死んで花実が咲く稼業

お白州で向き合うにっちと梶田。

御坊の前の、これが御前試合というものなのか。


勝った、という言葉で一括りにされてたけど。

じゃあ、この梶田って人に負けた相手はどうなったんだ?


御坊が心なし高い声でにっちに語りかける。


「ふふ。武士の情けだ。にっち、ハンデをくれてやろう」

「要りません」

「そう言うな。梶田。にっちを犯すなよ」

「はい」


な・・・!


「なんだ、キヨロウ。ショックか? 甘いのう。女の貞操が武器であるように、男の情欲も武器よ。のう、梶田」

「仰せの通りです」

「ふふ。それをにしてやるのじゃ。大きなハンデじゃろう? それ抜きで純粋にやりあえ。それ!」


ああ。

始まってしまった。


「キヨロウ」

「鏡さん」

「準備しておくのよ。せっちも」

「え」

「課長は責任者よ。株の件があるから今は流れに任せてるけど、課員を見殺しにはしないわ。せっちがやられそうな時には割って入るつもりよ」

「あ・・・」


課長が試合に全神経を集中してる。


「わたしらでどうなるかは分からない。キヨロウ、ポルシェ、運転できるわよね」

「は、はい」

「課長とわたしでなんとかあなたたち3人だけでも逃すよう努力するわ」


ああ。

サラリーマンって、こんなにも過酷なものなのか?

せっちも、小学生でこういう人生ってあるのか?


どうして普通になれないんだ、僕らは。


『強いわ、梶田さんは。わたしは勝てるかしら? いいえ。生き延びれるかしら?』


キヨロウさんが見てる。

せっかく一緒に暮らし始めたのに、ただただ仕事と日々のことにかまけて、男女としての進展は何もなかったな。

わたしの気持ち、気づいてくれてるのかな?

ふふ。

あれで気づいてないとしたら、キヨロウさんて相当鈍感よね。

もっと押した方が良かったのかな?


「ショウっ!!」


あ。

なんて鋭いステップイン。

当然よね。ボクサーだもん。

今までやりあった誰とも違う。

高校の時わたしを『アブない親の子供』とか言いながらその癖欲情にかられてレイプしようとして逆にわたしに半殺しにされた男子10人との対戦なんか、まるでママゴトみたいだったわ。


「おう!」


う。カスっただけでこの痛み。

やっぱり、男の人の拳は違うってことなのかな。


ああ。


おばあちゃんが死んでから、いいことずっと無かったな。

楽しい、って概念が分かんなかったな。

仮病の親から逃げるように就職したのは、生活の糧を得るため。

仕事、でしかないはずの、ステイショナリー・ファイターでの日々。


なのに。

命なんてどうでもいいって思ってたのに。

子供の頃、初めてお母さんに買ってもらった色鉛筆のセットが嬉しくて嬉しくて、あの時、お母さんはわたしのことが好きだって思ってたのに。


なんで。


どうしてまたわたしから愛おしい日々を奪おうとするの?


せっちは、わたしの娘も同然。

いいえ、前世から親子になる縁で生まれてきてるのよ。


そして、キヨロウさんは、わたしの夫になる人。


間違いない。


キヨロウさんとせっちとわたしは、家族になるのよっ!


「梶田あっ!!」


お、おおっ!?

にっちが、感情をむき出した。

メッサ先生に、「あいつらっ!」と叫んで向かっていった時の、あのにっちだ。


「う・・・この・・・女のクセに・・・」

「知るかっ! 梶田っ! お前のせいだっ!」

「な、なにを・・」

「この人殺しがあっ!」


にっちが細かく左右に体を振って、沈んで、あっ!


低身長の体をさらに沈ませてジャンプして突き上げる、あのパンチだ!


「舐めるな!」


あっ!


「く・・・」


ああ・・・ダメだ。

逆に梶田に上からパンチを浴びせられた。

倒れたにっちに梶田が馬乗りになった。

唇をにっちの顔に近づける。


「やめろ! ハンデはどうしたんだ!?」

「うる・・・せえ! そんな余裕が無くなったんだよ!」

「あ、ああ・・・」


にっち!


「にっち! 梶田の唇を噛み切るのよ!」


か、鏡さん!?


「迷ったらダメ! 梶田のその臭い口を二度と食事すらできないぐらいに思い切り噛み切るのよ! さあ、梶田っ! お前がこれまでに殺してきた女にやったように、やってみろっ! その時、お前は死ぬ! にっちは、これまでの女と違うわっ! 懐刀の覚悟を持った武士よっ!」


あ。

梶田、ビビったな!


「せっ!」

「がっ・・・!」


にっちが梶田のわずかな恐怖心につけ入った。

梶田のボクサー時代に既に潰れていたであろう、その鼻が、血染めになった。


「せっ! せっ! せえっ!」


にっちが右拳だけで梶田の鼻を細かく連打する。

梶田の意識が朦朧としてきた。


「しょ、勝負あった!」


御坊が叫んだ。


「御坊! 株は!?」

「な、なにおう!?」

「株!!」


課長が怒鳴った。


「か、株は売らん!!」


にっちはまだ下から右拳を細かく規則的に突き上げ、梶田の顔面を殴り続けている。梶田の体が崩れ落ちないと思ったら、にっちは左手で梶田の上体を固定し、右拳で執拗に殴り続けていた。


「や、やめろ!! わ、ワシの育てた梶田が、死んでしまう」

「甘っちょろい!!」


僕は叫んで2人の間に飛び込み、梶田をにっちから引き剥がした。


「にっち、にっち! もういいよ! 勝ったんだ!」

「う、う、う」


僕はにっちを抱き起こした。そのままきゅっ、と抱きしめる。


「き、キヨロウさん。あんな人に、あんな人に・・・絶対に嫌だったんです!」

「ごめん、にっち。本当にごめん。辛い思いさせて・・・」


「御坊!!」


ごろんと横になった梶田の前でオロオロしている御坊を課長が一喝した。


「約束を破ったら、アンタを殺す」

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