第6話


*5*



 手渡された紙片には、《父親の事業を助けたいのなら、誰にも見られないように一人で裏庭のガゼボに来い》とだけ、丁寧な文字で書かれていた。


 アルお兄さまは関わるなとおっしゃっていたけれど、話を聞くだけなら……。行かなかったばかりに嫌がらせをされるのも困りますし。


 アルフレッドという婚約者がいるのを承知していながら、恋人になろうと声をかけてくる男も多かった。そんな彼らの申し出を断って面倒になったことも数知れない。今回もそうなるとは限らないが、行くだけであればすぐに済む。


 一人で、というのが気になりますけど。


 アルフレッドに相談しようかと一瞬考えたが、あの様子では問答無用で行くなと言われるのがオチだろう。もしも父を救う手立てがあるのなら、一意見として聞いておきたいとテオドラは思ったのだ。

 周囲の視線を気にしながら、お手洗いを出たテオドラは裏庭を忍んで歩く。知人と顔を合わせることもあったが、軽く挨拶をして別れた。不審がられることもなかっただろう。





 そうしてやってきた裏庭は、秋の薔薇の芳香がかすかに漂っていた。月明かりはぼんやりとしていて薄暗い。

 木々に囲まれたガゼボの中はランプが灯されていて、ほんのり明るくなっていた。人影もある。


 一人ではないみたいですね。


 影が動いている。一人は猫の尻尾のような長い影が動くのが見えたので、先ほど自己紹介をしてきたデーヴィッドだろう。ほかの二つの影は彼よりもずっと大きく、身体つきをみるに少なくとも男性だ。加えて、その影は燕尾服のシルエットではないように感じられる。


 招待客じゃないってこと? デーヴィッドさんの護衛かしら?


 あれだけ指にたくさんの貴金属を身につけ、首や耳のあたりまでジュエリーをつけていた派手な人物だ。物盗りに襲われても対応できるように護衛の一人や二人をつけていてもおかしくはないかもしれない。

 気になるところはいくつもあったが、まずは顔を見せることが先決だろう。テオドラは足音を消してゆっくりとガゼボに寄った。


「デーヴィッドさん」


 ガゼボの明かりが届くところに立つと、テオドラは小声で呼びかけた。

 中にいたのはデーヴィッドと、大男が二人。大男は町で見かける町民たちのような格好をしている。およそパーティには合わない格好だ。


「ああ、テオドラお嬢さん。ようこそ」


 デーヴィッドはにたっと笑う。美男子だというのに、もったいない笑いかただ。正直なところ、気持ちが悪い。


「指示のとおり一人で参りました」


 テオドラは招くデーヴィッドを警戒しつつ、ガゼボの中に足を踏み入れる。茶髪の大男がテオドラの背後をじっと見ている。そして、頷いたのが見えた。


「よかった。二人きりでお話がしたかったのです。――ああ、この二人は俺の護衛ですよ。お気になさらず」

「はあ……」


 パーティ会場の一部とも言える裏庭に、ドレスコードを守らない人間がいるというのはテオドラには慣れない。そういう意識が商人の感覚なのだろうか。自分から望んで来たはずなのに、この秘密の会談にテオドラは気が乗らない。

 気づけば背後に大男の一人が回り込んでいて、退路をふさがれてしまう。ガゼボの周囲は低木ながら木が植えてあるので、今入ってきた入口以外にはデーヴィッドが立っている場所の裏しかない。


 邪魔をされないようにだとしても、なんかおかしい?


 テオドラが違和感を気にしていると、デーヴィッドはふっと笑った。


「実に健気ですね。父親の事業をどんなことをしてでも助けたいとお思いなのでしょうな」

「どんなことをしてでも、というわけではありませんが、どうにかできるならそうしたいと思うのが娘というものでしょう?」

「本当にお美しい」


 会話になっていない。デーヴィッドはさっとテオドラの手を取って、手袋越しに口づけをする。


「なっ⁉︎」


 手を引っ込めようとするが、しっかり握られて振り払えない。


「テオドラお嬢さん、あなたは御自分の価値を考えたことはありませんか?」

「自分の……価値……?」


 熱を帯びた視線は身体中を舐め回すように動く。商品として見られている気配に、テオドラはゾッとして声が震える。

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