第2話 あちしはキャリスマファッションデザイナー!



 「ヘラクレスオオタマラオのバーベキューはいかがですかー?! 水中に三日間も潜っていられる強靭な肺活量によって鍛えられたハツは、噛み応え抜群で酒のつまみにピッタリ! どうぞお試しくださーい!」

 「文化大国ボルボンで大流行している幻魔げんま双六すごろくを是非とも皆様に紹介したい! 自分で自由に世界を作り、そこでお友達と新たな人生を描きましょう! 尚! お友達は商品についてきませんのであしからず!」

 「竜ヶ峪りゅうがたに諸公国しょこうこくから届いたばかりの竜の卵だよー! 食材にするもよし! 育ててペットにするもよし! 恐竜の飼育許可書は各自、役所で申請することをお忘れなくー!」

 「今だからこそ! パイロトキアの優秀な魔法具にもう一度、注目してみませんか?! 生活に役立つ日常品から個人の趣味まで網羅した至高の品々! 今後、製造中止になったらプレミアがつくかもしれないよー!」

 


 パイロトキア大使の逮捕という激震に揺れた翌日でも、テルミナの盛況ぶりは依然として変わりない。視界の果てまで続いていく店舗や露店の列と、そこかしこで上がる客寄せの声。そして、尽きることなく往来するたくさんの通行人。


 ごった返す人の流れに乗ってアリスたちは、人呼んで商店街と称される連なる店舗によって形成される道を、当ても無く歩いていた。その先導を務めるのは、普段のエプロンドレスではなく、スカイブルーのフレアワンピースでおめかししたチェロットである。

 

 「チェロットちゃーん。あんまり先に行くと逸れちゃうよー?」

 「あっ、ごめんなさーい」

 

 踊るような足つきで前を進んでいたチェロットは、スカートを翻してアリスたちの許へと戻ってくる。久しぶりの私用な外出がとても嬉しいようだ。纏めたくせっ毛を隠すキャペリンをぴょこんと揺らし、リリィの胸に抱き付いた。

 

 「えへへ。こうすれば逸れませんねっ」

 「ふふっ。うん、そうだね」

 

 無邪気に言うチェロットを見てリリィは微笑み、そんな2人のやり取りに、アリスとリオナもまた、笑みを零した。

 

 服屋を求めて探し回ること約二時間。未だ目的は達成されていない。やはり世界最大の物流拠点である壁外地域ヴィラハン、その中でも屈指のマーケットであるテルミナは一日では回り切れないほど広大である。

 

 いや、実際にはいくつか服屋は見つかったのだが、そこは女性特有の拘りというのか。3人集まっては一つの商品を片手にうんうんと悩み、そうして何十分も掛けた挙句に何も買わずに出て行く、という冷やかし同然の所業を懲りずに何度もやってのけ、それでもまるで意気を損なわずに次の店を求めているのだから恐れ入る。

 その元気は一体、どこから湧いてくるのか。

 疲労感を訴えてくる足を懸命に動かしながら、きゃっきゃと騒ぐ女性陣を後ろから眺めるアリスの目が死にかけていることなど、彼女たちは気付いていないのだろう。

 

 「おーい。いつまで歩かせるつもりだよー?」

 

 いい加減、3人を待つだけのショッピングにも飽きてきたので、アリスは前の集団にそう呼びかけた。その内、リオナが振り返る。

 

 「なによ? もう疲れたの?」

 「肉体的にも精神的にもな。たかが服買うのにいつまで掛かってんだ。さっきの店でテキトーに選んで終わりでよかっただろ」

 「はぁ、これだから男ってヤツは」

 

 やれやれ、と言わんばかりに肩を竦めて首を振るリオナ。

 

 「ホント、ファッションに無頓着というか、面白みが無いというか。ホントは別なモノを探してたのに、全く予想外のアイテムに出会っちゃって、どんどん目的が変わっていく楽しさ。次のお店には何があるんだろう、っていう期待感というか、それが分かんないなんて可哀想な生き物よねー」

 「俺ぁそんなん興味ねーんだよ。楽しいのは結構だが、付き合わされる方の身にもなってみろっての」

 「なに言ってんのよ。アンタの服を買うためでもあるんだからね。いーからブツクサ愚痴ってないでついてきなさい。ちゃあんとカワイイ服を選んだげるから」

 

 アリスの頭をポンと軽く叩いて、リオナは近くのアクセサリーを扱う露店を覗いているリリィたちのところへと足早に向かっていく。

 

 「はぁ」

 

 どうやら自分のささやかな願いは一考するまでも無いことらしい。これからも続く3人に振り回される時間を憂い、アリスは肩を落とした――時だった。

 

 「見ぃーっつっけたぁー!」

 「ほげふぁ?!」

 

