トーキング・ウィズ・リップス
怪しげな公開トークバトルが始まった。
にっちは何か言いたそうだったけれども、鏡さんに促されて大人しく聴衆席についた。
「キヨロウさん、辛かったわね」
「え」
「あなたのお父さん、大変なことをしたのね」
「ああ・・・ご存知でしたか」
「ええ。さっき電波が届いたわ」
「・・・まあ、かなり騒がれた事件でしたからね。ネットか何かでお知りになったんですね」
「本当かしら」
「え?」
「あなたのお父さん、本当にそんな罪を犯したのかしら」
「・・・正直、業務上過失致死でどうして経営陣じゃなくて現場の責任者 だった父だけが逮捕されたのかは今でも分かりませんけど・・・かなり証拠は揃ってたようですね」
「どうしてそう言えるの?」
「僕がある程度大きくなってから自分でも調べてみたんですよ。客観的に見てシロではないと」
「じゃあ、クロ?」
「グレーですね。核心の部分の資料は警察に抑えられてますし」
「冤罪の可能性は?」
「冤罪というか・・・量刑が酷すぎるっていうのはありますね。いきなり実刑ですからね」
「そうね。冤罪どころか、嵌められたんだとしたら?」
「どういうことですか?」
「その通りの意味。誰かあなたのお父さんに恨みを持ってるか、お父さんがシャバにいたら都合悪い人間か、がいたとしたら」
「それも電波が届いたんですか?」
「キヨロウ」
鏡さんが僕に声をかけて間を取ってくれた。
ほんとだ。いつの間にか大師のペースになっていた。
「鏡」
「はい」
「誰も口を挟まないこと。それも条件よ」
「・・・分かりました」
そうだ。僕がしっかりしないと。
ならば。
「大師さんはいつから電波を受信できるようになったんですか」
「わたし? そうね、3歳か4歳の頃だったわ」
「へえ・・・そんな昔から」
「最初に受信したのがね、『お前の母親は明日死ぬ』っていう電波よ」
「え」
「どうなったか、知りたい?」
「は、はい」
「死んだわ。台所で鯵を捌いてる時にシンクで手を滑らせて、バランスを崩してね。出刃庖丁で喉をついて」
「・・・・」
「時刻が23:59だったのよ。危うく予告不成立になるとこだったわよね」
演技なのか?
「まだ、聞きたい?」
「え、えーと。好きな食べ物は?」
「ザクロよ」
「へ、へえ・・・」
「理由は、分かるでしょ」
「分かりません」
「ふふ。しらばっくれちゃって。臓物みたいでしょ」
「じゃ、じゃあ、好きなタレントは?」
「不慮の事故に遭って亡くなった人、全員。T-Rex のマーク・ボランなんて最高ね」
「あ、ああ、そう・・・ですか」
「じゃあ、今度はまたわたしから質問」
「え、ええ・・・」
「あなたのお父さんが出所できる、ってなったらどうする?」
「え?」
「今更、って思う?」
「・・・そうですね。今更出てきてもらっても、って感じですね」
「なら、獄中死したら?」
「・・・あなた、なんなんですか」
「ふふ。わたしはレシーバー。大いなる電波を受信して人々に増幅する。時々感じるわ。わたしが発信してる瞬間もあるって。そのわたしの願いを電波が聞き届けてくれて、わたしの思い通りの答えを返信してくれる。どう? あなたが望むならどちらの方法でもいいのよ? お父さんの冤罪を晴らすか、それともひっそりと刑務所の中で人生を終わってもらうか」
ガタッ、と音がした。
僕の後ろに控えていたにっちが椅子から立ち上がったのだ。
そのままツカツカと僕の横まで来て、じっと僕を見つめた。
わずかな時間しかなかった。
「・・・・!」
にっちが、ふうっ、という自然さで顔を僕に近づけた。
最初に2人の鼻が、つん、と触れ合った。
そして、にっちの、緊張で少し硬い唇が僕の唇を
キスした。
とても、長いキスだ。
ああ・・・暖かい・・・
「な、何してるのよっ!」
突如嫉妬で声を上げる大師。
目を閉じたままそっと、唇を離し、にっちが口を開いた。
「声は出してません」
「はあっ!? 何よ、この女っ!?」
「電波、届きました?」
「なっ・・・!」
「届かなかったですよね? だって、そんなの関係なく、わたしはしたいからキヨロウさんにキスしました。わたしの意思です」
大師が思い切りにっちを平手でぶった。
「気が変わったわ! この女は今、声を出した! ルール違反よ! 株は売るし、キヨロウも貰うわ!」
「大師」
せっちがスマホの画面を見せる。
「残念。にっちのキスが終わった時点で15分3秒だったよ」
・・・・・・・・・・・
「キヨロウって、モテるんだね」
せっちがケラケラとポルシェの中で笑い転げていた。
にっちはその隣で押し黙ったままだ。
「にっち・・・その、気分悪いの?」
「いえ・・・」
何やらしばらく考えていたようだったけれども、静かに口を開いた。
「わたし、キスしたの、初めてだったんです」
「そ、そっか・・・光栄だよ」
「キヨロウさんは?」
う・・・どうしよう。
「初めて・・・じゃない」
さあっ、とにっちの顔が
「そ、そうですよね・・・それは、そうですよね・・・」
多分、にっちは僕がほんとうにそういう意味での初恋なんだろう。高校の時に付き合っていたという同級生とは何もなく、紛れもなく人生ではじめてのキスだった、ということなんだろう。
この先あらゆることでこういうにっちの初めて、という純真さと向き合っていかなくちゃならないんだな。
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