名前―VI

「それって変じゃないの?」


 道すがら尋ねると、


特別製オーダーメイドなんじゃないか? 羨ましいだろ」


「それだって製造記録が残されるはずだもの。何のデータも無いのはやっぱり不自然だよ」


「謎多き美女ってのはいつの時代も存在するもんさ。ほら、見えてきた」


 話をはぐらかされたが、それよりも彼女の指差す先にある光景に意識が向いた。

 昨日と変わりない景色。不法投棄の群れと不似合いな自販機、大量の赤子。


「あれ……?」


 砂浜に降り立ち、すぐに気がついた。ぼとりぼとりと波際に落ちる赤子の音がしない。ミラを置き去りに、子供を抱いたまま自販機へと駆け寄る。

 赤子が吐き出されていない。機能を停止している。取り出し口が詰まったわけではなく、機械が壊れたわけでもない。ただ単純に、休眠している。


 そもそも赤子を無尽蔵に生み出す事自体がおかしな話なのだ。オンラインになった今なら分かるが、赤子は全てAx2を元に作られた簡易的なレプリカントだ。オペレーティング・システムにもあたるメタトロンが組み込まれていないから、殆ど人形と変わらない。

 赤子を生み出す材料が無くなったから止まった、と考えるのが自然だが、やはりこんな所に立っている理由が分からない。しかし今は自販機が目的なのではない。


「手がかりを探そう」


 この子の親がここにいたという痕跡を探さなければならない。どんなに小さなものであれ、見つけなければ。

 とはいえ、レプリカントは視界に幾千ものオブジェクトを瞬時に認識出来る。目につくものであれば容易に見つけられるだろう。


 子供を傍らに座らせ、私は不法投棄の山に手をかけた。その感触の不気味さに恐怖の感情タグが湧き上がるのを感じて、ミラを見た。


「別に触る必要は無いさ」


 ミラはブーツのつま先で砂を叩いた。彼女の足先から波紋のようにホログラムが走り、地形に合わせてそれは波打ち、輪郭を浮かび上がらせる。

 不法投棄や自販機や私達の身体に沿って、青白いホログラムが纏う。その中で一箇所だけ、気になる一筋の光があった。


「これは?」


 砂浜の一部分、丁度私が目覚めた時の跡が残る地点の付近に小さな光が浮かんでいる。


「何だろうな」


 二人でそこに歩み寄り、見下ろしたが何もない。光は砂の下から生まれている。

 ? その見解で一致し、まず私が砂を掘った。手で払い除けていくと光はどんどん強さを増し、指先から手首までが埋まりそうな深さまで届いた時、何かが触れた。


 手探りでそれを掴み取り、ゆっくりと持ち上げる。ミラは警戒しながらもその行方を目で追ったが、私はすでにそれが何であるかを察していた。


 砂を払い、摘んだそれをミラに見せる。五センチほどしか無い小さなチップだ。外部転送用のストレージとして、初期のレプリカントに搭載されていたもの。

 見た目にそぐわず百テラバイトの容量を持っており、一個体の内部データをほぼ全て持ち出せる代物だったが、メタトロンによるブロックチェーン技術が正式運用され無用の産物となった。物理媒体に収めずとも、全てネットワーク上のやり取りで復元可能となったからだ。


 百テラバイトを百ギガバイトまで圧縮する技術はすでにあったし、その程度のファイルならば常に通信の行き来するメタトロンの潮流に載せ、いくらでも一時保存タイムカプセルが出来る。

 

「貸してくれ」


 ミラがチップを受け取り、内部にアクセスを試みた。


「待って、危険なんじゃ――」


「安心しな、防壁ファイアウォールは独自改良してある」


 やはり不自然だ。ファイアウォールは基本的に、独自の変更や改良を行えない。メタトロンの不可侵領域に当たる。

 アクセス権を持つのはエンジニアと、一部の実験個体アルファモデルだけだ。彼らはスタンドアローンでしか動けない特殊設計なので、ミラがそうである可能性はゼロと言っていい。


 ならばどうやって……例の変質とやらで、それも可能となったのか。ならば何故私にはなんの変化も生まれていないのだろう。せいぜいAx2適正値の異常数値くらいで、それだって一日経っても何の支障も生まれていないのだ。

 とは言え、強固な防護壁を持つ彼女を頼るしかない。アクセスは一瞬で完了し、ホログラムが彼女の指先から発生した。

 四角いウインドウが浮かび上がり、文字が連々つらつらと並んでいく。


「テキストファイルだけだ」


 ほんの数キロバイトの文字列しか、そこには含まれていない。すい、とそのホログラムを指で弾くと、私の前でその書面は停止した。

 人間からすれば驚くような速さで、私達は文字列を読み終える。そこに書かれていた言葉を、私も数秒でなぞっていった。

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