満月に照らされて

 まとまらない思考に、震える身体。見えているはずなのに、それが本当のことなのかさえ疑ってしまう。


「ノア、辛いならやめるか?」


「……へ、へいき」


 冷静なアレンの声に、震えが止まる。そうだ、私が頑張らないと。



「お待たせしました」


 突如、暗闇から突如現れた男は、暗闇と同じ真っ黒なマントのようなものを羽織っており、風に吹かれなびいている。満月の光に反射してか、マントの下が光っているように見える。



「あのキラキラ光って見えるのは何?」


「プレートアーマーか」


「プレートアーマーって?」



 アレンにそう尋ねた時、今までで一番強い風が吹いた。そして一瞬見えた白い鎧のようなもの。珍しい格好だと思ったと同時に記憶の隅に何か引っかかる。


 どこかで見たことがある。そう気づいても、どこだったかすら思い出せない。



「お待ちしておりました」


 フェイさんが頭を下げるのを男は興味なさそうに見ている。興味がないどころか道端のゴミを見ているような冷たい視線だ。



「さて返事を聞かせてもらいましょう、ゴミ虫」


 ガツンと殴られたような衝撃が走る。あの喋り、あの口の悪さ。


 ――聖騎士だ。



 よくフェイさんのところへ脅しにきていた口の悪いやつ。最近は見てないなって思っていたし、そういえばあいつはゴミ虫、ゴミ虫とうるさかった。



「……っ」


 ふと視線を上にやると、そいつの些細な違和感に気づく。聖騎士の髪色が青から白へと変わっており、尋常じゃないくらい虚ろな瞳をしていた。



「お断りさせていただきます」


 フェイさんがはっきりと言いきると、黒い服を纏った男は上から下までフェイさんのことをジロジロと観察した後、ニコリと微笑んだ。どこか虚ろであった男のその瞳に強い光が灯ったように見えた。



「……理解していますね? それがどんな意味なのか」


 男の目から殺気を感じる。その目が、もしメーアに向けられていたら飛び出していたかもしれない。


「もちろんわかっています」


「……そうですか。それは残念です」


 残念と言っている割には、さっきのゴミを見ていたような視線よりかは、その男の表情は輝いて見えた。





 *****




 あの会話の後、聖騎士はすぐに姿を消した。おそらく、瞬間移動だと思う。ここでは危ないと私達は場所を移動して、話し合うことに決めた。



「……本当に裏切るなんて」


 私が呟いた言葉はアレンに届いたらしく、アレンは何か言いたそうにモゴモゴと口を動かした後、たどたどしく言葉を紡ぐ。


「あの様子だと……聖騎士からの申し出を断ったとかありえる話だろ」


「なんでアレンはそういう希望を持たせるようなことを言うの?」


 希望なんて持ったところで、どうせ裏切られる。そんなの子どもでもわかることだ。だったら常に最悪のことだけを考えておけばいい。そうすれば、そうすれば息がしやすくなる。



「希望とかそんな話じゃなくてだな……俺はただ冷静に物事を見てる。判断ができるやつだと思うぞ、俺は」


「ならその判断は間違いなのよ」


 アレンのとぼけた発言をメーアが突っ込んだ。ん? なんで、メーアが。



「メーア!! ど、どうしてここがッ! えっと、メーア。今までどこにいたの?!」


「清々しいほどの棒読みなのよ」


「これは……ヤバイな」


 機転を利かせたつもりが、まさかの追い込まれているこの状況なのに、アレンの顔には焦りの表情すら浮かばない。



「多分、最初からバレてたんだろう」


「ノアの魔力を感じてたのよ。メーアはノアが透明になってもわかるのよ!!」



 メーアは胸を張り、自慢げにそう言った。あぁ、可愛い。久しぶりのメーアだ。私はメーアに抱きついた。



「みやぁあ!! 離れるのよ〜、邪魔なの」


 長い手足でジタバタと暴れ出すが、押さえ込んでしまえば、こちらのものだ!


