第12話~ほーろど~(風邪)

 結局あの後、文乃がいくら探しても見つからないと電話してきた。

 私達は散々兄を探し回った……雨でびしょ濡れになりながらも。


「いた!」

(あー、良かったぁ……)

 兄はゲーセンで時間を潰していた。

「なっ!シャル!どうして!」

「バカッ!」

 私は安心のあまり、兄のお腹にしがみついた。


「なんでいなくなっちゃうのよ!」

「だ、だって……」

「だってじゃない!心配するでしょ!」

 涙を流しながら私は怒る。バカ兄を説得する。


「よしよし」

 何故か恵美さんが右から現れ、私の頭を撫でてくれる。

「恵美……さん?」


「たまたま会ってね。相談に乗ってたの」

「そうなんだ……」

「ほらほら泣かないの……可愛い顔が台無しよ?」

 恵美さんが私の涙を手で拭ってくれる。


「だってぇ……」

「もうびしょ濡れじゃない……ほら先輩、兄弟って切っても切れない縁だったでしょ?」

 彼女は分かっていたかのように、兄を説得する。


「ほんとだった……ごめんな?シャル……」

「許さない……」

「ふぇ?」

「シャルちゃん……?」

 散々ここまで妹を振り回しといて、簡単に許したくは無かった。


「じゃあ、文乃を迎えに行っ……くしゅん!」

 雨で濡れたのかくしゃみが出てしまう。

「はぁ……私が傘を差して送るわ」

 恵美さんが自分のブレザーを私にかけてくれる。その時、兄はもう駆け出していた。


(良かった……仲直りもできた……)

「ごめんね……恵美さん」

 彼女にまた気を遣わせてしまった……

「いいのよ!」

 夏々さんが彼女の後ろから現れる。


「それ私の台詞だから……!」

「ふふ……くしゅん!」

 照れながらツッコむ恵美さんを笑ってしまうと、またくしゃみが出ちゃう。


「笑ったな~」

 恵美さんに濡れた髪の毛をくしゃくしゃされる。

「笑ってないよぉ~くしゅんっ!」

(あれ?ちょっと立ち眩みが……)


「シャルちゃん!?」

 私はそのまま、彼女の胸に倒れ込んでしまう。

「だ、いじょー……ぶ」


「熱が……!」

 彼女が私のおでこに手を当てる。とても冷たい。

 私の意識はそこで途切れた。



「ん……」

 暑くて目が覚める。そこは私の部屋だった。

 部屋は真っ暗だし、まだボーッとしている。

 おでこには冷えピタがくっついてて水色のパジャマを着ていた。

(私……風邪引いちゃったのか)


「水……」

 上体を起こして周りを見渡すと、枕元にスポーツドリンクが置いてあった。


「んく、ごくっ……はぁ……」

 なんか布団の中が妙に熱い。しかも何かに足を直に触られている気がする。


 布団を捲ると、冷えピタをつけたピンクパジャマの文乃がいる。

 私のパジャマだ……しかも半分はだけている。

「おい」

 返事は無い。寝てるようだ。


 寝惚けていたのか、私のズボンとパンツはずり下ろされている。

「変態はあっちいけ」

 布団の中で穿き直して、寝てる彼女をベッドから追い出す。


「むにゃあ……シャルルの飲みたいぃ……」

 床に敷かれた布団を抱き締めて寝言を呟いている。


「お腹空いたかも……」

 私は起き上がってリビングへ向かった。だけど深夜だからか誰もいなかった。

 外は雨がザーザーと降っている。


 少し早い梅雨だとか、朝のニュースでも言ってたっけ……

 時計は深夜三時を過ぎていた。

 台所へ行くとお粥が鍋に作ってあった。


 火を点けてお粥を温める。

 その間、昨日の夕方の文乃を思い出していた。

(シーツ汚れなかったかな……)

 こんなことを考える辺り、その変態に慣れてしまっているのかもしれない。


「でも元は私が原因だっけ……」

 初対面の時は、彼女がいじめられているのを助けた小学一年生の頃。


 彼女を助けた後、私が恥ずかしがって逃げようとしたら……抱き締められた。

『ありがと!ぎんぱつすき!いつもたすけてくれるし!しんよー?してるから!』


「いつも……?」

 その時は信用という言葉で、頭がいっぱいだったから気にしていなかった。

(誰か私以外の銀髪の人に助けてもらったのかな……)


