4-3 勇者の鎖帷子を手に入れた

 ピエールに、尾行していた者たちや店のことを報告した後、さらに奥へ向かう。


「どこへ行くの?」

「様々な武具店を見て回った勇者様に、ぜひ見せたいものがあります」


 その短い説明だけで伝わったのだろう。ハッとした顔を見せる。さすがは聡明な勇者様だ。


「伝説の武器とかが隠されているのね! 隠し通路を通るんでしょ!?」

「そんな物があったら、宝物庫か戦場にありますよ……」


 期待されすぎてしまい、少し困りながら案内をする。

 辿り着いた先は、武器防具の保管場所だ。

 どうです!? と顔を見たのだが、明らかにしかめっ面だった。


「あの、高い装備ではなくとも、兵の装備の質は悪くないということをですね」

「――臭いわ」


 全然違った。

 犬のように鼻を動かし臭いを嗅ぐ。……少し臭いかもしれない。


「まぁ身に着けるものですから、多少はしょうがないですね」

「多少? 鼻がひん曲がりそうな臭いがしているわよ!? ちゃんと換気はしているの!? 掃除は!?」


 勇者様は鼻を摘まみ、「くちゃーい!」と言いながら扉と窓を勢いよく開き、そして躊躇わず魔法を放った。


「《ウインド》《ウインド》《ウインド》さらに《ウインド》!」


 室内の空気が扉から廊下へ。外の空気が窓から室内へ流れ出していく。


「もう《アクア・ドロップ》を使って、アルコール消毒するのはどうかしら!?」

「アルコール? アルコール!? やめてください! 火でも点いたら大変なことになります! お願いです! 勇者様止まってー!」


 必死の頼みが届いたらしく、どうにか勇者様を止めることに成功。

 しかし、チクタンなる炭を作り出し、様々なところに置くことは見逃した。交換条件、というやつだ。

 あの炭がなんなのかは分からないが、臭いが減るらしい。かなり胡散臭いが、彼女が満足できるのならいいだろう。


 むしろ、一つ分からないことが分かった。

 勇者様は折れた木剣を掴み、《ウッド》の魔法を唱えた。そこからさらに《チャコール》なる言葉を唱えた。続けると、《ウッド・チャコール》。我々の知らない魔法だ。


 ――いや、恐らく魔法では無いのだろう。

 異世界転移によって得た「特異な力」ではないかと思う。法則を捻じ曲げ、別の物へ変質させる。本来、あり得てはならない力だ。


 しかし、勇者様が使うのだから心配はない。彼女は相応しいから、その力を授かったのだ。なにも問題はない。チクタンなる炭はよく分からないが、やはり勇者様はすごい。

 その後、彼女が満足するまで待ち、ようやく本題へ移った。


「見てください。剣にも種類があります。そして同じ剣でも、良い物と悪い物があるのです」

「簡単に見極める方法はあるのかしら?」

「そんな方法があったら、商売あがったりですよ」


 苦笑いを浮かべると、そりゃそうだと勇者様も頷いていた。

 しっかりとした目利きの物が選んでいる。掃除はしていないが、点検は行われている。兵たちの命を守るため、できる限りのことをしている。

 俺は、懸命に勇者様へ話した。決して、手抜きな装備を着けているわけではないのだと。


「つまり、ラックスさんはこう言いたいのよね。だから、今までと同じ装備でいいじゃないですか、って」

「全くもってその通りです!」


 分かってもらえて良かった。納得してもらえることが、これほどまでに嬉しいことだとは思わなかった。

 新たな剣を。新たな盾を。新たな鎧を身に着ける。これでいつも通りの俺だ。……とはいかなかった。


「……鎧の下に鎖帷子」

「はい?」

「鎧の下に鎖帷子を着てもらうって言ったの! わたしが選んで買ってくるわ! いいわね!?]