 突然、真横から飛んできた人物に押し倒され、アリスは地面に吹っ飛んだ。背中に伝わる痛みで狭くなる視界に、自身の腹の上に跨って笑みを浮かべる人物の顔が映り込む。

 大きく長い耳に、小さな鼻頭と赤に冴える瞳。そして、全身を覆う雪のような白い体毛。一目でウサギの獣人族だと分かるその少女は、アリスの体をぎゅーっと抱き締めて激しく頬ずりを開始した。

 

 「ちっちゃなお顔に大きくてつぶらな瞳! サラサラで美しいブロンドヘア! 華奢でなんとも守ってあげたくなる感! まさしく理想の少女像! あーんっ。あちしが求めていた人材がよーやく見つかったわぁ!」

 「あででででで?! なんじゃコラぁ?! 放せやボケぇ!」

 

 柔軟剤を使ったタオルのようにふわふわとした毛並みではあるが、執拗に擦られれば痛みも生じてくるものである。それについ怒声を上げてしまうと、彼女は驚くどころか、赤い瞳をキラキラと輝かせた。

 

 「なんと汚い言葉遣いでしょう! でもでもそれもギャップ萌えってゆーか一周まわって魅力というかなんというかキャワウィーっ! ってことには変わりないのよね常考!」

 「ぎゃあああああっ?!」

 「ちょっとちょっと。なんの騒ぎよいったいー?」

 「はあっ!!」

 

 アリスの悲鳴を聞きつけてリオナたちがやってくると、ウサギの少女は立ち上がり、先頭であるリオナに飛びついた。


 「きゃあ?! なに? なにぃ?」

 「やぁーん! ここにも原石が一つぅ! 清楚風の艶やかな黒髪の一方で、高いお鼻にぷっくらとした唇はアダルトの風味! そして出るトコは出て引っ込むトコは引っ込んでる健康的なボデー! なぁんて健全的に扇情的なレディなんでしょう!」

 「ひゃあっ?」

 「そんでこっちは妹さんなのかにぃ? お姉さんと比べるといろいろと発展途上の感は否めないけどぅ。その分、幼さが加わって、成長途中のアンバランスさが庇護欲を掻き立てていいカンジぃ! そんでぇ――」

 「ふぁぶっ?!」

 「こっちにも将来有望なお姫様が! 形の良い目やお鼻に、焼きたてのパンのようなまん丸のほっぺ! そこに跳ねっかえりの髪の毛というアクセントがお転婆感を演出してバッチグーっ! お召しのワンピースも実によく似合っておりまする!」

 

 アリスたちの外見の評価論を捲くし立てながら、彼女たちを順に抱き締めていくウサギの少女。そのあまりに俊敏な動きに、成す術無く頬ずりを受けるしかなく。

 やがて、全員の力でチェロットから引き離された彼女は、目を『><こんな風』にしてケラケラと笑った。

 

 「ごっみーんっ。ついついテンション激上がりんぐで困らしちったねぇ。あちしってほら、自分の感情のままに生きて行きたい系女子ってところあるじゃん?」

 「いや、知りませんよ。誰なんですかあなた?」

 「でもでもでも。1人で寂しい夜は月を眺めてそっと涙を流したい系女子、という側面もあるのよね、あちし。ああん、複雑な乙女心っ」

 「もっと知らないわよ、そんなこと。ってか、訊いてるんだから名乗りなさいよ」

 「ああっ、女の子にそんな乱暴な言葉遣いはダメなのです。女の子は寂しくて死んでしまう生き物なの。もっと優しく壊れ物を扱うかのように触れなきゃダメダメっ」

 「上等だこの発情ウサギ。ガワ剥いで手頃なポーチを作ってやる」

 「わあわあ。ちょっと落ち着いてアリスちゃん」

 

 腕まくりしながらウサギの少女に近づいていくアリスを抑え、リリィは彼女に質問を送った。

 

 「あの、すみません。どちら様ですか? 何か用なんですか?」

 「あちし? あちしの名前はランヴ=リルラリル! 世界のファッション界を牽引するキャリスマファッションデザイナーなのだっ!」

 

 リリィが丁寧に質すことで、ようやくウサギの少女、ランヴは名乗った。自称、ファッションデザイナーと言う彼女は、なるほど、確かに服装が周囲の人間とは一線を画している。目が覚めるような鮮やかな原色をふんだんに用いた、やたらとフリルや装飾品が多いワンピース、のような洋服。いわゆる、原宿系ファッション、とでも言えばいいのだろうか。そんな理解しがたい格好で背を逸らし、腰に手を添えて大威張りする様は、見ているだけでイライラが積もってくる。


 それにしても……キャリスマ?

