第2話
*1*
お父さまもお兄さまも忙しくなるばかり。また何かあったのかしら?
話を聞こうと思っていても、帰宅はテオドラが眠ったあとであるし、朝も早くから出て行ってしまうので顔を見ることもない。母や使用人たちに話を聞いて、帰宅したことを知るくらいだ。
私も立派なレディになりましたのに、なんのお手伝いもできないなんて……。今夜のパーティにアルお兄さまも参加するとお聞きしているから、少しは状況を聞くことができるかもしれませんけど……。
テオドラは午後のお茶をゆっくり一人で過ごしながら、家族のことを思う。
事業がうまくいっていないらしいことは噂で耳にしていた。どうやら植民地で起きた暴動が影響しているらしい。
アルお兄さま――婚約者であるアルフレッド・ダライアスも同じ事業に携わっているので、休日にお茶をしたり出かけることも減っていた。危ない状況らしいことはそんなことからも察することができた。
お休みも取れないなんて……。
マクダニエルズ家もダライアス家も伯爵位をもつ家柄であり、どちらも土地に恵まれているおかげで比較的裕福だ。しかし事業の傾きは、現在の財産にじわりと影を落としている。新しいドレスは買ってもらえるものの、ジュエリーが減ってしまったのが、テオドラの身の回りでの一番の変化だろう。
支援のために縁談をまとめるのも手だって教えてもらいましたが……。
先日、友人の紹介で男性とお茶をした。伯爵家の人間で、宝石商として名をあげ始めている人物だ。どうもテオドラに気があるらしく、「事業を救いたいと思うなら、今の婚約を破棄してオレと結婚すればいい。融資をしよう」と持ちかけられた。産まれたときに決めた婚約など、現状を考えたら無効も同然だろうと迫られたわけだ。
テオドラはにこにこしつつも、やんわりとその申し出を断った。融資をしようと言われたのは初めてであったが、婚約は破棄すべきだと言ってくる男は数え切れないほどいたので慣れている。
ときには断ったことで嫌がらせを受けることもあったが、それは少し経てば自然とやんだ。裏で兄のドロテウスとアルフレッドが手を回して黙らせていることを知っている。二人とも頭はいいし、ケンカも強かった。テオドラには手強い二人の騎士がいると噂されているにもかかわらずちょっかいを出す人が増え出したのは、事業がそれだけ危機を迎えているということの表れのような気がする。
「アルお兄さま……」
本当に彼と結婚できるのだろうか。テオドラは不安になる。
紅茶のような色合いの短髪、新緑のような色合いの瞳。目つきは鋭く、精悍な顔つき。がっしりとした体格で、威圧感がある。そんな今のアルフレッドに出会うのが最初だったら、きっと話をすることはできなかっただろう。物心がついたときにはすでに近くにいたから、彼を見た目どおりの怖い人だと感じることはなかった。
まだ社交界デビューをする前のことだ。婚約者がどういうものなのかわからなかったテオドラはアルフレッドに尋ねた。
「ずっと一緒にいるってことだよ」
この言葉にどれだけ支えられたことだろうか。家族同然に一緒に過ごしてはいたが、やはり家族ではない。よく面倒を見てくれたし、助けてくれたことも数知れず。そんな彼がいつかは離れてしまうのではないかと心配していたから、自分と一緒にいたいと言ってもらえて心強かった。
今でも同じ気持ちでいてくれてるのかしら。
同じ年頃の友人たちは恋人や婚約者とキスをしただのと言って頬を赤らめながら報告してくる。人によっては結婚し、子も産んでいる人さえいる。
だけども、婚約者であるアルフレッドは指一本触れようとしない。手を握るにしても、手袋を外したことはなかった。
確かにアルフレッドと二人きりの時間は少なく、常にドロテウスの監視もあるわけだから、恋人らしいことをするのははばかられるのだろう。それに幼馴染だし歳も離れているから、距離が難しいのかもしれない。
いつまでも子どもじゃないのに。
恋人と睦まじくしている友人たちをうらやましく思う気持ちもあるし、少しでも事業の手助けができればと思っているのに何もさせてもらえないことを歯がゆく思う気持ちもある。十八歳になっても大人として認められていないみたいで、寂しく感じた。
事業が大変なときにって思いますけど、ちゃんと気持ちを確認しなきゃ。
結婚する気持ちがないのであれば、婚約を破棄して、事業のために政略結婚をすることができる。傾きつつある事業にお金の融資でどうにかなるならそれが一番だとテオドラは考えた。事業が健全化すれば、父や兄、そして大好きなアルフレッドを助けることができるのだから。
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