勇者様、旅のお供に平兵士などはいかがでしょうか?
黒井へいほ
第一章
1-1 異世界勇者召喚
暗黒大陸に蘇りし魔王。その配下である魔族とモンスターたちの襲撃により、この世界は窮地に立たされつつあった。
だが日に日に追い詰められていく中でも、我々は決して諦めず対策を探した。
そしてついに世界を救う方法が、とある古い書物の中から見つけ出されたのだ。その方法とは……。
――『異世界勇者召喚術』。
その儀を執り行うのに必要なアイテムを探し出すため、我らミューステルム王国の兵は探索を続けていたわけだが……。
森で夜営をしていれば、大量のゴブリンに襲われる。暗闇の中で仲間とはぐれれば、崖から落ちる。ギリギリ中腹辺りに引っ掛かり……探していた必要アイテムの一つ、青光石を発見した。かなり運が良い。
しかし、だ。
上を見れば美しい空が広がっており、下を見れば雄大な景色に目を奪われる。……つまるところ、登ることも降ることもできない。そんな状況に追い込まれているため、頭を抱えるしかなかった。
……だが、そのうち仲間が助けに来るだろう。ボンヤリと短い休息を楽しんでいると、予想通りというか。声が聞こえてきた。
「おおおおおおおおおおおい! ゴブリンは退治したぞおおおおおお! 誰かいるかああああああああ!? もう大丈夫だから出てこおおおおおおおい!」
それに対し、落ち着いて返事をする。
「崖の下だああああああああああ! 早く助けてええええええええええええええ!」
無事、声が届いたのだろう。仲間が顔を覗かせる。
どうしてこうなったのかと説明をすれば、納得してくれた同僚たちが長いロープを下ろし……なんだこりゃ? 先に大きな皮袋がくっついていた。
「青光石を入れてくれー! 回収せんとなー!」
なるほど、確かにその通りだ。俺と同時となれば重量も嵩んでしまう。ならば、二度に分けて引き上げるのが道理だろう。
大きな皮袋の中に、えっちらおっちらと青光石を詰め込み、ロープでグルグル巻きにする。それから合図を出して、引き上げてもらった。
さて、次は俺の番だ。満面の笑みで見上げていたのだが……一向にロープが下りて来ない。不思議に思い首を傾げていると、声が聞こえてきた。
「よおおおおおおおし! 無事任務完了だ!」
「運がいいな! これも全部あいつのお陰だぜ!」
「よし、撤収するぞ! 夜までには王都へ戻れる! 今夜は飲むぞー!」
「「「おおおおおおおおお!」」」
こ、こいつら、俺のことを忘れていやがる!
俺は慌てて大声を上げた。
「みなさーん! 誰かお忘れじゃないですかー!? ……そう! 青光石を見つけた功績者! ラックス! ラックス=スタンダードの回収をお願いいたしまーす!」
こうして、どうにか俺ことラックス=スタンダードは引き上げてもらうことができた。
危うく十七歳にして、仲間のうっかりで死亡、なんて記録が残るところだったぜ。恥ずかしすぎて死んでいられない死因だ。
まぁこんな感じで俺たちはかなりの功績を上げたわけだが、正直なところ、こう思っていた。「二度とこんな任務やるもんか」ってね。
……そう思いながらも、所詮は雇われの平兵士。さらに四度ほど同じような目に合いながらも、どうにか『異世界勇者召喚術』の儀に必要なアイテムは、全てが揃ったのだった。
――本日は勇者が召喚される歴史的な日。
言うまでもなく、城の警備は平常時よりも厚い。
もちろん俺も仕事についており、壁の上から広い草原を見張っていた。
決して、いい天気だなぁ。誰も来る気配なんてないじゃないかぁ。少しお昼寝したい。……などと考えてはいない。背筋を伸ばしてキリッとやっていた。
「ラックス」
「ふぁああああああああい! サボっていません! 大丈夫であります!」
「そんなに慌てるなよ。ちょっと呼ばれたから外すぞ、と伝えたかっただけだ」
「あぁ、なるほど。了解了解」
同僚の一人が警備から外れる。だがまだ自分も含めてたくさんの見張りがいるため、一人や二人減っても大した問題にはならないだろう。
「ララララララックス! すまんがトイレにひぎいいいいいいいい!」
「急いでな! 頑張れよ!」
余程、我慢をしていたのか。はたまた急な便意だったのか。まぁどちらにしろ、負けることなく完全勝利をしてもらいたいところだ。掃除が大変だからな。
彼の身と後始末を案じていると、なぜか次々と話しかけられた。
「ラックス」
「おう」
「ラーックス」
「あぁん?」
「ラックスラックス」
「あ、はい」
……なぜこうなったのだろうか? みんなタイミングを合わせすぎじゃないか? いや、タイミングが悪い、と言うべきか。
そう、気付けば――……俺以外の見張りがいなくなっていた。
何者かの陰謀だと言われても疑わない。それほどまでに怪しい状況だと気付き、思わず身を固くしてしまう。
前か!? 右か!? 左か!? 後ろ!? ……って、後ろならもう侵入されているだろ。
てへっと自分の兜を小突くのと同時に、俺は何かに潰された。
「くぎゅぅっ!?」
背中に強い衝撃を受け、体が地面に叩きつけられる。
一体なにが? ……そんなのは決まっている。誰かが攻撃してきたのだ。
強引に体を回せば、背中から何かが落ちるのが分かった。どうやらうまく振り落とせたらしい。
「いたっ」
女性の声。手放した槍のことは忘れ、相手に飛びかか……ることができなかった。
肩にかかるほどの黒い髪。眼鏡。上下ともに黒い服。胸元に赤いリボン。
それはあまりにも異様で、今までに一度も見たことのない、不思議な格好をした少女だった。