 私はメーアを堪能した。ひたすら愛でた。


「……はやく終われよ」











「フェイの奴は裏切ったのよ……ノアを生贄にするために」



 落ち着いたメーアから飛び出した言葉は、私の心を乱すのは十分すぎるくらいだった。



 いけ……にえ。



 その言葉に霧のかかったように思考が鈍くなっていき、ガリガリと自分の中の何かが削られていくような感覚に陥る。



「生贄だって!?……どういうことだ」


「そのままの意味なのよ」


 メーアは平然とした態度で、そんなことを言ってくる。



「このままだとノアは死ぬのね。早くこの異常な村から逃げた方がいいのよ」


「逃げる……って言ったって」


「アレン、あんたそれでも男なのかしら? ノア一人ぐらい守れなくてどうするのよっ!!」



 メーアがアレンに掴みかかっている。わたしはそれをボーッと見ていた。



「メーアはわたしといっしょに、いってくれないの?」



 わたしがそう言うと、メーアはアレン服から手をはなした。



「ノアが許してくれるなら」


「うん、ゆるす。だから…………もうこれ以上、わたしを放っておくことはゆるさない」

 


 ゆるさないから、メーア。



「待て。メーア、お前がスパイでないという証拠を出せ」


「スパイ?」


「ノアがお前のことを信じても俺はおま――うぐっ?!」



 アレンが勢いよく吹き飛び、大きな木にぶつかった。



「いっ……なん、だよ」



 アレンは泣きそうな顔をしていた。わたしはそんなことを気にせずに近づいていくと、アレンは怯えの表情を隠さないで見せてくれた。



「……ノア?」



 ぎりぎりぎり、音が聞こえる。わたしから聞こえる音? それは、とにかくみみざわりな音だ。誰かがなにかはなしている。言葉にはなっていなかったけどなにかを必死につたえようとしている。


 ……うるさい。



 うるさいのでわたしはうでに、今までよりもつよく力を入れた。



「ぅぐ……あァァ……ギッ」



 魔物の声だ、醜い声。


 聞こえなくするには力を込めろ。


 そうしないとお前が今度は……。



 むかし、歌っていた歌が、あたまのなかでぐるぐると回っている。わたしの気持ちもぐるぐるしている。


「……ア」


 それの抵抗がだんだんとよわくなってくる。これで最後と力を入れようとしたのに、魔物とはちがう声がきこえた。



「ノアっ!!!」



 名前を呼ばれた。そう思ったら腕の力が抜け、私の意識は――。







「……あれ」


 パチリと目を覚ますと、診療所のベットにいた。なぜか痛む頭を押さえて起き上がるとメーアがすぐ近くにいた。私が目を覚ましたことに気づいたメーアがカーテンを豪快に開けてくれる。太陽のおはようコールに、思わず目が眩んでしまう。



「おそようなのよ」


「……メーア」


「よう、ノア。おそようさん」


「えっ、もしかして結構遅い時間なの。……って、うええぇぇ、あ、アレン? なんで」



 いるはずのない人間がいたことに驚きを隠せない私に、アレンはなぜか安心したように微笑んでこう言った。



「もう昼の時間だが。っていうかお前、約束すっぽかしやがって!! このッ」


 パチン。アレンのデコピンが見事、私のおでこに当たる。勢いとは違い、全然痛くない。


「いっ、痛くない。んー、フフン。いつも思うけどアレンのデコピンって痛くないよねー」


「えっ、マジか」


「お手本はーこうだっ!!」


 油断しているアレンのおでこに向かって、勢いよくデコピンだ!


「いてーな。ノア、お前ガチでやりやがって」



 うずくまるアレンに、得意げに高笑いをする私。ちょっぴりおかしないつもの日常のはずなのに。



 なんだか今日のアレンは、いつもよりテンションが高いな。




「仲良くしているところ悪いのだけど。アレン、そろそろ出かける時間なのよ」


「あっ……そうだな。じゃあ、ノア行くか」


「え、どこに?」


 その質問にアレンの瞳が揺らいだと思った瞬間、いつもの人懐っこい笑みを浮かべ、ドーンと宣言する。


「街に行くんだろ? ドール医師用の手袋を!! なーに忘れてんだよ」


「…………そんな約束したかな」


「忘れたなんて言わせないからな! 俺はしっっかり覚えてんだからー」



 やけにテンションが高いアレン。


「――荷物を全部持っていくのよ。忘れ物なんてしないようにするのよ」



 そして冷めた目で見つめてくるメーアの言葉は、なんでだろうか私の心に深く、深く刻まれていく。









「忘れたら取りになんて行けないのよ」

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