魔族溺愛症の魔王様は、お嬢様の下僕になりました!
亜桜趙蝶
プロローグ
プロローグ!
地方にしてはかなり発展している商業都市。そこから外れた山の頂上付近に位置する盆地に、一件の豪邸と呼べるような大きさのお屋敷が建っていた。
屋敷に通じる山道は馬が三列で走ってもまだ余裕があるような、街のメインストリートにすら匹敵するような広さを持つ道である。だが、その道を通る人は誰も居ない。登りは勿論、下りもである。
しかしその屋敷の中には人影があった。屋敷の大きさと比例するような大きめの食卓や、革張りのソファなどが置かれたリビングに居るのは青年と少女。
「下僕、そこの窓の淵に埃がたまっているわよ? ちゃんと掃除しなさい」
「……何故我(われ)が、そこまでせねばならぬ」
我という痛々しい一人称に尊大な口調で話す青年と、その青年を従える主人のように上から目線な発言をする少女である。青年が忌々しそうに悪態を付いているが、少女は意にも介していない。
「……別にしなくとも良いけれど、死にたいのね? 私はまた生き返らせて、掃除しろってだけだし良いけどね? まぁ生き返らせに行くのもそれはそれで面倒だから、その分掃除箇所を増やすつもりだけれど」
「っく……分かりましたよ。お、……お嬢様」
「死んでも二度手間なだけだし、頭のいい選択だと思うわよ?」
どうやら二者の間には、はたから見ても明確な身分の差があることが、その会話から窺い知ることが出来る。
少女はそんな青年の姿を見てクスクスと鈴のように笑い、青年はその笑い声に眉を顰めた。
そんな二人が居る、少々殺伐とした雰囲気が漂うリビング。そこに新たな人影がその雰囲気を吹き飛ばさんとでもするかの如く、勢いよくドアを開けてリビングに入ってきた。
「姫様、魔王様! 書斎の掃除、終わりました」
部屋の中に侵入してきた者は、鑑定眼の無い者でもわかるほど美しいとわかる全身鎧を身に纏っていた。花鳥風月という言葉を模した意匠が施されつつも、鮮血の如く紅い全身鎧。さらに腰に両刃の剣を鞘に入れて提げている。丸腰で喋っているリビングの二名と比べると、明らかに場違いな恰好であった。
しかし見事な甲冑で身を包んだ人物が、埃などで汚れた水と雑巾の入った木桶を両手で持ち、ドアの傍で佇む姿は何とも言えない情けなさを感じさせる。とはいえ、問題の人物はあまり気にしていない様子であるが。
紅い甲冑の人物は部屋の中にいた二人に向かって軽く会釈をする。そして、頭部を完全に覆い隠す兜によってくぐもった音になった声を発すると、二人に自身に振られた役割が終了した旨を伝えた。青年はその言葉を聞くと、大きく嘆息するような言葉を吐く。
「おい。こいt……お、お嬢様……のことを姫などと呼ばなくてよいぞ。こんな性悪な者が姫などと……」
「……えぇ。別にあなたは姫様とかじゃなくて名前で呼んでくれて構わないわよ? ……ただ、下僕? あなたはお嬢様とお呼びなさい。それとも教育が必要かしら?」
「……すまんな……も、うし、わけありま……せん。お嬢様」
少女のサディスティックな笑みを浮かべながらの言葉に、苦虫を噛み潰したような表情で青年は頭を下げた。が、何かがプツンと切れたようで、すぐに頭を上げると反抗の声をあげた。
「……そもそも、何故、我だけが敬語にせねばならんのだ! 普通は我が“優れた”部下たちも言うべきことであろうに」
「そうですよ姫様! 我らが主である魔王様が御自身より立場が上である。そう認めた御方を名前で御呼びするなど不敬にも程があります!」
青年の言葉に同調するように、一字一句はっきりと少女に向かって鎧の人物は発言した。その言葉を聞いて一瞬足に力が入らなくなる青年。ガクッと崩れ落ちたがすぐに立ち直し、鎧の人物を諭すように言葉を続ける。
「いや、そんなこと我は一度も認めてないぞ。我の“素晴らしき”部下、メイルよ」
「……何故です? 認めてない、なんて魔王様ったら御冗談がお上手で。仮に認めておられないのでしたら、何故お嬢様とお呼びになるというのですか」
部下だという鎧の人物の疑問に、ぐっと言葉を詰まらせる魔王。少女はそんな二人のやり取りを傍観していたが、一つ呆れたように頭を垂れると青年の方を向いて言った。
「……いちいち自分の部下を誇らしそうに言うのは、シカトしておいて。別に何でもいいわよ呼び方は。まぁでも、下僕は下僕なのだから……あなただけは私をお嬢様と呼びなさい。それにさっき、こいつって言いかけたわよね?……とても不愉快だったから罰としてこれから敬語を使うようにしなさい」
男はその命令の含まれた言葉を耳でとらえると、青筋をたてて怒った。
「何度目だ……っですか、この会話は! だから、なぜ我だけが小むす……お嬢様と呼ばないといけないのですか! そして我が部下ほど家臣として優れた者はそうはいませぬ!」
「何を寝ぼけたことを言ってるの、下僕? ここにあなたの部下なんていないわよ。下僕や奴隷と、普通の魔族……いえ、軍人さんじゃ、格が違うのよ? 身の程をわきまえなさい、げ・ぼ・く?」
「……やはり死んでも良いので殺して良いですよね? お嬢様?」
ゆらりと全身から殺気を発する青年。向けられた対象の少女はさることながら、赤い鎧の人物もその殺気を感じ取り、震えた。だが少女は一度深呼吸をすると、
「……別に殺しても良いけど、私以外にあなたを復活させる物好きなんていないと思うわよ」
「くっ! 恨まれるようなことはしてないのに……」
「世間の空気の問題じゃない。まあ、私が老衰で死ぬまでの我慢よ我慢。別に貴方はそれくらいの年月じゃ死なないでしょ? 魔王なのだから」
一気に霧散する殺気。少女と鎧の人物はホッと肩をなでおろすと、少女は青年の零した言葉を拾って自身の言葉をつなげた。そしてもう一度聞かされた“願い事”の内容に青年は頭を抱えて友に向かって嘆いた。
「あぁ……我が盟友、閻魔よ! なんという条件をつけてくれたのだ! 我は今にもストレスで殺してしまいそうだ!」
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