3-1 まだ早い
テトラの村からサニスの町までは、徒歩で数日というところだろう。
「つまり、この世界では町というのは村の中継点であり、人が集まる場所なのね?」
「はい、その通りです。そして町は王都を中心に点在しております」
「村から町へ、町から王都へ。必ず近くには町があり、買い物がしたかったら町へ行く、ということね」
「村を周る行商もおりますので、必ずしもとは言えませんが、大体はそうなります」
「デパートとかがない町に住んでいる人が、電車で大きな町へ行くような感じ、か」
デンシャ? 聞いたことのない単語だが、きっと異世界にある馬車みたいなものだろう。バシャ、デンシャ。近い響きだからな。
しかし、コブリン退治で小銭を稼いではいたが、それは日々の生活費に消えた。
元々、王都でもらったお金は大量にある。要塞都市まで路銀に困ることはないのだが、それは勇者様的にはダメらしい。
「いい? お金っていうのは、いつ必要になるか分からないの。例えば伝説の剣を作るためであったり、謎の封印を解除するためであったり。ともかく、お金で解決する問題も多いから、お金はできるだけ増やすべきなのよ」
「お金は大切ですからね。よく分かります」
勇者様が言うことなのだから間違いないなと、何度も頷く。俺たちは旅をして行く中で、お金を増やし続けなければならないらしい。
「それで、手っ取り早いお金稼ぎってあるかしら?」
「もちろんあります」
「さすが道具屋の息子、頼りになるわ」
誉められてしまい、照れながら頭を掻く。
だが咳払いをして気を改め、勇者様へ言った。
「パトロンを増やせば良いのです」
「パ、パトロン!?」
「勇者様の旅は、世界を救うための旅。まだ帰るかもしれないから、という気持ちはあるかもしれませんが、援助したいと思う人は多いはずです。なんせ、この間のコブリンの一件で、勇者様の名は広まりましたからね。そのうち、名前だけでなく顔も隠さないといけないかもしれませんよ」
「――わ、わたしは体を売るつもりはないわよ!? というか、この体を見て! 貧相でしょ!? もっと豊満なセクシーボディな女の人じゃないと、あ、言ってて悲しくなってきたわ」
なにか勘違いしている勇者様へ説明をし直す。
すると、あぁ、そっちのパトロンね、先に言ってよ! もう! と怒られた。そっちじゃないパトロンとは、どういうパトロンなのだろうか?
だがなにはともあれ、パトロンを探すのには賛成らしい。
次に向かう町はサニス。この大陸内でも、上から数えたほうが早い大きな町だ。パトロンを探すのには向いているだろう。
「パトロンを探す以外にはなにかあるの?」
「我々は大陸を移動しております。つまり、馬車があれば行商をやるのがいいでしょう」
「名産品などを売る、ということね!」
「それもありますが、例えば王都の人気の石鹸などがあるとします。ここら辺では値段も多少上がるだけですが、離れれば離れるだけ、値は上がっていきます」
「距離があるから、仕入れるのが大変だから、ってことね」
「その通りです! さすが勇者様!」
今はあの品々が、次はあれが流行るのでは、と話しながら進む。
ついでに異世界にある便利グッズとやらも教えてもらったが、技術力が違い過ぎると感じた。ぴーらーとか言う皮むき器の話を聞いたが、量産体制を作ることがまず難しいだろう。
「どの世界でもお金を稼ぐのは大変なのね」
「正直に言ってしまえば、真面目にコツコツ働くのが一番です」
「あー、夢がなさすぎるわ。……あれ? そういえば、この世界には冒険者とかいないの?」
「冒険者? 物語に出るあれですよね?」
勇者様曰く、モンスター退治や、ダンジョンに潜って生計を立てる者を冒険者と言うらしい。こちらの物語にも出てくるので、認識は間違っていなかった。
しかし、それが仕事として成り立つかと言えば、首を横に振るしかない。
「モンスター退治や護衛となれば、町にいる兵に依頼することが普通です。どの町にも必ず詰所はありますので、各村々へ派遣することは難しくありません」
「数が足りない場合は?」
「王都から兵を送ります。それでどうにもならなければ、他国に救援の要請をすることになりますが……難しいでしょうね」
「難しい? どうして?」
