

「高瀬はというか、だよね」

「それもいい。とにかく顧客の皆様、株主の皆様にもわかりやすくズバリと言おう。貴社の企画・開発系統の50%の社員たちに当社に転籍していただく」

「あとは?」

「早期退職だね」

「高瀬くんっ!」


こらえきれずに久木田社長が大きな声を出した。

高瀬社長がソフトに、けれども薄く笑いながら言葉を続ける。


「久木田さん、冷静に。お客さんが観てますよ?」

「く・・・」

「わたしにまかせて」


せっちは静かに久木田社長を諭した後、今度は自らが言葉を発した。


「高瀬。あなたはドライで合理的な人間かと思ってたけどそれも違った。幻滅した。企画・開発部門のひとたちだけ残そうという考えみたいだけど、甘いよ?」

「ほう。どう甘いのかな?」

「企画って頭でやる作業じゃないよね? 手足を動かして何度も何度も嫌な思いや辛い思いをした中から、『ああ、こうした方がいいのにな』って出てくるもの。ステイショナリー・ファイターの企画開発のひとたちは全員製造工場に日参して自らも機械の前に立っていい考えを得ようと必死だよ。それから街なかの文具店さんやデパートさんやディスカウントストアさんにも通ってエンドユーザーの方達の求めてることにも寄り添おうとしてるよ。高瀬の考えって新しそうに見えて、実はカチカチで古臭いよね」

「はは。ならば訂正しよう。50%も要らない。5人でいい」

「えっ?」

「君らモニタリング課の5人だけでいい。後は全員、解雇だ」


あっ?

高瀬社長・・・なんのつもりだ?

せっちが数秒黙った。

考えているんだろう。

高瀬社長はせっちに考える時間を与えないように口を開きかけたけれども、その刹那、ほんのワンテンポだけ速くせっちが話し始めた。


「そもそも支配権も議決権もないのにどうするの?」

「簡単だ。君ら5人をヘッドハンティングするだけだ。そうすればステイショナリー・ファイターは総崩れだよ。残りの社員は烏合の衆だから。久木田さん含めてね」


せっちの目尻がぴくっ、と痙攣した。

彼女といえども余裕が無くなってきているようだ。けれどもそれを隠しながら気丈に強気の応対を続ける。


「ははははは! 高瀬、本気? 無理だよ。わたしら5人は確かに普通じゃないセンスを持ってるから突拍子もない営業戦略を立てることはある。でも、全部現場とセット。現場があるからわたしらもある。お客様とのつながりがあるからわたしらがあるんだよ。単品じゃ、機能しないよ。それにわたしらはコヨテには絶対に行かないから」

「ふ・ふ。そうかい?」


突然、高瀬社長が右手をばっ、と開いて見せた。


「5人合わせてこれだけ出せる」


カネ、か。


高瀬社長は僕らではなく、MC芸人に問いかけた。


「いくらだと思う?」


意気消沈していたMC芸人が息を吹き返すようにはしゃいだ。


「さーて! コヨテの業況を考えたら5千万!?」


首を振る。


「まさか、5億!?」


心から軽蔑するように高瀬社長はMC芸人を見やり、発声した。


「50億。1人10億さ」


この番組は一応報道番組だ。バラエティではない。

けれども、声を出してはいけないはずのスタジオにいるスタッフたちが、ざわめいてその音声が拾われた。


「そんなおカネ要らないから」


せっちが間髪置かずに答えた。

僕らもすかさず、うん、と頷き、せっちをアシストする。


「君が要らなくても君の本当の家族が欲しがるだろう」

「え」

「ほら、本当のご家族との再会だよ」


・・・カメラの後ろから、せっちの父親、母親、兄貴が歩いてきた。


「セツコ! かわいそうに、怖かったろう!」


母親がオーバーアクションでせっちに駆け寄る。

目が死んだままの状態で。


「な、何言ってんのよ! あなたたちとは縁を切ったのよ!」

「クスリかい? クスリで無理やり言わされてるのかい?」


母親がそう言う横から兄貴がせっちに抑揚の無い声で語りかける。


「僕がこのひとたちからセツコを守るよ」


わざとらしい綺麗な口調と、青少年を演じるためのアイテムだろう。兄貴はランナーがよく着るようなアウターを脱ぎ、やっぱりラン&トレーニング用のようなTシャツでテーブルに座る僕の前に立った。


「あなたのは聞いています。小さな女の子に対する異常な思い入れを・・・でも、軟禁するなんて!」


こいつ・・・!


「また延髄切りでもやるつもり?」


にっちがゆっくりと立ち上がって兄貴に凄む。けれども想定問答を与えられているようだ。


「僕は女性に暴力を振るうつもりはない。セツコと貴女を軟禁した彼と対峙したいだけなんです」


高瀬社長が笑いを噛み殺している。

久木田社長はあまりにも酷いに言葉すら出せないぐらいの怒りで顔面が青ざめている。


誰かに頼るというのは無理なようだ。

他者依存の人間では無理なようだ。


ならば。


「3分間、君にやる」

「あ?」

「やりたいようにやっていい。その代わり、3分経ったら、反撃する」


僕の人生を賭けた提案。

さあ。

歯を食いしばってみようか。

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