一人身の哀愁と勝ち組な海産物

「ライア~。つ、い、か、の仕事を持ってきましたよぉ?」

「いつもありがとうございます、ファンファンロ様」

「最高機密だし僕が持ってこないとねぇ……それより、そこの思考停止してる美味しそうな兎君よい」

「な、ななななないにが美味しそ「あ、ごめん。何言ってるかわかんないからちょっと黙っといて」

「おま…………ちくせう!」


 応接室に入って来たファンファンロの言葉に、思わず絶句するライアー。そんな彼を横目に、ファンファンロは要件を伝える。


「魔王様からの命。まぁ意味は薄いだろうけど、とりあえず魔王様が御帰還なさったことについては戒厳令を敷くとのこと。実際今も城門の前に人が殺到してるから、そういった情報は流布しないこと」

「戒厳令か……官僚達に……」

「それと、三日目に伯爵以上の達と平民院の党首達を魔王城の庭園へ招集。そこで魔王様の御帰還の御触令を出されるから、それと同時に戒厳令を解除。この旨は以上の者達に伝えなくとも良い」

「わかった。手配しておこう」


 ライアーの頷きに、ファンファンロは手元に脇に挟んでいた紙の束を、両手で持ち上げて掲げるという動作で返した。髪の束を小さく左右に振りながら、先ほどまでの真面目な様子はどこへやら、なんともわざとらしく呟く。


「はい! こ、ち、ら、に、な、り、ま、す、よっと」

「…………」

「期限はいつごろまでに」

「できるだけ早くお願いしたいかな。それくらいなら一時間くらいで終わるでしょ?」

「………………」


 椅子からのそりと降り、椅子の背後へと歩くライアー。


「えっと……はい。かしこまりました。とりあえず五十分ほど後、また来ていただければ」


 無言のまま、がちゃりと窓の鍵を開ける。


「はいはーい。了解しました。それじゃぁの、頑張ってー」


 ファンファンロが部屋の外へ出ていくなか、床から窓枠へと飛び移り、ジッと中庭の地面を見つめる。


「ライアー様? ……仕事ですよ」


 背後からの冷たい声にビクリと体が震え、おそるおそる振り返るライアー。その瞳に映るのは冷たい笑みを浮かべる秘書の顔。ライアーは慌てて窓枠から飛び降りると、どうしようも無い弁明を始めた。


「あ、いや別にわいは逃げようとかそんなんじゃないんや、ただ暑いなぁいうだけで別に他意はないんやで? ほ、ほんまだぜよ!?」

「何言ってるか解らないですし、弁明も見苦しいのでおやめ下さい」

「ちっくしょう!!」

「なに騒いでんのさ」


 外に出たはずのファンファンロがその応接室のドアを少しだけ開け、頭だけ覗かせながら呟いた。ライアーのことを呆れたように見つつ、口では申し訳なさそうにを言葉を続ける。


「そういや……今日って仮眠室使う?」

「スケジュール的にはそうなりそうだけど……どうかしたのか?」

「まいったな……いや、実は侍女(メイド)の一人がベッドの脚を折っちゃってさ。その子は当分謹慎処分にしたんだけど……」

「ベッドの脚を折るってどんだけ器用なんだ。何をどうしたらそうなる」

「あんまりにも器用に折れっちゃってて、もはやベッドとして使えそうにないから、とりあえず直すか新しいのかってことで運び出しちゃったんだよね……」

「え、魔法使っても直らないの」

「うん……それはもう木端微塵に……」

「なぜそうなる。だからそれ、折れたってレベルの話じゃないだろ、絶対故意だろ」


 そんな二人の会話の脇で、とても眠そうに大きなあくびをするなかなかに失礼な秘書。


「……そんで問題なのが、直したベッドとか新しいベッドを……ってのにも明日以降になりそうなんだ」

「本気で言ってる?」

「本気本気。この僕のつぶらな瞳が嘘をついているように見えるかね兎君」

「お前だから信じられないというのが、わいの中で大半を占めてる」

「酷いなぁ」

「お前がなんどわいに酷いことをしてきたか、今一度ここで今すぐ思い出せ。なんなら蹴って思い出させてやろうか」

「おお怖い怖い。まぁとりあえず代わりの寝床用意しとくわー」


 そう言って頭を引っ込めるファンファンロ。聴覚の鋭いライアーの耳は彼の足音が遠ざかって行くのを、しっかりと聞き取った。小さく溜息をもらすと、そのままドアへと向かって行った。応接室の真向いの部屋、首相室に向かう為に。


「ほら、こっち。さっさと終わらせちまおう……少しでも休まないとキツイしな……」


 ☆


「ふぅ……は、ハードな一日だった……はやく寝床……」


 またもやフラフラとした足取りで歩くライアー。時刻は二十五時を回り、もはや日付まで変わっていた。彼が向かっているのは仮眠室。二両院公館応接室の中庭を挟んだ場所にいくつか存在する部屋である。