(銀髪なんて中々いないのに……)

 そう考えると少し面白かった。

「ふふ、変な子……」



「ふー、美味しかった」

 お粥を食べたらもう四時になっていた。

 私が部屋に戻ると、文乃はまた人のベッドで寝ている。


「はぁ……変な子」

 また彼女をベッドから追い出して眠った。



「んん……」

 朝日が眩しい……

 夜中より倦怠感が酷くなっている。

 隣の文乃も凄い苦しそうだ……抱き着いてくる力も弱い。


「シャル?文乃ちゃん?大丈夫……?」

 お母さんが私と文乃のおでこを触る。


『ピピピピッ』

 私達二人の体温計が同時に鳴る。

「熱下がったかい?」

 お父さんも顔を覗かせる。


「上がってるわね……」

「文乃ちゃんのお母さんは……?」

「今から連絡するわ……二人をちょっと見てて?」

「あぁ……」


「お、とー、さん……?」

「シャル……」

「お、けほっけほっ……!おにー、ちゃん、は……?」

 咳をしながら何とか喋る。


「む、無理するな……!ザックなら大丈夫だ。風邪は引かなかったみたいだ」

「そっ、か……こほっ、こんっ!けほっ!」

「シャ、シャル!だ、大丈夫か……!?」

 苦しくもなんとか頷いた。


「ゆっくり休んでなさい……」

 後は任せなさいと言われて、私はもう一度眠った。



「シャルルぅ……」

 頬が凄く熱くて目が覚める。文乃が苦しそうに私の頬におでこを当てていた。

「ふみの……だいじょーぶ……?」

 私も言葉がふわふわしていてまともに喋れていない。


「シャルと……一緒なら」

 あまりに幸せそうなので、照れ臭くなる。

「バカね、あんなん飲むからよ……」

 風邪の原因はそれだろう。


「ごめん……」

 私は文乃の頭を撫でる。髪も下ろしていて、くりくりが顔に当たってくすぐったい。


「喉乾いた……」

 彼女が起き上がり、ふらふらと立ち上がる。

「あんたのスポーツドリンクあるよ……」

 枕元には親切に二人分用意してある。


「シャルルのがいい……」

 私のペットボトルを指差す。子供の羨むような顔で。


「口洗った?」

「洗ってくる……」

(きたなっ……)


 二十秒程すると戻ってきた。

「あーん」

 彼女は口を開いて待機している。


「よし……」

 まあ良いだろうとペットボトルを渡す。

(まあこんな弱ってる時位はね)

 だが中々受け取らない。


「あーん」

 飲ませろと布団をポンポン叩く。

「いやいや、溢すから……」


「むぅ……」

 赤い頬を膨らませる。

(かわいい!けど覚えとけ!)


「はーい、甘えんぼさんでちゅねぇ~」

 ペットボトルのキャップを開けると、文乃はかぶりついてくる。

「はむっ、ごくっごくっ……」

(動物みたいというか、舌が丸見えでエロい……昨日こんな感じで飲まれたのか……)


「んー」

 彼女は眉をひそめて、もういいと促す。

(もう赤ちゃんじゃない)

「わがままめ」

 そのスポーツドリンクを私も飲む。


 彼女は顔を赤くしながら、それをじっと見ている。間接キスとでも言いたいのだろう。

「ふぅ……なによ」


「キスぅ……くちうつしぃ~」

「そうだ。お兄ちゃんにキスで風邪うつしてもらったら?」

『ファサッ!』

 布団に潜ってしまった。

(というかこれ私の布団……)


「一緒でも良いけど、自分の持ってきて……」

『ファサッ!』

 布団から出た彼女は、床にある方の布団だけを取ってくる。

 恥ずかしがる小動物みたいに。

(天然小悪魔め……)


 寒気がしてきたので布団に潜る。

「お腹すいた……」

「私も……」

 私がそう呟くと、彼女も同じように呟く。


「でも寒気する……」

「私も……」

 同じ文言で便乗してくる。


「ザックがすき」

「私も……」

(面白い)


『パタパタ!』

 布団越しにパタパタ叩いてくる。

(しかもかわいい)


