6-3 混沌とした状況を、さらに混沌とさせるもの
魔王城の一室で、困惑したまま言う。
「なんなのよ、これ」
少しでも自分を落ち着かせようと、この数日で起きたことを何度も思い返していた。
シルド=パーガトリーを倒した後、両陣営の軍は撤退した。
人間側は優勢な状況で下がることに異を唱えたが、ヘクトル様が一睨みしたら誰も口を開くことは無かった。ヘクトル様はとても怖いようだ。
それからわたしたちは、ラックスさんが有翼人に攫われたのであろうことは分かっていたので、取り返す算段を立てていた。
ラックスさんとエルは繋がっており、彼が浮遊大陸にいることは分かっていたのだが……、取り戻す方法についての会議は難航した。まず、どうやって行くか、ということが問題となったのだ。
そしてそれを考えているうちに、二人の繋がりがほぼ断ち切られる。なにか起きたことは明白であり、空を飛べる少数での強襲作戦を考えていた。
しかし、ここでさらに大きな問題が起きる。
――浮遊大陸が落ちたのだ。
誰も想定などできない展開。エルやベーヴェどころでなく、あの何事にも動じないヘクトル様までも愕然としていたくらいだ。
そして、ここから次々と問題が続いていく。
まず、魔貴族が殺された。一人や二人ではない。エルの体を保有していた全ての魔貴族が、だ。
しかも殺した相手は、空から降って来たとか、すぐに飛び去ったとか、訳が分からない情報しかない。
良かったことは、労せずしてエルの体が全て取り戻せそう、ということだろうか。わたしたちにとっては都合の良いことだ。
このとき、少しだけ考えた。もしかしたら謎の存在はラックスさんで、わたしたちのために動いてくれているのでは? と。
だが、その考えは次に届いた報告で消え去った。
「アグラ様が重傷を負いました。命に別状はありませんが、その……」
「ハッキリ告げよ」
エルの鋭い眼光で見られ、報告を行っていた魔族が体を震わせる。だが、ゆっくりと続きを述べた。
「意識が朦朧としているのか、なにも食べず、飲まず、動かず、語りません」
「……分かった。無理にでも、ここへ連れて来い」
「はっ」
事態の展開についていけず、頭を抱える。ただラックスさんを助けに行きたかっただけなのに、それを上回るなにかが起きていた。
顔を両手で覆いながら、落ち着け、落ち着け、と自分へ言い聞かせる。だが混乱が収まることはなく、叫びだしたい気持ちのままでいた。
ソファへ腰かけていたヘクトル様が、ツイッと顔を動かす。
「ベーヴェ。一つ聞きたいのだが、アグラという魔貴族は確か、魔王軍の大将軍ではなかったか?」
「……えぇ、そうです。あらゆる将軍たちの上に立っていた大将軍であり、魔王軍のナンバースリーです」
え? アグラさんってそんなにすごい人だったの?
驚きながら話を聞いていると、ベーヴェが苦渋の表情で言った。
「姉上、自分に次ぐ実力者です。魔剣ツヴァンツィヒを所有しており、相手が有翼人であろうと遅れはとりません」
つまり、それは――。
「相手はアグラ大将軍に勝利する実力者であり、力を取り戻したベーヴェと、これから力を取り戻す魔王エルをも越える力を持っているかもしれない、ということでいいかな?」
「姉上より強い者などはいない!」
ベーヴェが激高する。それは、エルへの絶対の信頼であり、彼にとっての柱でもあったのだろう。
触れてはならないと思ったのか、ヘクトル様もそれ以上は追及しなかった。
「アグラ様をお連れしました」
「入れ」
二人の会話に参加せず沈黙を保っていたエルが、アグラさんの入室を許可する。
だがその姿を見て、わたしは背筋が冷たくなった。
肩を借りて歩き、ソファへ座る。だがそのまま顔を上げることもなく、瞳にも光が無い。前に会った、自信に満ち溢れていた彼女の姿は、面影すらなかった。
エルは彼女へ近づき、その頬へ優しく触れた。
「アグラ。吾だ。何があった」
「……」
「答えてくれ、友よ。……頼む」
それは、なにかを聞き出そうとしているというよりも、声を聞かせてほしいと懇願しているように見えた。
長い付き合いであり、信頼できる相手だと言っていた。
彼女にとってアグラは、親友と呼べる相手なのだろう。心配するのは当然だ。
想いが届いたのか、答えようと思ったのか。顔を伏せたまま、アグラは静かに口を開いた。
「負けた。完膚無きまでに」
「……相手は何人だ?」
「やめろ、エル。そういう次元の話ではない。私は全力で戦った。なんなら奇襲を仕掛け、有利な状況でありながらも敗北した。……そして、
「そんなはずが――」
「雑魚、だと」
空虚な瞳で、乾いた声で、アグラさんが笑う。
「負けたことが無かったとは言わない。だが、誰が相手であろうと、必ず負けるなどということはない。1%でも勝つ可能性はある。そういった自信が、私の誇りだった。彼の魔王にすら一方的に蹂躙されないというのが、私の唯一の支えだったのだ」
「アグラ……」
「だが、負けた。負けたのだよ、私は。……『災厄』と名乗ったあれに、私は勝てない。千回戦おうと、千年修業をしようと、決して届かない。必ず殺すと虚勢を張ったが、冷静になった今ならばハッキリと分かる。あれは、誰にも倒せぬよ」
ポツリ、ポツリと、アグラは『災厄』の情報を述べる。聞けば聞くほど、チート能力を盛り合わせ、さらにまだなにかを隠しているような、隠しボスのような存在だった。
だがそれを聞き、闘志を漲らせた人がいた。
「――面白い。僕が戦おう」
目を爛々と輝かせているヘクトル様に、アグラは冷ややかな目を向ける。
「やめておけ。勝てぬ」
「敵である。しかも、強敵である。……それだけで、戦う理由は十分だ」
止めることはできない。そもそも、この場で最強の人物だ。やると言い出せば、止められる人がいなかった。……一人を除いて。
全員の視線が、わたしに集まる。なにを言いたいのかは、言わずとも分かっていた。
「うぅぅ……。あの、ヘクトル様」
「なんでしょうか」
「その、『災厄』は倒さないといけません。ですが、一人で戦うのはダメです。なんか世界がヤバい感じですし、エルが体を取り戻し、ラックスさんを助け出してからにしましょう」
「……」
ヘクトル様は眉根を寄せ、口も尖らせていた。敵に飢えているのだろう。戦わせてもらえないことが不満だと、全身で表していた。
なにか妥協案をと考え、わたしはたどたどしく言葉を紡ぐ。
「あの、それなら、こういうのはどうでしょうか」
「どういうのですか?」
「最初はヘクトル様が一対一で戦ってください。でも勝てなさそうだと判断したら、我々も介入します」
「ふむ」
「あの、勝てるならいいです。でも勝てないと分かったら、死なないようにしてください。ヘクトル様は、こちらの最高戦力の一人です。いてくれないと困ります」
「困ります、か。……そこら辺が落としどころですかね。了承しました」
思っていたよりも簡単に受け入れてくれたと、一人安心する。
しかし、事態はさらに急展開を告げた。
「失礼いたします!」
「何事ですか」
答えたベーヴェに対し、ノックも忘れて入ってきた兵士が言う。
「浮遊大陸より有翼人が来ております。『災厄』を討つため、手を結びたい。魔王様へ伝えてほしい、とのことです!」
エルとベーヴェの気が張りつめ、室内がピリッとする。
もうわたしの頭はパンクしそうで、こんなときにこそラックスさんがいてほしいと、少し泣きそうになっていた。
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