「……よるーはー……ふっくろうが、おっそいくるっ! ふくっふくっコンコンきつねいぬ……ワンワン!」


 深夜テンションというべきか、はたまた疲れのために壊れたのか訳の分からない歌を口ずさみながらただ歩く。夜目は利くため壁などにぶつかることは無いものの、今にも転びそうな危なっかしい足取りである。


「ぴっぽーぴっぽー……卵焼きとはー哲学~」


 自身の仮眠室の前に来たライアーは、自分用にドアにつけられた小さなドアを開いて部屋の中へと入っていった。そして、寝ぼけ眼だったものがわずかに覚醒した。


「お、ぉぉ……」


 徐々に覚醒していき、体がわなわなと震えだすライアー。

 ライアーのベットが置かれていた場所に、ポツンと置いてあるものがある。上部が赤く塗られ、壁は白色に、入口と看板のついたもの。中にはライアーが仮眠室のベッドで使用していた毛布が敷かれているそれは、




 犬小屋である。




「ファンファンロォォォォォォォォォ!! てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! やっぱりろくでもねぇことでふざけやがってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 二両院公館に響くライアーの叫び声は、一階で寝泊まりしていた事務員をも起こすほどのものであった。


 ◆◇◆◇


 ライアーが絶叫した翌日……というよりも当日の朝のこと。クロノスは警察長官として、徹夜をして仕事をこなしていた。一晩中机に向かっており、腕も肩も目も疲れているもののその書類に書きこまれる字は、几帳面にまったくぶれていなかった。


「…………」


 黙々と書類へと向かうクロノス。コンコンッと彼のいる部屋のドアがノックされ、一人の女性が入って来た。人間に近い姿はしているものの、耳にあたる部分が魚のヒレのようになっていたり、その髪色が群青色をしていたりなど、明らかに人間ではない。その手に持ったお盆の上には、濃く淹れられたアイスティーの入ったコップが乗っていた。


「長官、おはようございます。こちら、濃茶をお持ちいたしました……」

「おや、いつの間に。ありがとうでありやす」


 女性からコップを受けとり、優しげに微笑んだあと軽く会釈をするクロノス。女性は軽く顔を赤くしたものの、すぐにその表情は浮かないものとなった。


「長官……一度お休みになられては……昨日からずっと働きづめでは」

「……あっしが今やれることは、やっておかねば部下にそのツケが回っていきやすからね。それに、はやく事件を解決しなければ領民達も不安でありやすから」


 そう言って呟くと、再び書類に目を戻すクロノス。そんなクロノスの様子に女性がやきもきしていると、クロノスが背を逸らし椅子にもたれるようにした。指で目頭をつまみ、グリグリと刺激しながらひとりごちる。


「けどやっぱり……厳しいでありやすかね。眠気であまり頭も働かんでありやすし……」

「ですです、そうです。寝所を整えておきましょうか?」


 なぜか明るい表情になる女性。が、そんな女性の表情とは対照的に、クロノスの表情は冴えない様子である。


「うぅむ……どうしやしょうか。また新しい情報か何かが入って来るかもしれやせんし……」

「そんな……その時は私が起こしますから、寝てくださいませ……いずれ長官の妻となる身としては心配でなりません……」

「婚約者の君にそう言われると、なんとも断りづらいでありやすが……」


 なんとも言えない表情で頭を捻るクロノス。そのついでに何気なく窓の外へと視線を移し、ゆっくりと立ち上がった。


「まぁ寝るかどうかは別として、とりあえず一度屋上にでも出て外の空気でも吸うでありやすか」

「まったく……話を聞いてくださらないのですから……私もついて行きます」

「すまんでありやすね。身勝手な男で」

「まったくです……でも、そんな長官に恋をして告白をしたのは私ですから。ついていきますよ。どこまでも」


 それぞれ和やかに、柔らかく笑いながら歩く二人。時刻は早朝、東から登ろうとしている太陽の光が豊潤なマナを纏いながら、夏らしくゆっくりと薄暗い空を鮮やかに染め上げていく。

 一階分の階段を登り、屋上へと出るドアを開ける。ドアの近くに集まっていたらしい小鳥達が、急な出来事に驚いて一気にどこかへと飛んで行った。


「はぁ……しかし、こう偶然事件が重なるなんてことはありやすかね……」

「テロリスト……じゃないのですか?」

「……ヴィクティム候の事件は、犯人の目星がついたでありやすよ。ただし、もうどこへ逃げたのかもわかりやせんが……その犯人はテロ組織に関与していた疑いはないでありやす」

「なるほど……長官がそうおっしゃるのなら信じます」


 屋上の壁にもたれながら、二人でポツポツと今起こっている事件について仮説などを話していると、不意に警察庁の目の前にある二両院議事堂のどこかからライアーの叫び声が聞こえて来た。


「また円ハゲ出来てるぅうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 唐突に聞こえてきたライアーの言葉に思わず吹き出すクロノスとその婚約者。本人には悪いと思いつつも、思わず笑ってしまう二人であった。

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