功績の代償

文具業界に激震が走った。


『業界の覇者、コヨテ。凋落のプロローグか』


なんと、当日夜のニュース・ヘッドラインだ。


ショールームでの僕とチカ部長のやりとりをスマホで撮影していたお客が、動画をSNSで拡散したのだ。


『こんなかわいい子に。ひどすぎる』

『DVに負けず頑張ってほしい』

お父さんもお母さんもかわいそう』

『お母さんも若くてカワイイ。お父さんは・・・普通かな』


まあ、いいんですけどね。


そして、コヨテ自身も音速の対応をした。翌日の日本マーケティング新聞の片隅に、


『コヨテ ◯月◯日付人事異動:営業部長→アドバイザー課課長補佐・錦城チカ』


チカ部長の2階級降格人事があった。


「後味、悪いな」


課長がしみじみ言った。


自分が課の責任者として判断し、社長の決裁を得た事案とはいえ、1人の女性の人生を変えたのだ。

ひょっとしたらこれがきっかけとなって、コヨテの大勢の社員たちの人生も変えることになるかもしれない。


3人揃って報告に出社し、せっちも一緒にいる。

頭もキレ、行動力もある小学生離れしたせっちだけれども、ネット上の反響の大きさに怯えている。


「あのままだと僕らの社会生活も家庭生活も崩壊させられてました。これは僕が判断したことです。せっちにはむしろ辛い思いをさせ、すぐに策を練れなかった僕が申し訳ないぐらいです」

「キヨロウ、わたしもそう思うわ」


鏡さんも賛同してくれた。


「わたしたち大人が何もできなかったことを、せっちがその柔軟な心で逆にわたしたちを助けてくれたのよ」


鏡さんの生い立ちは聞いてないけれども、モニタリング課に配属されている以上、おそらく僕ら以上の過酷なもののはずだ。


「これで終わりでしょうか」


にっちの言葉に僕だけでなくその場のみんなが同じように感じている。

チカ部長の降格にコヨテという業界トップのガリバー企業のドライさ・恐ろしさを見せつけられた気がした。


課長の内線電話が鳴った。

はい、はい、とだけ返して受話器を置き、そのまま立ち上がった。


「モニタリング課全員で役員室に行くよ」


・・・・・・・・・


僕ら5人が部屋に入ると社長以下役員全員がパイプ椅子に腰掛け車座になっていた。僕らもパイプ椅子を出してそこに加わる。


久木田社長が口を開いた。


「事実だけ簡潔に伝える。明日の朝刊に出る」

「何がですか?」


課長が質問すると久木田社長は嗄れた声で答えた。


「敵対的TOBだ」


ああ、その手か。


ライバル社を吸収し覇権をより圧倒的にするために取られる手法だ。合意の上ではなく、強引に敵対企業の株式を市場からかき集める。

ただし、株を買い集めるにはTOB・すなわち株式公開買い付け手続きを取ることが法律で定められている。したがってコヨテは、『ステイショナリー・ファイターの株を買収します』と、新聞などで公表する義務があるのだ。


「社長の高瀬が私に直に電話してきた。忌々しいが若くて頭脳明晰の高瀬らしい。コヨテの危機を乗り切るには英断だ。しかも、神速ともいえるスピードだ」


すごい、と思う。

僕らがショールームでチカ部長を叩きのめしてから24時間経っていないのだ。


久木田社長が更に淡々と伝える。


「高瀬は敵対的TOB見合わせの条件を提示してきた。モニタリング課全員の解雇とキヨロウさん・にっちさん・せっちによるの開催だ。『わたしたちは実はステイショナリー・ファイターの社員でした』と」


僕らがおし黙る中、久木田社長は間を置かずに続けた。


「もちろん、そんなことは断固拒否する。解雇だ謝罪だなどとふざけおって。大体真の家族を捕まえてなんの『謝罪』だ。君らもいいね!?」


専務以下が重々しく頷く。

どうやら僕らが来るまでの間に修羅場があったようだ。


ただ、そこまでの結論だ。

現実的な対応策は、何もない。


課長が視線をあげ、静かに言った。


「社長、役員の皆さん。私に指揮権を使わせてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る