『ガチャ』

「二人とも調子はどう?」

 文乃のお母さんがお粥を持って部屋に入ってきた。


 金色の長く綺麗な髪、それに青い瞳。そして引き締まるとこは引き締まったダイナマイトボディ。いつ見ても綺麗だ。


「少しは良くなったかも……」

「そうだ、熱測らなきゃ……」

 文乃は照れているのか、体温計を探す。


「ほんとね。顔色も少しは良くなったわ~。あ、食べさせてあげよっか~?」

 彼女のお母さんは笑顔でサービスしてくれる。


 そうだ。文乃のお母さんはかなりお茶目なのである。私のお母さんよりも。

「えー、いいよー」

 文乃が恥ずかしがって遠慮する。


「シャルちゃんにはしてもらったのに~?」

(聞かれていた……)

 なんか私まで恥ずかしくなってきた……


「わー、下がってるー」

 文乃は体温計を抱えながら見ると、わざとらしく喋っている。

「どれどれ?」

 仕返しにと、私が体温計を見る。


『38.3℃』

「三十八度あるじゃない……」

「い、言うなぁ……」

『38.4℃』

 数値が上がった。

「まだ測り終わってないじゃん」


「ふーふー。ほらほら、あーん」

文乃ママのキス顔……

「んむぅ……あーん。はふっ、はふっ」

お粥のスプーンは文乃の口に突っ込まれる。


「…………」

(私はご飯も体温計も待たされる犬かな……?)


「はいシャルちゃんにも、あーん」

「あーん、はふっ、はむはむ」

 塩加減の良いお粥はとても美味しかった。しかもほかほかで体の芯から温まる。


「美味しい~?」

「おいひいー」

 文乃のお母さんに、頭をよしよしと撫でられる。


「んっ!」

 何故か不機嫌な文乃が、体温計を私に差し出す。

『39.1℃』

「三十九度!?」


 私は驚くが、彼女はご飯を求めているようだ。

「あーん」

「はいはい、あーん」



 文乃はそのまま最後まで食べさせてもらっていた。

 私の熱は三十八度。お粥も自分で食べられた。だけども……ちょっと寂しい。


(共働きの代わり早く帰ってこれるんだし、仕方ないかぁ……)

 誕生日にどっちかがいないなんて事は嫌だ。

 そして文乃はご飯を先に食べさせてもらい、すぐ眠ってしまった。


「もう寝ちゃった……」

「シャルちゃん、体拭いてあげようか?」

「うん……」

 しばらくすると、お湯で濡らしたタオルを持ってきてくれた。


「はい、背中向けて」

「はーい」

 私は文乃のお母さんに背を向けて、パジャマとシャツを脱ぐ。


「ほらほら、ブラも」

「うん……」

(なんかちょっと恥ずかしい……)

 恥ずかしながらもブラを外す。


 温かいタオルで丁寧に拭いてくれる。

「そういえば、風邪の原因ってなーに?」

(おしっこ飲まれたなんて言える訳ないぃ……)


「ふぇ……えーと、やっぱり雨に……」

とりあえず言い訳を放つ。

「でもそれならザック君とあの真面目そうな子は……?」

「お兄ちゃんは髪短いし、恵美さんは……」

そう言いかけた時。


「あ!文乃にまたエッチなことされた?」

 文乃のお母さんは勘も鋭い。エッチなことにも凄い触れてくる。

(さ、流石米国の方……!)

 別にそれは何一つ関係ない。


「さ、されてないよ……?」

「シャルちゃんは嘘が下手ね~」

 小さい胸を執拗に拭かれる。

「ふにゃっ……!?」


「嘘つきさんにはお仕置きだぁ~」

 なんか中心部を触られている気がする。

「はぅ……!ふにゅっ……」

 敏感な所を触られ、体がビクンッとなって変な声が出てしまう。


「シャルちゃんが可愛い声出すから~、エッチな事ばかりされちゃうのかもね~?うふふっ……」

妖艶な声が耳元で囁かれる。


誘惑と目眩に堪えきれなくて、くてっと文乃ママにもたれかかる。

「あ、いけないいけない。熱が上がっちゃう……さっさと拭いちゃうね?」


 そんな感じで体を拭いてもらい、新しい下着とパジャマを着る。

 寒気が強くなってきたので、文乃で温まりながらもう一眠りした。

(今日寝てばっかりかも……)



