第14話 得物を獲るのは何処の誰?

「いいか! 召喚獣にするんだから手加減をしろよ!」

「おーっほっほ! 聞こえませんわそんな事!」


 俺の忠告をお嬢様は真っ向から切り捨てる、いかん、主導権を握り続けないとこのお嬢様何しでかすか分かったものじゃない。


「まぁその方が、依頼内容にはあってるんだけども!」


 俺は矢の様に最奥を目指す、今までの追いかけっこで群れのリーダーの位置は掴んでいる。まず第一にソコを落とす。


 急に反転して来た得物にウェアウルフの群れは戸惑う、その一瞬に俺は距離を詰める。


 背後からジムが迫る。軽戦士でもないのに足が速い奴だ。コンパスか? コンパスが長いから早いのか!?

 だが、回転力と位置取りなら俺に分がある。雑魚狼達の攻撃をいなしながら一直線にボスの元へ、しかし奴も俺の脅威に気が付き、一目散に退散していく。


「いいね、賢い奴は嫌いじゃない」


 俺はさらにスピードを上げ、奴の逃走ルートを先回りする様に駆け抜ける。昨日の下調べで地形を、さっきの追いかけっこで行動ルートを把握している俺には、奴の動きが手を取るように分かっていた。


「そこだ!」


 大岩を飛び越え、奴の目の前に――


 バサリと大きな音が鳴った。

 注いで空気の破裂する音共に稲光が眼前を染める。


「なっサンダーバード!」


 体長2mはあるボス狼は一瞬で黒焦げとなり、その上に悠々と雷を纏った大型の鳥が振って来た

 デカイ、翼長4mはあるだろうか、アレにしてみれはウェアウルフ如き大きめのネズミ程度だろう。


 奴は、ちっぽけな俺を無視して悠々と食事に入る。


「なんですの、今の音って!」

「お嬢様お気を付けください」


 身体強化の魔術を使い、何とか遅れずについて来たシャルメル嬢とそれを守る様に立つジム先輩が唖然とする。

 本来サンダーバードは中級パーティが相手にするような大物。初級者殺しとも名高い危険な魔獣だ。それもこんな大きなサイズの個体はそうそうお目に掛かれるものじゃない。

 しかもこいつは俺とはめっぽう相性が悪い。先ず雷を身に纏っているので殴るとこっちが痛い。次に奴は何時でも空に逃げれるので、遠距離攻撃手段を持っていない俺としては、そうなった場合お手上げである。

 だが!


「くっそ! 俺の計画を邪魔しやがって!」


 奴が俺の事を取るに足らない雑魚と思っている今が最初で最後のチャンス。最速で最短でぶっ潰す!


 狙いは頭、むしゃむしゃとおいしそうに食べているその隙を!


「――――――――!!!」

「がっ!」


 食事の邪魔をするなとばかりに、奴は威嚇の鳴き声を上げる。それは鼓膜どころか俺の全身を振るわせる程度の大音響だった。


 俺はその音にバランスを崩して盛大に大コケする。

 音が聞こえない、脳が揺らされバランスが取れない。威嚇の大声一発で俺は立ち上がる事も出来なくなっていた。


「あっ、が……」


 小うるさい俺を先ずは一飲みしようと思ったのか、サンダーバードがゆっくりと俺の方に向き直る。


 そして大きな大きな口を開け――


「引っかかったな鳥頭!」


 秘儀死んだふり!

 俺は手に持っていた石を全力でその口内に投げ込んだ。


「ーーッッ!」


 サンダーバードが悲鳴を上げる。的が大きく狙いやすかった。俺の投げた石は口の奥、奴の喉頭目がけて吸い込まれて行った。


 呼吸が出来ずもがくサンダーバード。俺はふらつきながらも大きく跳躍しその背に乗る。


「あババばババ!!!」


 電撃が俺の体に流れ、全身が痙攣する。それに構わず俺は奴の太い首を全力で締め上げる。

 クラッチ! こうなれば電撃のおかげで筋肉が収縮し外れない、ここからは根競べだ!