「装備が重くなるのは避けたいのですが……」

「マジックバッグに荷物を入れてる分、軽くなってるでしょ! 文句を言わない!」

「おっしゃる通りです! マイマスター」

「よろしい! ちょっと待っていてね!」


 勇者様は笑顔で飛び出して行った。ついて行こうとしたのだが、俺が一緒ではダメらしい。なので、ピエールが拉致された。すまない、ピエール。



 戻ってくるまでの間、剣を研いだり鎧を磨いたりと、やれることはいくらでもある。時には旧友が顔を出してくれ、少し話をしたりもした。


 考えてみれば、この十数日の間に、よくもこれだけ色々なことがあったものだ。

 勇者様が召喚され、襲われ、襲われ、襲われ、攫われ、襲われ……襲われすぎじゃないか? 襲われる比率が高すぎる。

 なぜ今まで気づかなかったのだろうか。異常としか言いようがないほど襲撃を受けている。誰かの策略としか考えられない。


 相手は当然、魔族だろう。勇者様の情報が洩れていた、ということになる。

 どこから洩れたのかは分からないが、その可能性があることについても書状を送っておくべきだろう。そして、今後の対策についても考えねばならない。


「やることばっかりあるなぁ」


 ゴロンと横になり、パトロンの話も合ったなと思い出す。

 この際だ。新たな仲間を増やすのはどうだろう。狙われているのだとしたら、気配などに敏感な者がいい。


 またやることが増えてしまった。パトロンだけでなく、新たな仲間まで見つけねばならない。ついでに狙っている相手、襲撃者も拿捕すべきだ。

 サニスの町でパトロンになってくれるような金持ち。そんな相手をボンヤリ考えていると、扉がバーンッと開かれた。


「鎖帷子を買ってきたわ! ピエールさんにもアドバイスをしてもらったから、間違いなく一番良い品よ!」

「それなら安心で――」


 勇者様が片手で突き出している黒色の鎖帷子を見て、俺は目を瞬かせた。

 良い作りだ。丁寧に作られており、粗さが見えない。むしろ輝いてみえるほどだ。

 素材もあれは、ただの鉄ではない。……正直に言おう。なんの金属かが、俺には見抜けなかった。


「あの、勇者様。それはなんですか?」

「鎖帷子よ!」

「いえ、素材とかは」

「鎖帷子よ!」

「高かったのでは」

「鎖帷子よ!」


 あぁ、これは聞いても教えてもらえないやつだ。ならば自分なりに予想を立ててみよう。

 たぶん、とても良い作りの鎖帷子を買ったのだろう。そして、勇者様の特異な力を使い、素材をより良い物に変質させた。


 ――言うなれば、『勇者の(作った)鎖帷子』といったところか。


 色々思うところはあった。身の丈に合わない装備だとも思った。

 だが、最初に伝えなければならない言葉が分からないほど、野暮な男でもないつもりだ。


「……これほどの逸品、見つけるのにはさぞ苦労なされたでしょう。本当にありがとうございます、勇者様。ついでにピエール」


 勇者様が満面の笑みで頷く。


「大したことなかったわ! 喜んでもらえてなによりよ! こちらこそありがとう! ついでにピエールさんも!」

「その、ついでにってのはやめてもらえますかね!?」


 こうして、紆余曲折ありながらも、失った装備は整えられ、さらに良い状態となった。

 武器に関しても、こっそり勇者様が触れていたので、たぶんなにか施しているのだろう。もちろん気づかないことにしておいた。


「では、次はパトロン探しと行きましょうか」

「えぇ、そうね。当てはあるの?」

「名前を知っている程度ですが。まずは受けてくれそうな人から――」

「一番お金を持っていて、評判がいい人のところへ行きましょう!」

「……あの」

「さぁ、張り切って行くわよ!」


 元気いっぱいな勇者様に首根っこを掴まれ、引きずられる。

 はて、最近こんなことばかりな気がする。勇者様の判断を信じるのはいいが、これで良いのだろうか? まぁいいか、たぶんいいのだろう。

 難しいことは後で考えることにし、パトロン探しを開始するのであった。

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