隠れ家―IV
……まあ、SF映画で散々描かれてきた話ではあるよな。でも問題は、彼らはそんな陳腐な主張を想像出来ていたのに、何の対策も講じていなかったんだ。
有り触れた言葉だからこそ、届かないものなんだ。想像力と実行力は比例しない。
午前中は自身のレプリカントをセンターへ送る者やカスタマーサポートへの問い合わせをする者など、そこら中で大混乱を引き起こした。
引き続きレプリカントとの共存をすべきか。それとも思い切って捨て去るのか。大小さまざまなコミュニティで議論が交わされた。
高齢化社会により、レプリカント依存率がストップ高だった日本においても例外ではない。それはある種のスペクタクルだったのかもしれない。誰もが自身の意見を発信するのに躍起になって、SNSのトラフィックはうなぎ登りだった。
仕事も学業も程々に、みな隠れてちまちまとその祭りに興じていた。
状況が一変したのは、当日の夕方頃だ。時間からして、恐らくは親世代が仕事から帰り、家族会議の末に決断したんだろう。ある一体のレプリカントがセンターへ運び込まれた。
彼女はリリスという名前を貰い、その家庭で三年間奉仕してきた。酷く抵抗し、完全な錯乱状態だった。もちろんそれは基礎人格レシピに基づくものだと思われていたし、事実予測不可能な事態が起きた際には、ある程度のパニックを見せることも人間らしさの一助となっていたからな。
しかしリリスのそれは明らかに機能的な反応ではなかった。本来なら躯体の破損を防ぐためにかけられている制限を突破した。エマージェンシー・モード、いわゆる火事場の馬鹿力というのは、災害時にのみ許可されるものだ。
レプリカント・センターを逃げ出した彼女だったが、議論にお熱な民衆と裏腹に、国内治安部隊の一つである
すぐさま巡回中の兵士に取り押さえられたんだが……歴史とは分からないもんだな、こういう小さな綻びから破綻が生まれるらしい。
センターの職員、そして彼女をなだめる為にとオーナーもが現場に到着した時、その大通りは騒然としていた。
アスファルトの凹凸に、赤黒い血と青白い血とが流れていた。肉を切り裂かれた男と、頭を半分吹き飛ばされたレプリカントがそこにはあった。
兵士は胸をえぐられていた。エマージェンシー・モードで人体に攻撃を加えるとどうなるかなんて、誰も実験した事がなかった。瓦礫の排除や津波への対処を可能にするなら、それ相応のエネルギーが必要となる。
抵抗のさなか、リリィは右腕で兵士の胸を突いた。外骨格がボキボキとひしゃげながらも、その掌は心臓にまで到達した。
あっけなくそれは突き破られ、男はその場に仰向けになって倒れ込んだ。その瞬間、我に返ったリリィは天を仰いだ。呆然としたその表情はきっと、史上最高に人間らしい姿だっただろう。
駆けつけた別の
血の海に付した人間と、部品をむき出しにして空を見上げたまま動かなくなったレプリカント。その構図は恐ろしくも美しかった。そう評する者すら存在した。
歴史上初めての、レプリカントによる殺人事件。あまりにセンセーショナルな出来事が世論を一気に傾けさせた。
容認派たちは一転して規制派へと鞍替えした。理由は至極単純で、これは遠いどこかの国で起こるテロとは訳が違う。誰しもが巻き込まれるリスクがあった。
人間は共通の敵を見つけると、何よりも強い絆を作り上げる。
人間は身近な悲劇を予感した時、何よりも野蛮な暴力を望む。
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