「なっ何を考えていますの!?」


 シャルメル・ラクルエール・ド・ラ・ミクシロンは困惑していた。彼の獰猛な魔獣食い、サンダーバードに素手で向かっていった大ばか者にである。

 案の定、ハウリングによって地面に付したその男は、哀れかの魔鳥の餌食になるかと言う所で、害虫の様なしぶとさを持って一矢報い、そこから正気の沙汰とも思えない追撃に打って出たのだ。


「ジム! 彼を助けなさい!」


 サンダーバードはゴロゴロと地面を転がり回り、とてもじゃないが魔法で狙いが打てない。あの大ばか者に誤射してしまう可能性が高すぎた。


「っ、了解、です、お嬢、様」


 咄嗟に、彼女の従者に命令したものの。ジムは先程のハウリングから彼女を庇って、思うように動くことが出来ずにいた。


「っ、いえ今の命令は取り消します。私が――やります!」


 視力強化の魔術を掛ける。それでも目まぐるしくのたうち回る彼の魔鳥に狙いは定められない。自分がもっと魔術に長けていたら、固有時間制御の魔術でもって、止まる時の中でゆっくりと狙いを定められていただろうが、無いものねだりをしてもどうしようもない。

 と言うか、あの馬鹿は既に死んでいて、サンダーバードは首を絞めたまま硬直した遺体を振りほどこうとやっきになっているのではないか、と思っていたその時だった。

 ザザザと大きな音を立てて、踊り狂っていた魔鳥が地に付したのだった。





 苦しい、苦しい、息が苦しい、いや、息が苦しいのはこのアホ鳥で俺じゃない筈だ。いや俺で合っているのか? 電撃により呼吸が上手くできていないのか? 視界が目まぐるしく変わる。ぐるぐるぐるぐる回転する。それに伴い思考が朦朧としてくる。


「諦めろこの馬鹿」と俺は言う

「       」とサンダーバードが言う。


 我慢比べの根競べ。生きるか死ぬかのチキンレース。


 そして――


 気が付くと視界が闇に覆われていた。





「ぶはっ!!」


 暑い暑い。俺は羽毛の山から這いずりだす。未だに全身に電撃の余波が残り、生まれたての小鹿状態だ。


「いっ生きていますの!」


 這い出た俺を出迎えたのは、驚きに満ちたシャルメル嬢のご尊顔だった。


「あっ、あた、あた、たた」


 当たり前だと言いたいが、しびれが残っていてうまく舌が回ってくれない。


「御下がりください、お嬢様」


 そんな彼女の背後から、剣を抜いたジムが足を進めてくる。


「止めを刺します」


 ジムは俺の横を通り過ぎ、サンダーバードの脇に進む。


「て、てって、めめめ」


 くそ、上手く喋れない、誰かこの馬鹿を止めてくれ。


「先ほどの一戦。無謀極まる馬鹿馬鹿しいものだったが、結果は君の勝ちだ。だがこのサンダーバードは始末させてもらう。この様な危険極まりない生物が王都の周辺に居てはならない」


 くそ! だれか! この馬鹿を止めろ!


「得物を横取りする様で悪いが、王都の治安の為だ諦めてくれ」


 誰か! 誰か! いや違う! そうそいつは俺のものだ! 俺の! この俺の召喚獣だ!!


 意識が飛ぶ、呼吸が止まる、いや違う、止まっているのは俺じゃない、サンダーバードだ。

命令を、意識を失ったサンダーバードの代わりに俺が命令する。今すぐ。


「おいあえ(飛び立て)!!」


 バサリ! 強烈な風がサンダーバードより吹きすさぶ。姿勢制御もままならず、兎に角出鱈目に翼を振るう。


「くっ! やはりまだ息があったか!」


 ジムは突然の事に姿勢を崩しながらも、飛ぶように駆け。


「やめろこの馬鹿!」


 アデムのタックルにより地に付したのだった。

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