「そりゃ大陸が違うからですよ。連絡が間に合うかも怪しいですし、侵略される可能性も考えなければなりませんからね。自国の問題は自国で解決するものです」
首を傾げている勇者様を見て、説明が足りていなかったなと、おおまかに伝えることにした。
他にもいくつかの大陸があり、一つの大陸に一つの国がある。隣り合っている大陸は『赤の橋』と呼ばれているもので繋がっており、そこからしか行き来はできない。
この大陸には人間ばかりだが、例えば隣の大陸はごちゃまぜなので、エルフや獣人もいる。さらに違う大陸では、エルフだけであったり、獣人だけ、といった感じだ。
そして全ての大陸が囲んでいるような形で、中央に位置しているのが暗黒大陸。魔族たちの大陸だった。
説明が終わると、勇者様がさらに首を傾げる。すでにほぼ真横になっていた。
「なぜ船で海を渡らないの?」
「近海ならば漁で出ることもありますが、それ以上先に出ることは禁じられています」
「禁じられているって、一体誰に?」
「神ですよ。我々は魔族以外とは、なるべく争うべきではないと、神によって教えられていますから」
当たり前のことを当たり前のことのように伝えたのだが、勇者様は目を瞬かせていた。
「……どうして、魔族とは争うことが許されているの?」
「どうしてって、なにを言っているんですか。魔族は襲ってくるんですよ? 戦わなければ、滅ぼされてしまいます。先に滅ぼす以外に手はありませんよ」
「え、いや、だって、あれ……?」
なにか釈然としないらしく、勇者様は無言となり、眉根を寄せていた。
勇者様の世界では、魔族やモンスターがいないらしいからな。たぶん、戦うということへの忌避感が強いのだろう。
何度か呻き声を上げた後、勇者様が聞いて来た。
「えっと、他国とは戦わない、のよね?」
「なるべく、ですね。過去には戦争が起こったこともあり、戦っていた時期もあります」
「魔族と戦いながら、他国と戦っていたの?」
「そりゃ……そ、りゃ?」
口元に手を当て、深く考える。俺は大した教育を受けた人間ではない。歴史に詳しいとは言えない。そういうのは、歴史学者の仕事だ。
しかし、それでもだ。
過去に他国と戦争をしていた、という記録があることは知っているが、魔族とはどうだったのか、などの記載は無かった気がする。
いや、そもそもだ。魔族との戦いは長く続いているという話だが、一体いつから戦っているんだ?
頭がズキリ、と痛む。心臓も締め付けられるように苦しくなる。
「ぐっ」
「ラックスさん?」
なにかがおかしい。おかしいのだが、それを考えれば考えるほど、頭の痛みや、呼吸が――。
『まだ早い。身を委ね、考えるのをやめるのだ』
妖精さんが、長く、話した。言われた通りに、考えるのをやめ、身を、委ね、る。
スーッと、心が落ち着きを取り戻した。
「あの、ラックスさん? 大丈夫?」
「……えぇ、大丈夫です。すみません、勇者様。そこまで深くは覚えていませんでした。サニスの町へ辿り着いたら、資料を探してみますか?」
「え、えぇ、そうね。まだ時間もあることだから、到着してからのことは、これから決めればいいわ」
「はい、そうしましょう! 楽しみですね!」
町についたら、足りない道具の補充などもしたい。なんせこっちにはマジックバッグがある。嵩張るものでも、邪魔になることはない。
あぁ、馬を買うのもいいかもしれないな。移動時間が短縮され……いや、馬も仲間みたいなものだし、出会いがあるのかな? 預言者の言葉を信じるのなら、そうなるか。
色々考えつつ話していると、勇者様が妙なことを聞いてきた。
「町に図書館とかはあるの? 歴史の資料はあるのかしら?」
「図書館はあると思いますが、勇者様は歴史に興味があるのですか? でしたら、歴史学者を探すのはどうでしょうか! お任せください!」
「……ラックス、さん?」
「はい! なんですか!」
「……いえ、なんでもないわ」
「は、はぁ、そうですか」
勇者様の顔は強張っていたが、なにかあったのだろうか?
考えてもよく分からず、勇者様に話しかけても上の空で、どうしたものかと悩むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます