隠れ家―II
しばしの静寂を味わっていたが、不意に破壊音が鳴り響くと身体を跳ねさせた。
それは近くの筐体からのもので、どうやら電気を入れると全てのゲームの電源もオンになるらしい。
昔ながらのドット絵キャラが殴り合うデモ映像が流れ、その隣ではパズルゲームが芸術的な連鎖消しを披露し、また別の箱では戦闘機が銃弾の雨を掻い潜りながら次々と敵部隊を撃退していく。
バキッ、ドオン、ぱよえーん。大小様々な音色が混ざり合うカオスが生まれる。騒がしいのにどこか気分の高揚する、不思議な空間だ。
「あっ悪い、うるさいよな」
粉ミルクらしき袋と
「後で配線直しとくよ」
ソファにそれらを置きながら、それでも尚眠り続ける子供に目をやる。
「にしても、全然起きないな。大丈夫かよ」
確かにこんなに騒がしい所でもぴくりとも反応しないのは不安にもなるが、アナライザは正常値を指している。
医療機関用レプリカントなら
だがまだ三、四歳の子供であれば、そこまで致命的な疾患を抱える可能性も低い。ひとまずは健康だと信じるしかない。
粉ミルクを作って口に流し込むと、子供はこくりこくりとそれを飲み込んでいった。体温が僅かに上昇、呼吸も正常。このまま寝かせた方が良いだろうという見解はミラと一致した。
「そうだ、あんたも治してやらないとな」
言われてから思い出した。メタトロンのオフライン状態。もはや慣れかけてきていたが、間違いなく無いと不便だ。
こっち、と招かれ店の隅にある筐体へ案内される。一つだけ画面が真っ暗なものがあり、ディスプレイの上には「ヴァニラスフィア」と書かれている。知らないタイトルだ。と言ってもゲーム自体殆ど知らないが。
ミラは筐体の裏からケーブルを一本取り出した。接続端子はレプリカント初期個体の検査で使われていた8.5ミリ通信ジャック。
レプリカント・センターでソフトウェアチェック等を行う際にのみ、レプリカントは物理接続を行う。普段はメタトロンのデータ通信で全てをまかなえるが、検査だけはより確実な接続方式が好まれていた。
こめかみの
接続すると筐体のディスプレイが点灯し、見慣れたメタトロンのロゴが表示される。私の内部で通信プロトコルの書き換えに対する権限許可申請が送られたので、ミラに目で問いかける。
「許可してくれ。書き換えはするけど、最新のデータベースはオンラインになってから自分で更新する形にしてある」
言うなればパスポートは交換されるが、渡航に必要な私の個人情報やオペレーティング・システムといった内部の構造を変える権利は引き続き私が握ることになる。
もしも渡されたパスポートが使えないなら捨てれば良い。それだけならオフラインのままだが私自身に害は及ばない。
ミラを信用していないわけではないが、権限という二文字が持つ重みは普遍的なのだ。
承認するとインジケーターが表示され、新たなプロトコルが送信されてきた。検査に使われるだけあって、ジャックの転送速度は開発当時世界最速だった。ものの一瞬で書き換えは完了し、メタトロンへの接続が確立された。
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