遠雷―IV
「どうしてだ」
腕組みをして、彼女もまた無表情のまま返す。
「彼は私達を襲わない」
「そんな保証は無い」
「いいえ、少なくとも殺しはしない。と言うか出来ない」
「どういう事だ」
「メタトロンだよ」
こめかみにとんとん、と指を当てる。
あくまで推測に過ぎないけれど、不思議と確信があった。
「貴方はさっき、メタトロンはレプリカントの独自開発でアップデートを続けていると言っていたよね。人間に監視されている状況で普通にメタトロンを使っていたら、探知されてしまうはずでしょう」
つまり、と爪先で床を叩いた。
「現在のメタトロンはレプリカントにのみ使用されており、人間達にはアクセス権がない。彼らはネットワークを使えない。違う?」
問いかけに、彼女は張り詰めた顔をしたけれど、すぐにため息をついて眉間のしわを解いた。
空き瓶をもう一つ取り出し、私へと投げた。
「正解だ。恐らくその子供はレプリカントを見たことがない」
ネットワークを使えないという事は、既存のデバイスもまた滅んでいるだろう。
メタトロンの登場により、電子機器の大半はナノデバイスに成り代わった。携帯電話やパーソナルコンピュータといった文明の利器も過去のものとなり、物理的な媒体を必要としない社会になっていた。
その中核となるメタトロンが使えないとなると、情報を残す手段が無くなってしまう。
かつての携帯電話やスマートフォンを今更復活させられるほど、文明の耐久力は残されていないだろう。
ならば写真や動画に収めるなど、
ならば残された方法は一つだけ。伝聞だ。古来より続く、最も容易で最も強力な保存方法。
彼は親族か部族かで、幼い頃からレプリカントの歴史を聞かされてきたのだろう。だから過剰にレプリカントを憎悪しているようだが、それは単に大人たちの感情に触発され、あるいは共感しようとして、表面上染まっているだけだ。
もしかしたら、レプリカントがどんな形をしているかすら知らないかもしれない。
私はその可能性に賭けたいと思った。
ミラはその希望を認める形で、入口の扉のロックを解除した。
「入っていいよ」
私の言葉に、勢いよく扉が開かれた。
まだ背丈も伸び切っておらず、くりくりとした瞳が幼さを思わせる顔で、彼は私を見上げた。右手には鉄パイプ、左手にはトランシーバー。
「お、お前……」
驚いた顔つきで、彼は私を見つめた。人間と殆ど変わらない、精巧な見た目に面食らったのだろう。
あれほどまでに憎んだ、憎もうとしていた相手は、自分の親と変わらない姿をしている。目の前で手足を引き千切りでもしなければ信じられないかもしれない。
私の読みは当たっていた。
「これがレプリカントだよ」
だから、はじめまして。
言葉の真意を、今ようやく理解しただろう。
「そこの奴もか」
鉄パイプでミラの方を指した。僅かに手が震えている。
「ん、私? そうだよ」
さらりと返すミラは、いつの間にか瓶をもう二つ手に取り、お手玉をして遊んでいる。
「人間じゃないのか……?」
「違うよ」
私は瓶をテーブルの角で叩き割った。びくり、と飛び跳ねる少年に対し、割れた先端を掌に沿わせる。
「血を見たら分かるよ」
ゆっくりと表皮に先端を突きつけているのを見て、彼は恐怖の色を全面に押し出しながら叫ぶ。
「いい、いい、やめろ! 分かった!」
「貴方、名前は?」
「俺、俺の名前? タロザだ」
「
くすくす、と笑うミラを、こら、と小さく諭した。
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