第114話 神王-06

ガバッ!


やばい、やっちまったかもしれない。

小学生の方ではなく、男子中学生がやらかす方だ。

恐る恐る触って確かめてみたが、べっとりとした感触は無かった。


ふぅ・・・


だが、どうもおかしい。

微かだが独特の臭いが漂っているのだ。

幸い、キッカは出かけていて部屋にはいないようだ。

灯りを点けて室内を調べると、ゴミ箱には捨てた覚えのない丸められたティッシュペーパーが捨ててあった。

あの臭いはそこから漂ってきているようだ・・・


という事は、だ。

最悪だ。

キッカが拭いてくれたって事だ。

どうする、俺?


ガチャ、パタパタパタ


キッカが戻って来た。

やばい、考えがまだまとまっていない。

こうなったら、気付いてないふり作戦だ!


「コウ、起きてたの?」

「ど、ど、ど、どこに行ってたんだい?」

「大浴場に行ってたの。」

「そ、そうか、この時間なら人も居ないしな。」


なぜかキッカが小首を傾げて不思議そうな表情をしている。

とにかく気付いていない作戦は続行だ。


「大浴場はどうだった?」

「すごく気持ちよかったよ!コウのおかげで入れたよ、ありがとう!」


俺の造形が中途半端だったせいで人気のない時間じゃないと入れないのに、こんなに嬉しそうにされると申し訳ないな。


「いや、もっと気合入れてちゃんと作ればよか・・・」

「いいの!もういいの!その話はもう無しで!」


キッカが真っ赤になって遮った。


「そ、そうか。じゃあ、俺も大浴場に行ってくるよ。」


三十六計逃げるに如かず、だ。


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もちろん、俺の入浴シーンはカットだ。

動揺を鎮めるのが精一杯で、あまり温泉を楽しめなかったが自業自得なので仕方ない。

ともかく、気付いてない作戦を決行した以上は、それで押し通すしかないだろう。


「ただいま。」

「おかえりなさい。どうだった?」

「いい湯だったよ。さて、そろそろ支度しないとな。」

「朝ご飯も付ければよかったかな?」

「スケジュール的に厳しかったからしょうがないよ。渋滞に巻き込まれる前に宇都宮に戻らないといけないし。」

「今日からまた頑張らないとね。」

「あぁ、あと少しだ。頑張ろう。」


早朝にもかかわらず、従業員総出の見送りを受けて、118クーペで帰路についた。

もちろん、運転前に血中アルコールは魔法で全て除去してある。

国境検問所も問題無く通過し、日出国に戻って来た。


「キッカ、偽装終了だ。」

「はい、分かりました。」


キッカが少し残念そうな表情になった。


「なぁ、行ってよかったか?」

「はい、温泉は最高でした。それに・・・忘れられない思い出も出来ました・・・」


ぐはっ・・・


「そ、そうか、良かったな。」

「はい、一生、一生忘れません!」


頼むから忘れてくれ・・・


「あの、一つお願いが・・・」

「なんだ?大抵の事は聞いてやるぞ。」

「この指輪を頂けないでしょうか?」

「あぁ、構わないよ。」

「ずっとはめててもいいでしょうか?」

「いいんじゃないか?」

「あ、ありがとうございます!一生、大切にします!」


キッカが満面の笑みを浮かべて喜んでいる。

少しは罪滅ぼしができたと信じたい。


「そう言えば、味覚を手に入れたので試してみたい事があるのですが。」

「テンイツでも食べたいのか?」

「いえ、皆さんが嫌がっている非常用ほ・・・」

「やめろっ、死にたいのか!」

「それ程のものなのですか?完全栄養食ですから、わたしにとっての電圧や波形が完璧な電源と同じものの筈なので、ずっと不思議だったのです。」

「分かった。身をもって知るのもいいかもしれないな。」


俺は非常用保存食を助手席のキッカに差し出した。


「では!・・・う・・・ぐ・・・げふっ・・・」

「理解・・・できたか?」

「はい・・・甘く・・・見過ぎていました・・・」

「ところで、運転どうする?」

「ちょっと・・・無理みたいです・・・」

「そうか・・・じゃあ、また今度だな。」

「はい・・・」


アンドロイドですら不調にするとは、非常用保存食恐るべし・・・


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草津温泉での休日を終えた後は、再び慌ただしい日々だった。

全ての物資が揃い、いよいよスメラ星に戻る日がやって来た。

早く”帰って”ナホに会いたい。

そんな気持ちになるのは、俺の居場所がすっかりスメラになっているからだろう。


目の前の広大な集積場には物資が山積みにされている。

発展途上国で大量の餓死者が出るかもしれないが諦めてもらおう。

赤の他人よりも自分の子供が大事なのは当然の事だ。

なお、魔法でジャマーを常時設置しているので他国の偵察衛星からは集積場は見えない状態だ。


「キッカ、これだけあれば子供たちにまともな飯を食わせてやれるな。」

「スメラはあと10年は戦えます。」

「何とだ?」

「・・・厳しい環境と?」

「さて、挨拶して帰るか。」

「はい。」


俺は集積場の一角へと向かった。

そこには神代三家の覚醒者全員が揃っていた。

逆に、瞬間移動する都合上、それ以外の者は付近には居ない。


「じゃあ、そろそろ戻るよ。ちょくちょくこっちに来るつもりだけど、みんなも元気で!」


先帝が脂汗を滲ませた顔を引きつらせながら話しかけて来た。


「コ、コウ君、ちょっとお願いがあるんだけど・・・」

「はい、何でしょうか?」

「せめて今みたいに事情を知っている者しか居ない時には、ちゃんと神王様として敬わさせてほしいんだ。みんな胃に穴が開きそうで困っているんだよ。」


先帝には幼い頃ずいぶんと可愛がってもらった記憶がある。

あまり困らせるのも申し訳ないので少しぐらいは我慢するか・・・


「あい分かった。好きにするが良い。」

「ははぁーーーー、ありがたき幸せにございます!」


皆が一斉に平伏した。

頼むから止めてくれ、俺の胃に穴が開く。


「神王への供物、ご苦労であった。嬉しく思うぞ。」

「もったい無きお言葉にございます。」


平伏しながら涙を流し歓喜しているようだ。

俺の胃が本格的にシクシクと痛み出した。

これ以上続けたら吐血一直線だろう。


「では我は戻る!息災でな!」


もう俺の胃は限界だったので、広大な集積場の物資と共に帰路へ着いた。

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