第28話 おいでませ夏

 もう直ぐ学期も終わると言う初夏の昼、俺たちはいつもの様に中庭で昼食を食べていた。


「それで、アデム君はどうするおつもりなんですか?」


 一月と言う長期間の休みとは言え、村に帰るには短すぎる。サンダーバードでもあればひとっ跳びだが、生憎とあいつとはジャイアントグリズリーの件以来音信不通のままだった。


「教会で下働きかなぁ」


 アプリコットが実家に帰ってしまっては、俺の昼飯事情は一気に極貧生活へと舞い戻ってしまう。

 シエルさんに働き先を紹介してもらって小銭を稼ぐと言うのが最善手だろうか。


「そっそれ「それならば、またわたくしの別荘に参りませんか?歓迎いたしますわよ」」


 薔薇の令嬢はそう言いつつ、俺の隣に腰掛ける。


「シャ、シャルメルさん、ど、どうも、ですよ」


 リリアーノ先輩にああいわれても、俺としては何故彼女がこうも接近してくるのかさっぱりな現状。虎の口の中に手を突っ込んでいる様な気分にしかならない。


「あら、つれないですわね。以前はシャルメルと呼び捨てにしていたじゃありませんか」


 くすくすと笑いつつ、俺に密着してくるシャルメルさん。その温もりとバラの香りが怖い怖い怖いから。


「残念ながら、落ちこぼれのアデムに、そんな余裕はありません!」


 そんな0距離の俺たちの間にチェルシーが強引に割り込んでくる。


「そっそうです! アデム君は何とか補講は免れたとは言え、落第ギリギリだったのは変わりません! この夏は私とお勉強する予定があるんです!」


 いやいや、アプリコットさん、そんなの初耳なんですが。


「あらあら、それならますます我が家がうってつけですわ。王都の喧騒から離れ落ち着いた環境で勉学に勤しむことはアデムさんにとって有益な時間となりますわよ」

「……シャルメルさんの所に、召喚術に関する資料はあるんですか?」


 ジトリとチェルシーはそう言ってシャルメルを睨む。


「う……とっ取り寄せれば済む話ですわ!」


 成程そりゃそうだ、召喚師大嫌い家系のミクシロン家に召喚術に関する資料が置いてあるはずがない。あったとしてもそれは召喚師の悪口が書かれている資料だけだ。


 ワーワーギャーギャーと俺を抜きにして、俺の予定を話し合っていると。別の方面からお声がかかった。


「君たちは相変わらず喧しいな。もっと慎みを持ったらどうだ」


 スラリと立つその身姿は誰であろう、リリアーノ先輩だった。


 流石のシャルメル達も先輩を前にしては、一歩引いて大人しくなる。だが、それはそれでどうでもいい。問題は俺の方だ。


「あのう、どういったご用件でしょうか」


 おずおずと俺がそう口にすると、先輩はニヤリと笑ってこう言った。


「なぁアデム君。私とデートに行かないか?」





 わいわいがやがや、どっしゃんばったん。

 夏季休暇に入り、時間の取れた俺の姿は活気あふれる冒険者ギルドにあった。その俺の隣にはリリアーノ先輩、そしてシャルメルとジム先輩の姿があった。


「なんだ、デートってクエストの事だったんですか」


 大人の色気にくらっと来るはずも無く、飢えたオオカミの群れの中に簀巻きにして放り込まれたような恐怖を味わった俺は。勘弁してくださいとばかりにそう言った。


「ははは、期待させてしまったかな。軽い冒険者ジョークだ、本気にするな」

「いやいや、火に油を注がないで下さいって言ってるんです!」


 リリアーノ先輩は、はははと笑ってごまかした後こう続けた。


「いやなに君の冒険譚を聞いて、君と冒険をしたくなってな。まぁジャイアントグリズリーの単独討伐をなした君からすれば物足りんかもしれんが少々付き合ってくれ」

「正式な依頼を受けるって言うならお金が出るんですよね、願っても無い事ですが」


 俺はそう言って背後で腕を組むシャルメル嬢に視線を飛ばす。


「あら、なにかしらアデムさん。わたくしには参加する実力が無いと?」


 ニコニコと青筋を立てながら笑うシャルメル嬢からそっと視線を前に戻す。

 怖い、怖い、めっちゃ怖い。


「ははは、そう緊張するな。学園の生徒で、ここを利用する生徒は少ないわけではない。私も新入生の時は贔屓にして頂いた先輩からよく連れて行ってもらったものだ。実戦に勝る経験はなしとな」


 うん、それは良く知っている。神父様からもそう言って虎穴に叩き込まれていた。


「さて、それではどうするか。やっぱり召喚獣になりそうな奴を相手にするクエストの方がいいかな?」

「あー、いやそれが、勝手な契約は規則で禁止されていまして」

「ん? そうだったか、流石に学科毎のマイナールールまでは網羅していなくてな。しかし知り合いの召喚師たちはそんなルール口にしたことも無かったが」

「え? そうなんですか?」

「ああ、おそらくは有名無実と化しているんだろう。だがそれを知ってしまった限りは、ハイそうですかと頷いてしまえるような立場に居ない。残念だが諦めてくれ」

「まぁ俺にはグミ助と言う大事な相棒が居るんでいいですが」


 怪我から癒え、完全復活したグミ助が、俺の肩の上でむぎゅるむぎゅると胸を張る。


「シャルメル嬢については……ジムが付いているから問題は無いか」

「はっ、お嬢様はこの命に代えても」

「ははは、なーに今回は小手調べ。そこまで気負う必要はないさ」


 手頃な依頼は無いかと、リリアーノ先輩が探しに行った間に俺はシャルメルにあの2人の事をこっそり聞いた。


「それはそれは、怒ってましたよ。けどあの2人も聞き分けのない子供ではありません。足手纏いになる事が分かっていて駄々をこねるような事は致しませんでした。

 けどアデムさん、帰ったらしっかりとフォローをお願いいたしますね」


わたくしはフェアな戦いを望みます」と訳の分からない言葉を付け加え。シャルメルは物珍しそうにギルドの中を見学しに行った。


「よし、見つかったぞ」


 それから程なくして、リリアーノ先輩が持ってきた依頼は。


「ダンジョンの調査ですか」

「ああ、それも既に何度も探索が行われている場所の再調査、いわば点検管理みたいなものだ。それにしても懐かしい」

「懐かしいとは?」

「ああ、私もこの依頼受けたことがあるんだ、それも一年生の時に先輩に連れられてな」


 成程それならば安心だ。危険性が低いので報酬もそれなりだが、学生の即席パーティとしてはこんなもんだろうと。俺たちは納得して、ギルドの受付へ歩を進めたのであった。

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