頭がついていかず唖然としていると、少女がこちらを指さす。
「ちょっと、あなた!」
「え、あ、はい」
「いきなりなにするの!?」
「す、すみません……?」
なぜか説教をされ、謝罪をする。剣幕に押され謝ってしまっているが、俺はなにも悪いことをしていない。むしろ押し潰された被害者だ。
だが仕方なく、謝りながら様子を窺うことにした。余計なことを言えば、さらに怒られそうだったからでもある。
決してへたれだからではない。これは情報を得るための次善策だ。
そして彼女を見ていて気づいたのだが、少女は時折、周囲を見ては眉根を寄せていた。
……なにか町や城に、気になることでもあるのだろうか? 俺にはよく分からない。
とりあえず刺激をしないように落ち着かせ、さらに詳しく話を――。
「いやぁ、すまんなラックス――な、何者だ!?」
「トイレと友達になるとこ……!?」
「敵襲!?」
「出会え出会えー!!」
なぜこいつらは、こんなにもタイミングが悪いのだろう? これからどうにかしようと思っていたところで、これだ。少女の顔が強張るのも当然だろう。
訓練された兵たちは、慌てながらも順調に少女を包囲する。当然のことながら、少女に逃げ場などは残されていなかった。
まぁ、この少女は怪しいが、悪人とは思えない。一度捕まえ、それから話を聞けばいい。うん、これが最善策だ、間違いない。
そう思っているのに――俺は拾い上げた槍を構え、守るように少女の前へ立っていた。
「ら、ラックス!? そこを退くんだ!」
「え? 助けてくれる、の?」
「あー……」
なぜこんなことをしたのだろうか。分からないが、それを考えるのは後にしよう。
俺は両手を前に出し、動かないでくれるよう仲間たちに示した。
「とりあえず全員落ち着こう。この少女は今、明らかに混乱している。ちゃんと話を聞くべきだ。……しかし、俺が武器を持ったままでは、そっちも警戒を緩められないだろう。ゆっくりと槍を地面に置くが、動かないでくれよ? 本当にやめてくれよ? フリじゃないぞ? 俺は死にたくないからな? 絶対やめてね?」
「いいから早く置け! こちらも動かないと約束する!」
「お、おう。ありがとな」
若干苛立った様子の同僚を尻目に、槍をゆっくりと地面へ置く。これで安心だろうと、少女へと振り向き話を――腰元にある剣の柄を握った少女が、頑張って剣を抜こうとしていた。
もうこの動きだけでも分かるが、彼女は素人だ。剣とは案外長く、簡単には抜けない。シュパッと抜けるのは、訓練の賜物であり、慣れが必要でもあるのだ。
とりあえず頑張っている姿をもう少し見ていたい気持ちもあるが、素人に剣を渡すわけにはいかない。半歩ほど距離をとらせてもらおう。
しかし、それが良くなかった。止めようと考え、体を動かしたせいだろうか。ちょうど剣が抜けてしまったのだ。
「や、やったわ!」
「……え、っと。危ないから返しぇっ!?」
両手を上げて降参ポーズ。喉元に突き付けられた剣先から目が離せない。
なにが一番恐ろしいって、彼女の手が震えていることだ。手が滑ったー、ブシャーッ、と喉を切られかねない。そうなれば俺の人生はおしまいだ。
相手が突発的な行動をとらぬように、ビクビクとしながら話しかける。
「お、落ち着いて話し合おう。こちらに敵意は無い。本当だ、嘘じゃない」
「それはなんとなく分かっているわ。ラックスさん? は信用できそうだな、と思ってるもの」
どうやら思っていたよりも状況は良さそうだ。名前まで覚えてくれている。
ニッコリと笑いかけ、話を続けた。
「俺の名前はラックス。ラックス=スタンダード。君の名前を教えてもらってもいいかな? それと、剣を返してもらいたい」
「名前は教えたくないわ。剣も返せない。このまま話をさせてもらえないかしら?」
オーケー、どうやら状況はあまりよろしくないらしい。俺は人質ってわけだ。
カラッカラッな唇を舌で舐め、ゆっくりと話しかけ直した。
「その、どうしたらいい? 君が混乱していることは分かっている。だが、お互い歩み寄らないと、話が進まないと思わないか?」
「……それは、その通り、ね」
「分かってくれたみたいだな。……じゃあ、やり方を変えてみよう?」
「変える?」
「そうだ。こっちが君の質問に答える。それならいいだろ?」
「なるほど」
それならば、と思ってもらえて良かった。後は彼女の問いに真摯に答え、刺激せずに落ち着かせる。それで俺の命も助かるってもんだ。
しかし、彼女の最初の質問は想像通りで、頭が痛くなるものだった。
「あの……ここはどこ、なの?」
「……やっぱりか。服装からして、ここら辺の人間じゃないとは思っていた。たぶん転移かなにかに巻き込まれたのだと思うが、そんな途方もない労力が必要なことを……あれ?」
ここまで言ったところで、ふと妙な違和感を覚えた。
そんな途方もない労力を、国を挙げて行使し、必要な品々を集め、とある人物の転移を成功させようとする一大計画があったような?
「た、大変だああああああああ!」
慌てながら走ってくる一人の兵士。とても嫌な予感がする。
あまり先を聞きたくないので、まずは落ち着かせることにした。
「よし、まずは落ち着こう。一呼吸おいてから――」
「ゆ、勇者様の召喚に失敗したあああああああああ! って、誰だその娘?」
さて、もうこの先については想像がつくだろう。
突如として現れた彼女、ミサキ=ニノミヤこそが、我が国、そして世界が待ち望んでいた『勇者』だったとさ。
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