 

 「……ああ、『カリスマ』か。で? そのカリスマファッションデザイナーが俺たちに何の用だ?」

 「ああ、それは――」

 「ぷ、ぷ、プロデューサぁー!」

 

 ランヴが口を開いた瞬間、後ろから声が届く。人ごみを掻き分けて現れた、大きな甲羅を背負う眼鏡を掛けた獣人族の少女が、息も絶え絶えにアリスたちの輪の中に入ってきた。

 

 「もぉ! 遅いよキュイ!」と、ランヴは肩で息をする彼女に言う。

 

 「こっ、これでも頑張って走ってきたんだよぅ。それよりも急に走り出して、どうしたの?」

 「そうそう! 聞いて聞いて聞いて聞いて! やっと見つけたの! あちしがデザインした服を宣伝するのにピッタリなモデルの候補者たちが!」

 「モデル?」

 

 小首を傾げるアリスたち。しかし、キュイと呼ばれた少女は彼女たちの存在に気付いてないのか、構わずランヴと会話を続ける。

 

 「ええっ?! もう?! 店から出てまだ十分も経ってないよ?!」

 「見つけちゃったんだなぁ、あちし。やっぱ日頃の行いが良いからねぇん。エルフィリアはちゃんと見ていてくれてるのです」

 「だったら一年掛かっても見つからないのが妥当だと思うんだけど……というかホントなの? プロデューサーはちゃんと考えずになんでもかんでも感情に任せて突っ走っちゃうところがあるから……」

 「そーゆーキュイは心配性すぎるのよぅ。靴下を選ぶのにも何時間も掛かってぇ。キュイに全部任せてたらあちしお婆ちゃんになっちゃう。ってぇ! 文句を言う前に自分で確認してみろしっ!」

 「わわっ? ぎゃんっ!」

 

 話の流れでランヴはキュイをアリスたちの前へと押し出した。が、その勢いに足がついていけなかったようで、キュイは前のめりになって地面に転倒した。

 

 「だ、大丈夫ですか?」

 

 慌ててリリィが近づき、キュイに手を差し伸べる。すると、キュイは瞬く間に顔面を赤くさせていき、頭と手足を甲羅の中に引っ込めてしまった。


 「ふぇぇぇ。ごめんなさいごめんなさいっ」

 「え? いや、手を……」

 「グズでドジなわたしなんかにお気を使わせて申し訳ありません~! どうぞこの間抜けな亀め! とお踏みください~!」

 「ええぇ……」

 「あーもぉ、また引き篭もってー。こうなったらしばらくはダメじゃねぇ。しょーがないにゃあ……」

 

 ランヴは甲羅を足で蹴り、徐々に動かしながら道の端へと移動していく。2人はそれなりの関係のようだが、大層な仕打ちである。

 

 そうして店と店の間にあるスペースまで移ったランヴとキュイ、ついでにランヴに捕まって逃げるに逃げられなかったアリスたち。

 

 心を落ち着けたキュイは顔を出し、非常にビクビクとした様子でアリスたちの外見を1人ずつ確認していって、その後、大きく首肯した。

 

 「確かに……み、みなさん、あの、ずんぐりむっくりなわたしが言うのもアレなんですけど、とても可愛らしいです。で、でも、ホントにモデルを引き受けてくれるんですか?」

 「いや、引き受けるも何も……まずモデルってなんのことだ?」

 「……はい?」

 「いや、だから。急に現れてさんざん抱き締められた挙句、モデルがどうたらと言われてもワケ分かんねえんだよ。こっちは何も聞かされてないんだから」

 「はいっ?! ちょ、プロデューサー?!」

 「あー。そーいやーまだ何も話してなかったねん」


 まるで悪びれた素振りを見せず、むしろ誇らしげに胸を張るランヴである。引っ叩きたい、とは誰の心にも宿った感情だろう。


 「ええっ?! 了解を得るどころか話をする前に候補者とか言ってたの?! なに考えてる……って何も考えてないんだねいつものように!」

 「だーぁいじょーぶだってぇ。話せばきっと分かってくれるから。ってなワケで、お嬢さん方。時間ある? これからどっか行く予定?」

 「あるよ。服を買いにな」

 

 アリスが端的に答えると、ランヴは一際、瞳を煌かせた。

 

 「なんという渡りに船、というより豪華客船? だったらあちしがプロデュースするお店に皆様をご案なーい!」

 「やなこった。誰がてめえなんかの――」

 「さあさ! レッツらゴー!」

 「いや、だからあああああああああっ!」

 「アリスちゃーん!」「プロデューサー! 誘拐はいけませんーっ!」

 

 アリスの首根っこを掴み、跳ねるように駆け出していくランヴ。それを追って、ものすごく遅いスピードで人混みの中に消えていくキュイ。

 

 「お姉ちゃん! わたしたちも!」

 

 リリィは急いで振り返り、

 

 「ほら見てチェロット。とある部族が雨乞いのために被るお面なんだってー」

 「へー」

 「それ絶対に興味無いよね2人とも!」

 

 いろんな面を売っている露店を、まるで感情の無い瞳で眺めている2人を目撃して、大きく叫んだのだった。







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