相対―III

「しかしこれもまた確実性が無い。コアチップだけじゃ誰に刺さっていたものか参照出来ないからな」


 コスト削減のため、チップは統一規格によるものとなっていた。内蔵されるオペレーティング・システムからおおよその製造時期は割り出せるが、書き込み機能が実装されていないため、固有ナンバーなど存在しない。つまりどの個体にも挿せてしまう。


「つまりあんた達が口約束でサンを引き取ろうとしているように、俺たちもまた口約束でしか潔白を主張できない」


 彼の持つチップは、件のコアチップではない。私達が海岸で拾ったレーシュのメモリーチップだ。コアチップなんてニ〇五〇年当時の私ですら見たこともなかった。どんな形をしているかだって興味がなかった。調べればすぐに分かることだが、調べることに大した価値を見出していなかった。

 それは現在の彼らとて同じだろう。コアチップという存在は知っていても、それがどんな代物か正確な知識は持っていない。その可能性に賭けたのだ。

 デルタが予めチップの有効性を否定する事で、逆に真実味を帯びているかのように演出する。出来るだけ丁寧に扱う事で、それがそこらで拾ったジャンクではなく、本当に価値あるものだと誤認させられる。


 三文芝居だと言われればそれまでだ。しかし今ある手札で出来る対抗策はこれしかなかった。あとはワイルドカードを引けるか否か、それだけだ。


「どうしても私がいなくてはならぬようだな」


 テントの奥から、不意に声がした。それまで落ち着き払っていたエウクスが、慌てて後方を振り返った。


「ラウラ様、いけません」


「構わん。どんな小細工をした所で、私は殺せぬよ」


 薄布がはらりとめくれ上がり、中から一人の影が現れた。白のローブに身を包み、相反するように腰まで伸びた黒髪をなびかせながら、彼女は私達の前に立った。

 想像していたよりもずっと若い。まだ二十歳にも満たないのではないだろうか。鋭い目つきをしているが、僅かに幼さも感じられる可愛らしい顔つきだ。とてもレプリカントを殲滅しようとする過激派集団のトップには見えない。


「さあ、望み通り私が受け取ろう」


 不敵な笑みのすぐ後ろで、エウクスが緊張の面持ちをしている。若さで突っ走る乙女の下につく老兵……苦労は尽きないだろう。これが敵でなければ微笑ましいくらいだ。

 差し出された華奢な指先をじっと見つめながら、私は待っていた。デルタの次の一言を、ではない。動こうとしない事に疑問を抱いたのか、彼女はわざとらしく小首を傾げる。


「どうした、死ぬ為に来たわけではあるまい」


 黒々とした眼が私を捉える。デルタよりも私に標的を切り替えたらしい。


「どうした、ファイ。こちらから近づいた方が良いのか?」


 ゆっくりと一歩、こちらに踏み出す。思わずサンの服を固く握りしめてしまった。まずい、悟られる。だがその焦燥を懸命に推し殺し、ただ恐怖している平凡なレプリカントを演じ続けた。


「やめてくれ、彼女はあんた達を怖がっているだけだ」


 それに、とデルタは薄笑みを浮かべながら続ける。


「泣き出されたらお互い困るだろ」


 サンを指差した。彼はラウラにも周りの信者達にも何の関心も抱いていないようだった。どこからか飛んできたアゲハ蝶に心奪われている。腕を伸ばしながら何処かへ走っていってしまいそうなのを、私の両腕が何とか抑え込んでいる。


「ふむ、僅かでも優位性イニシアティブを手にしたいか。それとも――」


 彼女の嘲笑に割り込むように、私とデルタのにノイズが走った。ふふ、と控えめな吐息と共に。


〔配達ご苦労さん。さあ、行くぞ〕

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