「そーっとだよ……?」

「はい……!」

 文乃のお母さんと夏々さんの声が聞こえる。


「そーー……」

「る、瑠璃ちゃん?別に言わなくてもいいのよ?」

 瑠璃さんと恵美さんの声も聞こえる。


「んぅ……?」

 目を開けると皆がこっそり近付いてきていた。

「あー、起きちゃった……」

「お見舞いに来てくれたの……?」


「えへへ……」

 夏々さんが恥ずかしそうににやける。

「えへへじゃないわよ……」

 相変わらず恵美さんがそれにツッコむ。


「シャルちゃん……?へーき?」

 瑠璃さんはとても心配そうな顔をする。

「少しは落ち着いてぶにゃ……」

 眠ったままの文乃に頬を触られる。


「学校でプリントとかは……テーブルに置いとくね?」

 恵美さんが学校の配布物を机の上に置いてくれる。

「ありがと……」


「う、うん……」

 恵美さんは返事をするも、その隣にあるパソコン机を気にしている。

「すげぇ……」

「おっきなパソコン……」

(うっ……)


 そんな二人をよそに瑠璃さんは近くに来る。そして私の髪を優しく撫でてくれる。

「シャルちゃん……!色々大変かもだけど……頑張ってね!」

「ありがとう……」

 直接相談は出来なかったけど、彼女は彼女なりに心配してくれていたみたい。


「夏々ちゃん程の力はないけど……!相談してくれたら力になるからね!」

 少し空回りながらも一生懸命に元気付けてくれる。今すぐこのやかましい変態と取り替えてほしい位だ。


「ありがと……くしゅん!」

「んむー?」

 くしゃみを手で押さえると、文乃が起き上がる。


「ディ、ティッシュとっでもらえる……?」

 鼻声になりながらも三人にお願いする。


「あ、はいはい!」

 二人が文乃に気を取られている間に、一番遠いはずの瑠璃さんがティッシュ箱ごと取ってくる。

(かわいい)

 フリスビーを取ってくる子犬みたいだ。


 鼻をかむとわざわざそれも捨ててくれる。

「ありがと……」

「よしよし」

 文乃が彼女の頭を撫でる。

 気持ち良さそうにしている。まるで子猫のようだ。

(それ私がやろうとしてたのに……!)


 後ろにいる文乃を睨むと……頬にキスしてきた。

「むちゅー、れろれろ」

「ひにゃっ……!?」

 しかも舐めてくる。くすぐったくて変な声が出てしまう。


 私は驚き過ぎて、のしかかってる押し倒されてしまう。

「はむっ、ちゅ……れろ、じゅる……」

 彼女に一方的に唇を奪われる。温かいというより熱い。というより顔が真っ赤でめちゃくちゃエロい。

(いきなり何!?)


「わあ……」

 間近で見ていた瑠璃さんは、手を口に当てながら目を丸くしている。


「見ちゃいけません!」

 夏々さんは後ろから近寄り、彼女の視界を手で塞ぐ。

「ほらほら、熱測った?熱でおかしくなってるんじゃない……?」

 恵美さんは文乃を私からひっぺがした。


「じゃあ恵美ちゃんにちゅー」

「ふぇっ……!?」

 今度は恵美さんをベッドに押し倒している。

「ちゅっ、はむ、れろ……」

「やぁだぁ、ばい……あむ、ちゅぱっ……」

 間違いない。熱でおかしくなってる。


「やめなさい……!」

 力を振り絞り彼女を布団へと引き込む。私も熱でおかしくなっているのかもしれない。


「安静にしないと……!ザックが襲いに来るわよ?」

「ふなゃ……!」

 彼女は頭まで布団に潜ってしまった。


「はぁ……」

(全く手がかかるんだから……あれ?視界がまた、ボーッとしてきて……)

『パタン』

 上体を起こしたのに、体がいうことを聞かなくてベッドに倒れる。

「シャルちゃん!?」


「おでこ、触らせて?熱っ……!夏々、あの人呼んできて!」

「わ、分かった!」

 段々と意識が、遠退いていく……

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