現在から十三時間前!『天界居酒屋 あま・テラス』

 アランは今、とあることがとても気になっていた。


(地上界で我が“最高の”部下たちがどんな状況になっているか……まぁ部下達なら大丈夫だろうが……だが気になる……)


 魔族溺愛症と呼ばれるだけのことはあり、ただひたすら答えの無いことを考え続ける魔王。いくらアランでも情報が無ければ脳内でシュミレーションも不可能である。


(国を混乱させないために政治の権利である司法・立法・経済・軍事・警察権をそれぞれの大臣に完全に権利を渡し、我が生き返るまで協力しあうように言ったが……どうなっているのだろうか、あぁ……まったく)


 じわじわと煮えるような部下への心配に、少しずつストレスの溜まるアラン。目の前に正座をして座り、ツマミを食べては酒を一気に流し込むという座り方に似合わない飲み方をしている閻魔を横目に見ながら考える。


(閻魔は下界の事を知ることができる……が、復活に関係すること以外は教えぬからな……我が同胞ながらケチな野郎だ)


 ストレスによる爆発までの残り容量が少ないためか、イライラしたように閻魔に話かけた。


「おい、閻魔。今地上界はどうなっているのだ。それくらい教えてくれても良いだろう?」

「だめだと言ってるじゃないか。この話もう今日五回目、通算二万回くらい言ってるよ?」


 呆れたように首を左右に振るアラン。


「いや、正確には八千七百五十四回目だ」

「毎度思うけどなんなの? その記憶力と情報処理能力。そのまま復活せずにスパコンとして転生したらどうだい? おすすめするよ?」

「その話は1549回目だ」



 子鬼や天使・悪魔までありとあらゆる天界の住人が酒を飲み、ちょっとばかりうるさいが居心地が良くて何度も来たくなると評判の【天界居酒場天照(あま・テラス)】が、閻魔の住んでいる中間天界に夜九時から~明けの四時まで営業している。

 この店の中では完全無礼講であるのだが、店主のアマテラスだけには絶対機嫌を損ねてはいけないとされる。なぜならば、この店の明かりや電気はアマテラスが作り出しており、彼女が拗ねたり怒るなどして店の奥の祠に閉じこもると、玄関の自動ドアが開かなくなり真っ暗になってしまうからである。

 自動ドアと窓はたまに来る天使長や七大悪魔。そして、閻魔でさえ破壊することができない特別な代物であり完全に閉じ込められることになる。さらに彼女は相当頑固者で、再び外に出てくるまで一ヶ月近くかかった事もあるのだ。


 そしてさらに厄介なのがアマテラスは見た目年齢19歳ほどで、天界でも美しさ・可愛さは指折りなことである。その美しさの中に、一種の〝いじめたくなる可愛さ〟を持ち合わせており、へべれけに酔っぱらった馬鹿がアマテラスのお尻を触る。という事件が絶えないのである。

 触った馬鹿は周りの客にボコボコに殴られることになっている。アマテラスは天然で単純であるため、なぐられた客に同情して許しはじめるのだ。そのため、不埒な輩はとりあえず殴る! ということが暗黙の了解となっている。


 また、【天界居酒屋天照】の近くには、営業は昼間のみでイケメンの長男ゼウスを中心とした三兄弟が経営しているオシャレな【カフェ・オリュンポス】。鳥をいつも肩に乗せたホルスという無口でダンディな男が営む【バー・太陽心ラー】などの人気店が建ち並んでいる。

 ちなみに【バー・太陽心ラー】の前に、【おネェバー・セト】という店がデンと建っているのだが、誰も客が入るのを見たことは無いらしい。


 魔王アランと閻魔はそんな【天界居酒屋天照】に来ていた。奥の方の座敷に座っているため、無礼講でもわざわざからんでくる者もいない。そもそもアランと閻魔の二人を恐れている為に寄ってこないのもあるが。


「時にアラン、君はこの本を読んだ事があるかい?」


 閻魔が酒によって軽く顔を赤くしながら、どこからともなく一冊の本を取り出してアランに見せた。アランは真っ黒な物体をツマミながら題名を読み上げた。


「ん? 『フラグってマジヤヴェわー。まじパネェっすわ~。』? なんなのだその頭の痛くなるタイトルの本は……」

「うん、天国で大流行になっている本なんだ。これによると、フラグっていうのが存在するらしいよ。」


 閻魔の口から発せられた不可思議な言葉に、無い眉を寄せた。


「なんだそれは?」

「え~と。死亡フラグっていうのが一番有名みたいだね。……まぁこれ読むまで僕も知らなかったけど。例えば、戦争中に〈俺、この戦争が終わったら結婚するんだ〉とかって言うと、九割八分の確率で死ぬらしい」

「なんだそれは。ずいぶんと怖いな」


 更に無い眉を寄せるアラン。閻魔はペラペラとページをめくる。


「でも、いろいろ種類があるみたいだよ? 恋愛に発展するフラグに、喧嘩するようになるフラグ。……ん?」

「どうしたのだ?」


 閻魔がとあるページを開き、机に乗り出してアランに見せた。


「復活フラグっていうのがあったよ」

「何!?」


 アランがあまりに大声を出したため、周りにいた客が振り返って好奇の目線を送ってきた。アランはバツが悪くなり、小声で話かける。


「復活できる可能性が上がるのか?」

「うん、そうみたいだね。この本にはこうかいてあるよ。〈俺、復活できなかったら転生して田舎で土いじりするんだ〉だってさ」

「ふむ。なるほどな、確率が上がるなら言うしかあるまい。溺れる者は藁をも掴むだ。“我、復活できなかったら転生して田舎で土いじりするんだ”」

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